第9話 はじめての道
「……終わったぞ?」
レイが首を傾げる。
「……えっと。キミって、ほんとに強いんだね……?」
魔猪だったものを前に、エアルはまだ少し呆然としていた。レイは大剣を肩へ担いだまま首を傾げる。
「そう?」
「そう?じゃないよぉ……」
普通なら中堅冒険者のパーティー案件だ。
それを、まるで遊ぶみたいに相手していた。
しかも。
「さっきの……詠唱、してなかったよね?」
「あー……」
レイは少しだけ視線を逸らした。
「したよ?ちょっと短いだけで」
「ちょっと短い……?」
「頑張ればみんな出来るって!」
なるほど分からない。エアルは真顔になった。
当の本人は大した事をじゃないと言った顔をしている。
「……変なの」
「また言った」
やっぱり駄目だったのか…。
レイは真面目に考え始める。魔術は見せず、高位魔法でもない。剣も使って、ちゃんと接近戦した。だいぶ一般人寄りだった気がするが、詠唱しないのが良くないのか……
「だって変なんだもん……」
エアルは小さく息を吐き、魔猪へ近づいた。
しゃがみ込み、毛並みや牙、目の色を確認していく。
その横顔を、レイは少し意外そうに見る。
「慣れてんな」
「調査依頼を任されてますから」
エアルは牙へ触れながら、小さく眉を寄せた。
「……やっぱり少し変、なのかな?」
「ん?」
「普通の魔猪より、興奮してる感じ。縄張り争いみたいな傷も多いけど、あり得ない訳じゃないし…」
「へぇ」
「この辺り、魔物同士でも押し合いになってるのかも…でもその割には昨日から魔物は少ないみたいなんだ」
森を見回しながら呟いている。
レイも少しだけ周囲へ意識を向けたが、今は近くに魔物はいない様だ。……確かに思い返すと、別々の魔物の群れでも距離が近いものが多かった気がする。
でも。
「まぁ、今んとこ大したのはいなさそうだけどな」
「それ、キミ基準だよね……?」
「?」
エアルはなんとも言えない顔になった。
その後も二人は調査をしながら森を歩き続けた。
途中、小型の魔物と何度か遭遇したが、
「《風よ――》」
エアルが魔法を放つより先に。
ゴッ。
レイが石を投げる。
魔物が倒れる。
「…………」
「お、今の結構綺麗に当たったな」
「キミって普段なにしてたの……?」
「森に慣れてるだけだって」
「そんな森怖いよ……」
レイは首を傾げた。
その後も。
群れで飛び掛かってきた魔狼を剣の腹で叩き落とし。
木の上から襲ってきた魔猿を蹴り飛ばし。
転がってきた魔物を踏み止めたまま、
「これ、珍しいやつ?」
と普通に聞いてくる。
エアルは途中から考えるのをやめた。
たぶんこの人は“そういう生き物”なのだ。
「……でも、助かったよ」
森を歩きながら、エアルが小さく言う。
「一人だったら、ここまで早く終わらなかったと思う」
まだ日は高い。無事、今日中には終わりそうらしい。
「ん。役に立ったならよかった」
レイは軽く笑う。
その顔は、戦っていた時よりずっと柔らかかった。
そんな風に探索を続けているうちに、段々と景色が変わり始める。木々の密度が少しずつ薄くなり、森の匂いが薄くなる。獣道だった地面が少しずつ、踏み固められた道へ変わる。
「……お」
その後も歩き続けると、森の終わりが見えてくる。
最後の木々を抜けた瞬間、視界が開けた。
見渡す限りの広大な緑の平原とそれを横切る様に伸びる道。進み続けると道が合流する。森のそれと違い、石と土で整えられた、人のための道だった。
「この道は?」
「街道だね。この道に沿って東の方へ行くと村があって、その先に街があるの」
森の中とは空気が違う、どこか開放感のある香り。
「そういえば、この後どうするんだ?」
「ん?」
「調査、終わったんだろ?」
「あ、うん。わたしは一旦村に戻る予定」
「へぇ」
「キミは?」
レイは少し考える。
目的地は街だけど、どんな場所かは知らない。
エアルはそんなレイを見て、なんとなく察した顔で、
「……もしかして、また迷子になる?」
「もうならないって」
「やっぱり迷ってたんだ」
「……あれは運が悪かった」
「ふふっ」
小さく笑った後、少しだけ遠慮がちに口を開く。
「……よかったら、一緒に来る?」
レイは瞬きをした。
「村まで?」
「うん。街に行く途中まで同じ道だから」
断る理由はなかった。
というより。
「行く」
エアルは少し驚いた後、嬉しそうに笑う。
「じゃあ、一緒だね」
その言葉が、不思議と心地良かった。
二人は並んで道を歩き始める。森を抜けた風は少し暖かく雨上がりの匂いを運んでいた。
「そういえば、キミの武器。おっきくなるんだね」
「普段は全部小さめの武器なんだけど、組み合わせて使えるから便利なんだよな。持ち運びしやすいし」
「へぇ〜、いい魔法武器を使ってるんだね。高価だって聞くから、街じゃあんまり見せない方がいいかも?」
「そうなのか?」
「うん。新人の冒険者さんは魔法武器を使える事を目標にしてたりって聞くから、羨ましがられそう」
「他人事だと思って楽しそうにしてんな〜」
「あ、バレた?」
そんな他愛のない話をしながら歩き続ける。道中の野営跡で昼食を食べたり意外と食いしん坊なエアルを揶揄っているうちに、あっという間に時が過ぎていく。
夕暮れの平原を道なりに歩き続けるていると、大きな柵で囲まれた村が遠目に見えてきた。
近づいていくと、風とは違う音が聞こえてくる。人の声や大きな物音。川のせせらぎと水車が回る音。煙突からは立ち昇る煙が見え、その奥に小さな鐘楼も見える。
「ウェール村に来るのは初めてなんだよね?」
「あるのは知ってたけどな」
村の光景を見つめながら、レイは少しだけ目を細める。
いくつも家が建ち並び、少し離れた場所には大きな畑が見える。聞こえてきた大きな物音は、馬車の荷物の積み下ろしに慌ただしく動いていたからだった。
「知っている村よりは大きいかも」
「あはは、街まで行くともっと凄いよ?」
「うわぁ……」
露骨な嫌そうな顔に、エアルは思わず吹き出した。
「でも、キミなら大丈夫そう」
「そうかぁ?」
「うん。なんとなくだけど」
レイは少しだけ首を傾げる。
自分ではよく分からなかった。
村の広場の中心に建てられている鐘楼台。
鐘の音にはまだ早い時間。
はじめて歩いた道。辿り着いたこの景色を見ていると少しだけ、胸が高鳴った。




