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鐘は鳴り止まない〜ただ一人、君の歌だけが綺麗だった〜  作者: 秘色ひすい
外の世界へ

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第8話 雨上がりの森

 ぽたり、と。


 葉先から落ちた雫が、小さな水溜まりを揺らした。

 静かな森には小鳥のさえずりが響く。


 昨夜まで降り続いていた雨は止み、薄く開いた雲の隙間から朝日が差し込む。木々に残った水滴が光を反射し、森全体が淡く輝いて見えた。


「……すげぇ」


 ぼんやりと空を見上げる。


 きらきら、と。

 光が揺れる度に、森の呼吸が聞こえるようだった。

 こんな景色、見た事がない。


「綺麗だなぁ……」


 ぽつり、と零れるその声は誰に向けた訳でもなかった。


 昨夜のうちに雨避けを強化しておいたおかげで、焚き火も消えていない。今も後ろでは、小さな寝息が聞こえる。


 レイは小さく息を吐き、鉄板へ視線を戻す。


 じゅう、と肉が焼ける音。

 香ばしい匂いが広がっていく。


「……朝って腹減るよな」


 昨夜の残りを温めながら、適当に野菜を刻む。

 ついでにスープも作るか、と鍋を取り出し水を入れる。


 魔術を使えば早いけれど、流石に目の前でやるのはやめておく。その代わりに火加減だけ少し弄る。


 ぱち、と火が揺れる。

 その時だった。


「……ん……」


 後ろで、小さく声が漏れる。振り返ると、エアルが薄く目を開けていた。ぽやっと瞬きを繰り返しながら眼を擦り、ゆっくりと身体を起こす。


「おはよ」

「……ぁ、おはよぅ……」


 寝起きで少しだけ声が甘い。しばらくの間ふわふわとしていたエアルが、やがてハッと目を見開いた。


「わっ!? ご、ごめんなさい!!」

「ん?」


「わたし寝ちゃってた……!?」

「寝てたな」


「うぅ……見張りに起きるつもりだったのに……」


 本気で落ち込んでいるらしい。

 レイは思わず笑った。


「気にすんなって」

「でも……!」

「別に平気だったし」


 実際、問題はなかった。

 近付いてきた魔物は全部途中で消したし。


 それを口にせず、焼き上がった肉を手早くパンへと挟み仕上げていくと、くんくんとエアルが鼻を動かした。


「……いい匂い」

「もうちょいで出来る」


「……また作ってくれてる」

「腹減るだろ朝」


 エアルは少しだけ嬉しそうに笑った。


「なんか、慣れてるね」

「まぁ毎日やってたからなぁ」


「それも師匠さんの?」

「そ。放っとくとコーヒーしか飲まねぇし」


「それで生きていけるの……?」

「無理だから作ってた」


 エアルがくすくす笑う。

 昨夜より自然な笑い方だった。


 レイはそれを見ながら、小さく目を細める。やっぱり、こうして笑ってる方がいい。最初の頃のどこか遠慮していた顔より。と考えていたが普通に警戒されていただけだと思い至る。


「はい、出来た」

「わぁ……!」


 差し出されたサンドを受け取り、エアルの顔がぱっと明るくなる。


 朝日が差し込む森の中。

 二人で焚き火を囲みながら朝食を食べる。

 それだけなのに、不思議なくらい穏やかな時間だった。


「……おいしい」

「よかった」


「キミって料理上手だよね」

「そう?」


「昨日からずっと美味しいもん」


 レイは少し考える。

 師匠基準だと、まだまだだった。


「まぁ……普通だろ。大したもの作ってない」

「普通じゃないよぉ」


 エアルは呆れたように笑った後、小さく伸びをする。


「んっ……はぁ。よしっ」

「ん?」


「雨も落ち着いたし、今日で調査終わらせる!」

「おー」


「わたし、これでも少しは強いんだよ?安心してね」

「へぇ」


「……信じてないな〜」

「信じる信じる」


 正直、昨日の時点でそこそこ戦えるのは分かっていた。


 身体の重心移動。杖の持ち方。森での立ち位置。

 少なくとも、ここまで一人で来られるだけの力はある。


「この辺り、最近魔物の数が増えてるって話だから。

 遭遇頻度とか、行動パターンを確認したいんだ」


「ふーん」


「群れを作らない魔物が群れてたりしたら危ないし」


 レイは適当に頷きながら、頭の中で整理する。


 魔術は駄目で、高位魔法は使わない方がいい。

 魔法の詠唱無しは流石に目立つかな……。

 詠唱破棄くらいなら大丈夫だろ、多分。

 あとは夜中に出しといた武器で殴ればいいか。


「よし、大丈夫だな」

「また独り言?」

「気にすんな」


 エアルは不思議そうにしながらも立ち上がった。

 火を消し荷物を整え、杖を手に取る。


 その時。


 森の奥で気配が揺れた。

 レイの視線だけが、僅かに細まる。


 ……ちょうど来たな。


「……!気をつけて!何か来るよ!」

 

 エアルも気が付いたみたいだ。


 《グゥーーッ!グゥグーッ!!》


 低い唸り声。木々を揺らしながら現れたのは、2m程の高さがある巨大な猪だった。赤黒い毛並みに異様な程発達した牙からは涎が溢れる。泥を蹴り上げながら、こちらを睨んでいる。


 さらに、その後ろから影が二つ。人程の大きさをした小型の猪が木々の隙間から姿を現した。


「……魔猪。それも群れだね」


 エアルの表情が変わる。油断の消えた目で魔物を見据え、構え直した杖を手に静かに息を吸う。


「全部で3体…。詠唱するから少し後に下がって――」

「平気。任せろって」


「えっ!?」


 レイはゆっくり立ち上がると黒コートの内側、腰の辺りに吊るされた剣帯に手を回す。


 次の瞬間。


 がしゃり、がしゃんと金属音。引き抜く剣に引っ張られる様にして複数の金属が繋がり、一振りの大剣へ姿を変える。


「調査するんだろ?」


 そう言いながら、レイは魔猪へ向かって歩き出す。

 その背中を、エアルはぽかんとした顔で見送る。


「大丈夫、見えやすい様にーー」


 その瞬間、小型魔猪が地面を蹴り突進してくる。

 普通なら詠唱すら間に合わない速さの魔猪をーー


「適当に相手しとくから!」


 慌てるそぶりもなく、剣の“側面”で横薙ぎにし、ゴォンッ!! と鈍い音が響かせる。突っ込んできた小型魔猪が勢いそのままに、真横へと弾き飛ばされ木にぶつかり止まる。


 その隙に、もう一体が飛ばされた魔猪とは反対の方向から飛び掛かるが、レイは剣の勢いに身を任せ、流れのまま後回し蹴り。鈍い衝撃音と共に魔猪が地面を転がっていく。


「っと」


「……え?」


 エアルが固まる。


「うわ汚ね」

「えぇ……」


 普通に蹴り飛ばした当人は靴裏を地面に擦っていた。

 エアルが困惑している間にも、巨大魔猪が咆哮を上げる。


 ⦅ブ゛モ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーー!!!⦆


 地面を踏み砕きながら、その場で怒り狂う。

 明らかに格上。普通なら一番警戒すべき個体。

 吹き飛んだ小型魔猪も体勢を立て直し再び突進を仕掛けている。


 だがレイは。


「エアル!」

「えっ!?」


「どんな感じ!?」

「ど、どんな感じって……!?」


 こちらに向かって戦いながら普通に話しかけてきた。

 意味が分からない。


「行動の変化とか!」

「え、えっと……?小型と連携してくる……かも!?」


「ふーん」


 こちらに意識を向けたレイを見てか、巨大魔猪が牙を剥き出しにして突進してくる。

 速さは小型に劣るが、破壊力は凄そうだ。

 小型魔猪2体も同じ様に、地面を抉りながら一直線に迫り来る。


 エアルは反射的に待機中の詠唱を早めた。


《風よ――》だが、その前に。


《縛》


 短い一言。

 ぱきん、と空気が鳴った。


 突如、魔猪3体の動きが止まる。

 見えない何かに縫い止められたみたいに、その場で硬直していた。


「え……?」


 エアルの目が見開かれる。

 今のは詠唱だったが短すぎる。魔法はもっと長い。

 少なくとも、こんな一言で成立するものじゃない。


「んー、やっぱ動き止めた方が観察しやすいか?」

 当の本人は、軽い調子で首を傾げている。


 訳が分からない。


「どっか気になる部分とかある?」


 全部気になる。


「エアル!もう大丈夫か?」

 思わずハッとして、目を瞬かせた。


「ーーう、うん!大丈夫!」


 直後、レイが地面の石を拾う。

 ひゅん、と軽く投げた。


 次の瞬間。

 ゴバッ!! 小型魔猪の体が吹き飛ぶ。


「……えぇ?」

 エアルの口から、素で声が漏れた。


 いつの間にか、巨大魔猪も大剣で仕留めてきたレイは剣を肩へ担ぎながら首を傾げる。


「ん? 終わったぞ?」

 終わったぞ、じゃない。


 エアルはしばらく言葉を失ったまま、呆然と立ち尽くしていた。

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