3:幼馴染と枝垂桜
朝食はハムエッグトーストとサラダだった。無難だけど美味しい、とか言ったら怒られるか。誰かが用意してくれるだけで、凄くありがたいことだもんな。ちなみに、朝食の段になっても、両親は現れなかった。
「父さんと母さんってどうしてるんだっけ?」
恐る恐る訊ねてみると。
咲和はまた怪訝な顔をして、
「本当に大丈夫? お兄ちゃん。お父さんが海外転勤で、お母さんもそれについて行ったでしょ? もう2年も前のことだよ?」
と、教えてくれた。
「そ、そうだったね」
話を合わせながら考える。
これも「昔のギャルゲーあるある」なんだよな。死別や海外赴任で、都合良く親が居ない環境。まあ恋愛がやりやすいからだろうけど……俺的には別の意味で助かる。多分、この年代の子供の両親となると40代前半くらいと推察されるワケで。俺の本来の年齢と近すぎて、凄く気を遣いそうだ。まあ咲和と2人でも気を遣わないワケではないけど、その比じゃないだろう。
「次、日本に帰ってくるのは……」
咲和が席を立つ。リビングのカレンダーを捲っていって、そこに潜り込むような格好になった。
「うん、11月13日。私の誕生日だよ」
期せず、妹の誕生日まで把握できた。ラッキー。忘れないよう、後でスマホのカレンダーに……ああ、無いんだったな、スマホ。紙の手帳が無いか、帰ったら自室の中を探してみよう。
「それまでは、お兄ちゃんが大黒柱だからね。頼りにしてるよ♪」
少し茶目っ気を含ませて、そんなことを言ってくる。女性としての可愛らしさと、子供としての可愛らしさが同居している、この年代特有の魅力がある子だな。
……主人公クンからすると血の繋がった(?)兄妹だけど、俺からすると……いや、そこは深く考えないようにしよう。家庭が崩壊してしまう。
「あ、いけない。そろそろ危ないよ」
咲和がリビングの壁掛け時計を見ながら。
俺たちは急いで、トーストの残りをいただく。食べ終わった時点で7時40分。咲和は着替えが済んでるから、俺の準備だな。
階段を駆け上がり、自室へ。メッチャ体が軽かった。20年の若返りを実感したよね。
そのまま部屋の壁に掛かっている制服を手に取る。紺のブレザーに、白いシャツとエンジのネクタイ。スラックスは薄いグレーかな。普段着ているスーツと、そんなに差は無いのに……袖を通すとなんだか凄くワクワクした。
「高校生に逆戻りって……人によっては後退と捉えたりするんだろうけど」
多分そういう人は中年の生活が充実してるタイプだろうな。俺は当然そんな類型には当て嵌まってないので、
「高校生活。またあの頃の楽しかった日々を辿り直せるのかな」
正直、期待しかない。もちろん、現実世界の20年前とはクラスメイトはおろか家族すら違うから、同じにはならないけど。だけど、いや、だからこそ。あの頃の雰囲気、あの頃のカルチャーの中で新しい人たちと新しい青春を紡げるんじゃないか。
「……っとと、時間が無いんだった」
感傷も期待も後だ。俺は通学カバンを手に取る。ズッシリ重い。昨夜の俺がちゃんと今日の授業の教科書などを詰めてくれていたみたいだ。
そのまま階段を下り、トイレも済ませた(ウォシュレットは無かった。ちょっと死活問題)ところで、家のチャイムが鳴る。
「あ。茉穂ちゃんだ」
茉穂ちゃん……
恐らくだが、幼馴染ヒロインじゃないかと思う。まあやっぱり居るよねって感じ。
玄関のドアを開ける。そこには咲和とはまた違ったタイプの美少女が。
おっとりと優しげな雰囲気のタヌキ顔に、ピンクの髪。アホ毛の束がピヨンと頭頂辺りに生えている。
「おはよ~。悠人クン、咲和ちゃん」
ドキッとした。普通に俺の名前を呼んでくれる。やっぱり名前も置き換わってるのか。特段珍しい名前じゃないから、元の主人公設定でも「悠人」だった可能性もあるけど。
玄関を出つつ、チラリと外壁に掛かった表札を見る。『面影』とあった。やっぱり苗字も俺のだな。こっちは珍しいので被りってことはないだろう。ていうか、元々は『常盤』姓だったハズ。
つまり。疑ってたワケじゃないけど、本当に俺『面影悠人』本人が『茜色モラトリアム』の主人公になってるんだな。
「おはよう。茉穂ちゃん」
「おはよう。ま、茉穂?」
「なんで疑問形なの~?」
おっとりした喋り方で、茉穂が小首を傾げる。形の良い唇が半開きになって、なんというか少し色気を感じてしまう。
……しかし、普段どういう呼び方をしてるか分からないから、疑問形で探ってみたんだけど。どうやら呼び捨てで大丈夫っぽいな。
「ま、まあ良いから。ほら、遅刻するよ」
言いながら、外構扉も開けて道路に出る。妹も玄関ドアのカギを閉めてから、続いた。そういや、すっかり咲和に家事を任せっきりだな。生活が落ち着いたら、家事の分担を申し出ようか。
「気持ちの良い朝だね~」
「春だからね」
女子2人が仲良さげに会話を交わす。さっきリビングのカレンダーで1番上が「4月」なのを確認してたけど、外気もまさに春本番のソレだった。
彼女たちの背中を追いながら、ゆっくりと後ろを歩く。道を覚えるために、キョロキョロしていると……
「ああ、新聞か」
建ち並ぶほとんどの家のポストに、灰色の紙束が刺さっている。もう、とんと見なくなった光景だよな。
「あ、田村さんのお家、桜咲いてる」
「本当だ。春だね~」
こういう会話もそうだよな。スマホ片手に歩いてると見落としてしまう、「いつも通る道の小さな変化」も、彼女たちは楽しんでいる。そう考えると、あの鉄の板でセコセコ収集している情報の傍らで、見逃してる情報が同じだけあるのかも知れないな。なんて、少し感傷が過ぎるか。
小さく頭を振って、俺も桜を見上げた。確かにとてもキレイだった。




