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選ばれなかった刃――雨中の母校決戦  作者: 孔雀丸


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第9話 忘れられない声

母校というのは、不思議な場所だ。


そこにいるだけで、誰もが一度は「守られる側」だった記憶が蘇る。


昇降口、校庭、体育倉庫の陰。慎悟たちにとって思い出の詰まった場所が、今は悲鳴と非常ベルに支配されている。


そしてそこに現れるのは、かつての同級生――轟木栄一。


彼が本当に斬りたかったのは、誰だったのか。


守る者と、壊す者。かつて同じ校庭を歩いた者たちが、雨上がりの曇天の下でついに向き合います。


十人が「一つの生き物のように動く」その連携を、どうぞご覧ください。

 非常ベルが、途切れなく鳴り続けている。


 福江(ふくえ)東中学校の校門が見えた瞬間、慎悟(しんご)は足を止めそうになった。


 開いたままの昇降口。詰め込まれた靴箱の奥から、くぐもった悲鳴が漏れてくる。


 地面には誰かの鞄が投げ出され、土埃の匂いを吸った上履きが幾つも散らばっていた。


 自転車置き場には一台の自転車もない。ただ、倒れたスタンドだけが並んでいる。


 校庭では小さな影が幾つも走り回っていた。恨卑(こんぴ)疾牙(しつが)。低い唸り声と、爪が土を掻く音。


 ここは慎悟にとって、ただの中学校ではない。


 テニス部で走った校庭。友紀(ゆき)南海(みなみ)と笑い合った渡り廊下。後輩へ声をかけた、あの昇降口。


 ――だが、感傷に浸っている時間はなかった。


 窓の向こうで小さな影が動く。誰かが助けを求めている。それだけで、慎悟の中の懐かしさは、すべて怒りに置き換わった。


「行くぞ」


 短く言うと、九人が同時に頷いた。


 ◇


 校庭の東側、体育倉庫の陰で、牛山智徳(うしやまとものり)清滝聖矢(きよたきせいや)は追い詰められていた。


 智徳は折れたテニスラケットを構え、聖矢は足を負傷した後輩を庇うように立っている。二人とも息が上がり、制服は泥と汗で重く貼りついていた。


「まだ……こっちに来るな……!」


 智徳の声が掠れる。疾牙の一体が地を蹴り、聖矢へ向けて跳んだ。


 その爪が届く寸前、青い刃がそれを弾いた。


「大丈夫か」


 慎悟は蒼王(そうおう)を構えたまま、聖矢を背に庇う。同時に友紀が朱迅剣(しゅじんけん)で別の疾牙を薙ぎ払い、翔一(しょういち)が甲高い声で恨卑の群れの注意を引きつけながら二人から引き離していく。


「こっちだ、雑魚ども! ノッてけ!」


 健太(けんた)は倒れた机の残骸を盾代わりに構え、退路を確保する。歩美(あゆみ)はすかさず智徳の腕の傷を確認し、(れん)は静かに視線を巡らせて敵の数と配置を読んでいた。


 (つばさ)は校舎と校門を見比べ、包囲の隙間を探している。綾実(あやみ)伊織(いおり)は周囲を警戒し、新たな敵の接近がないかを見張っていた。南海は救出した二人を庇いながら、慎悟の動きを支える位置に立つ。


 誰かが号令をかけたわけではない。それでも十人は、まるで一つの生き物のように動いていた。


 恨卑の群れは吹き飛ばされてもすぐに立ち上がり、校庭の各所からまた集まってくる。包囲そのものは、まだ破れていない。


「体育館に……多くの生徒が避難してます」


 聖矢が息を整えながら言う。


「先生たちが入口を守ってる。でも、特別教室にまだ何人か残ってて……」


「一人、先生が疾牙にやられました。校門は疾牙が塞いでて、外に出られません」


 智徳が続ける。声が震えていた。


「校舎の中にも恨卑が入り込んでます。廊下の一部が、もう使えなくて」


 情報が途切れ途切れに積み重なっていく。慎悟は一瞬だけ目を閉じ、開いた。


「全員助ける」


 短い言葉だった。だが、それは無謀な宣言ではなかった。


「体育館と特別教室、位置的にはこっちが近い」翼がすぐに言う。「先に特別教室、次に体育館周辺の疾牙を排除する順番がいい」


「校舎に入る組と、校庭を抑える組。両方必要だ」蓮が淡々と補う。


「負傷者は何人?」歩美が聖矢に尋ねる。


 慎悟一人がすべてを決めているのではない。仲間たちが、それぞれの目でそれぞれの情報を拾い上げていく。


 その光景に、智徳がようやく我に返ったように、慎悟の背後へ視線を移した。


「慎悟先輩……仲間、こんなにいたんですか」


 慎悟は振り返らずに答える。


「説明はあとだ。まず生き残るぞ」


 南海が桃麗刀(とうれいとう)を構えたまま、隣で疾牙を睨みつける。友紀もまた油断なく武器を握り直していた。歩美は智徳の腕の傷を確かめ、伊織は無言で弓を構える。綾実は後方から校舎を見上げていた。


 かつての先輩は、いつの間にか、命を預け合う九人の仲間を連れていた。


 智徳と聖矢がその重みに気づいた、まさにその時――


 ◇


 校庭を埋め尽くしていた恨卑と疾牙が、ぴたりと動きを止めた。何かに怯えるように、群れが左右へ割れていく。


 その奥から、五つの影が姿を現した。


 中央に一人。背後に二人。左右に一人ずつ。


 歩き方も、体格も、武器も違う。だが中央の一人だけが、腰に日本刀を差していた。松影(まつかげ)


 鬼の姿に変わっても、刀を帯びる位置、歩幅、首の傾け方には、どこか人間だった頃の癖が残っている。


 聖矢の呼吸が止まった。


 ――去年の記憶が、断片のまま蘇る。


 慎悟へのリンチ計画を知った日の会話。


 通報する直前、震えていた指先。


 自分の名前が知られたと分かった瞬間の、喉の渇き。


 姿ではない。声でもない。忘れられない恐怖そのものが、正体を教えていた。


轟木(とどろき)……先輩?」


 震える声が、曇天の下の校庭に落ちる。


 悪路漢(あくろかん)は否定しなかった。ただ、ようやく見つけた、というように聖矢を見据えた。


「お前が警察へ通報しなければ、俺たちは追い詰められなかった」


 冷たい声だった。怒鳴っているわけではない。むしろ、自分の理屈を心から信じ切っている確信が、その声には滲んでいた。


「お前が余計なことをしなければ、俺たちは鬼にならずに済んだ」


 鬼暗憎(きあんぞう)鬼乱怠(きらんたい)が、聖矢へ剣呑な視線を向ける。松影の柄を見た瞬間、聖矢の手が震えた。


 呼吸が浅くなる。喉が乾く。


 あの日の記憶が、今の恐怖と重なっていく。


 足が、無意識に半歩後ろへ下がりかける。


 慎悟はとっさに聖矢を守る位置へ動こうとした。


 だが聖矢は、完全にはその背に隠れなかった。


 震える足を、自分の意思で前へ踏み出す。声は最初、わずかに揺れていた。それでも、悪路漢の目をまっすぐに見て、聖矢は言った。


「違う。慎悟先輩を襲おうとしたのは、あなたたち自身だ」


 声は震えていた。それでも、視線は逸らさなかった。


 膝の震えを、意思だけで押さえつける。喉の奥に残る乾きを、飲み込む。


 恐怖は消えていない。それでも聖矢は、あの日の自分を否定しなかった。


 悪路漢の眉が歪む。その言葉を受け入れる気配は、微塵もなかった。


「――ッ!」


 抜刀音が鋭く響く。松影が鈍い光を弾いた。


 ◇


 慎悟が前へ出ようとした、その一歩を、南海が先に踏み出した。


 慎悟に守られるだけの位置に、南海はもう留まらなかった。かつての呼び名を、静かに口にする。


「栄一くん」


「誰かを傷つける道を選んだのは、栄一くんだよ。慎悟くんのせいでも、聖矢くんのせいでもない」


 悪路漢の喉が、小さく鳴った。


 声にならない何かを、飲み込むように。


「お前まで、そいつを選ぶのか」


 悪路漢の声には、嫉妬と執着と、誰からも選ばれないという恐怖が入り混じっていた。南海を一人の人間としてではなく、賞品のように扱う歪みが、その言葉ににじんでいた。


 南海は謝らなかった。慎悟を選んだことを、攻撃材料にも優越感にも変えなかった。ただ、誰と生きるかは自分で決めることだと、その立ち姿だけで示していた。


 慎悟は南海の代わりに答えなかった。代わりに、悪路漢の考え方そのものへ、言葉を向けた。


 蒼王が鞘を離れる。


 湿った風が校庭を横切り、落ちたプリントと土埃を巻き上げた。非常ベルは鳴り続けている。遠く、校舎のどこかで生徒の泣き声がした。


 慎悟は南海を背後へ隠さなかった。彼女が自分の足で立ち、自分の言葉を選んだことを、そのまま尊重した。


 そのうえで、悪路漢へ告げる。


「南海を理由にするな。お前が見てるのは南海じゃない。自分の負けを認めなくて済む、都合のいい幻だ」


 言葉は、刃よりも先に届いた。


 悪路漢は、すぐには怒鳴り返さなかった。


 一瞬、言葉を失う。図星を突かれた沈黙が、重い静寂の中に落ちる。


 だがすぐに、認めるわけにはいかない現実を焼き潰すように、憎悪が顔いっぱいに広がっていった。松影を握る手に、力が籠もる。


 鬼暗憎たちも一斉に武器を構えた。止まっていた恨卑と疾牙が、再びざわめき始める。


 対話で届く道は、もう閉じていた。


「――来い」


 悪路漢が低く呟く。


 ◇


 その言葉に応えるように、十人の身体を光が包んだ。


 青と赤の霊光が最初に立ち上る。続いて桃、水色、緑の輝きが重なり合う。橙、黒、黄、白、紫の輝きが重なり合う。十の色彩が奔流となって、灰色の曇天と、荒らされた校庭を染め上げていく。


 獅子の咆哮、一角獣の嘶き、狼の遠吠え、孔雀の羽ばたき――十体の霊護獣の気配が、同時に校庭へ満ちた。


 蒼王、朱迅剣、桃麗刀、蒼流槍(そうりゅうそう)翠凰剣(すいおうけん)烈翔棍(れっしょうこん)玄牙棒(げんがぼう)紫舞盾(しぶじゅん)清澄弓(せいちょうきゅう)月影剣(げつえいけん)。それぞれの武器が、曇天の下で鈍い光を弾く。


 智徳と聖矢は、まだ変身できない。二人はただ、十彩獣団の背後で、その圧倒的な色彩を見つめていた。


 慎悟は蒼王を正面に構え、母校と、後輩と、ここにいる全員を守る意思を声に込めた。


「母校も、後輩も、ここにいる全員も守る。行くぞ――十彩獣団!」


 悪路漢が松影を振り上げる。


 両陣営が、同時に地を蹴った。


 ――全員を守る。そう口にした自分の言葉が、この先いくつの犠牲の上に立つのか、慎悟にはまだ分からなかった。

最後までお読みいただきありがとうございました。


第9話では、智徳と聖矢という「守られる側」だった後輩たちが、慎悟たちの背中を見て、初めて自分の足で踏み出す瞬間を描きました。


そして南海の「栄一くんが選んだ道」という言葉。


悪路漢が求めていたのは南海そのものではなく、「選ばれる自分」だったという歪みが、ついに露わになります。


慎悟の「南海を理由にするな」という一言は、悪路漢の幻想だけでなく、彼自身のこれまでの戦い方への問いかけでもあります。


次話「雨中の母校決戦」では、ついに十彩獣団と五人の元同級生――悪路漢たちとの全面衝突が始まります。


誰かに選ばれることを求め続けた少年と、自分の選択を引き受けた少年少女たちの激突を、ぜひ見届けてください。


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※本作の執筆・編集にはClaude(Anthropic)を補助的に使用しています。キャラクター設定・世界観・構成・最終判断は作者が行っています。

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