第43話 変わらない街
西区の通りには依頼終わりの冒険者や買い物帰りの人々が行き交い、露店では夕方の売り声が響いている。
「考え事か?」
黙ったまま隣を歩いているエアルに声を掛けると、少し遅れて顔を上げた。
「ううん」
否定はしているがどこか、いつもより元気がなく静かに見える。
「やっぱ、さっきの依頼の話か?」
その言葉に小さく苦笑を返して頷く。
「分かりやすかった、かな?」
「まぁな」
しばらく並んで歩く。
「王都かぁ……」
ぽつりと漏れる言葉。
「行った事はあるけど、何度も行くような場所じゃないから」
「やっぱり遠いのか?」
「遠いよ。いくつか山を越える必要があるから馬車でも結構掛かるし、王都周りはともかく辺境側は野盗もいるみたい。少しだけ憂鬱かなぁ。」
話しながら空を見上げる。
「まだ依頼を受けると決まった訳じゃないけどね」
「正直驚いたけどな。取り敢えず飯食いにいくか」
候補として名前が挙がっただけだ。
今から考えても仕方ない。
しばらく進むと中央区へ続く通りに入る。
昼時を過ぎているとはいえ、まだ人通りは多い。
目的のパン屋へ向かう途中、焼きたての香りと、それを知らせるベルの音が風に乗って流れてきた。
「焼きたてがあるみたい。ちょうど良かったね」
店先には何種類ものパンが並んでいる。
香草と肉を挟んだ物。
果実を練り込んだ甘い物。
表面に蜜を塗った物まであった。
「今度はどれにするの?」
「前食べて美味かった肉のやつと、食べた事ないやつだな。エアルは?」
「わたしもこの前食べた甘いのと…お肉も食べちゃおうかな?」
いくつかパンを取り、冷たい果実水を頼むとすぐに準備された紙袋を受け取る。そのまま通りを歩きながら食べると、焼きたての生地はまだ温かく、噛む度に香草と肉の旨味が広がる。
「やっぱり美味いな、この店」
「おいひぃね」
頬を膨らませたまま何度も頷いている。
「喋るのは食べ切ってからでいいって。そういえば、王都にもこういう店はあるのか?」
「あると思うよ?もっといっぱい」
「そんなにか?」
「この街より何倍も広いからね」
少し考えるように空を見上げる。
「中心部だけでも、この街くらいはあるんじゃないかな。お城も広かったし」
「広すぎるだろ」
思わず呆れる。
「大教会もあるし、大鐘楼もあるよ」
「大鐘楼?」
「うん。すごく大きい鐘があってね。時間になると街中に音が響くの」
どこか遠いものを見るように笑った。
「鐘の音も、この街とは少し違うかな」
「そんなに違うもんか?」
「実際に聴けば分かるんだけど、なんていうか……壮大な感じ。興味があるなら依頼、受けてみてもいいと思うよ」
そう言ってエアルは香茶を口にする。
王都。
まだ行くと決まった訳ではない。
それでも話を聞いていると気になってくる。
気が付けば帰り道を夕暮れの光が赤く染めていた。
◇
それから数日。
街はすっかり元の空気を取り戻していた。
二区二層の討伐依頼。
東区の巡回。
簡単な素材集め。
危険な依頼はほとんど受けていない。魔物が少ないからなのか、異変の後だからか、ギルド側も無理をさせるつもりはないらしく依頼も落ち着いていた。
その日も依頼を終えて街へ戻る。
中央区の通りを歩いていると、
「お、レイじゃないか!どうしたんだ、こんな所で!」
聞き覚えのある声に振り返るとエルティナだった。
「久しぶりじゃないか、二人とも!街では全然見かけなかったが、依頼か?」
「そっちこそ。ギルドでも全然見なかったぞ?」
「お身体、もう大丈夫なんですか?」
異変以来、まともに話していなかった。
エルティナは肩を竦める。
「あぁ、おかげさまで元気だ。なんなら依頼を受けたいくらいだな!最後に話したのは…帰った次の日だったか?」
「確かにそんなもんか」
「お元気そうで安心しました」
「そういえば他の奴らは?」
レイが尋ねると、
「ミレナはもう歩けるようになっているな。グロウはその看病。トマスとジェイミーは…護衛依頼で離れたんだったか?」
その答えに少し安心した。
「ただ、ミレナが大変そうでな」
「?良くなってるんじゃないのか」
「看病だよ。食事は食べたか、薬は飲んだか、無理するなだの何だのグロウが煩いと。少し困ってた」
思わずエアルと顔を見合わせる。
「意識戻った時はすげぇ喜んでたもんな。それならなんとなく想像出来るわ」
「うん。ちょっとわかるかも」
同意見なのか、エルティナも苦笑していた。
「治療費もあるからな。ミレナ本人は早く依頼に戻りたがってるんだが」
「それはそれで大丈夫なのか?」
「ヴァンさん達が色々と融通してくれてるみたいでな。依頼にも手を回してくれているらしい。グロウ一人でも、しばらくは何とかなるさ」
そう言いながら肩を竦める。
「世話になりっぱなしって訳にもいかないからな。元気になったら働いて返さないと、だってさ」
「ま、皆が無事ならよかったよ」
「本当にな。あの時二人が助けてくれたお陰だ。改めて感謝する、ありがとう」
「エルティナさん達が頑張ったからです」
「まぁ、気にすんな」
以前より明るい雰囲気で顔色も良い。
「それで、そっちは?」
「アタシか?アタシはもうじき街を離れるからな。その準備だ」
買い物帰りらしいエルティナは荷物を持ち直す。
「街を離れるのか」
「あぁ。この前の異変で相方を失っちまったからな……それもあって少し間だけな。また戻ってはくるぞ?」
「なんだ、そうなのか」
「てっきり冒険者をお辞めになるのかと思いました」
どこか安心したような声色。
「あっはっは!ゴメンゴメン、心配かけたね。冒険者は気楽でいいし、天職だと思ってるから辞めないよ」
「それならよかったです」
エルティナの笑い声につられて、エアルもほっとしたように笑った。
「二人は何しに中央区まで来たんだ?」
「最近、美味い店を見つけてな。色々な種類があるから食べ切るまでエアルと通ってる」
「それなんで言うの!?」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にする姿を見て、楽しい気分だ。エルティナも大笑いしている。
「それじゃあ、あんまり引き留めても悪いね。また会う事があればよろしくね、英雄さん」
そう言って肩を叩いてくる。
「英雄?なんだそれ」
「アンタはアタシ達を救ってくれたんだ。英雄だよ」
「絵本のか?やめてくれ」
「いいと思うよ?似合ってる」
肘で突いて、隣からはくすくすと茶化してくる。
「ま、悪いことじゃないんだから、いいじゃないか。じゃあね」
そう言い残すと、後ろ手で軽く手を振りながら、人混みの中へ消えていった。
隣ではエアルもその背中を見送っている。
「元気そうだったね」
「そうだな」
なんだか疲れた気もしたが、悪い気はしなかった。
◇
それから数日後、依頼を終えてギルドへ戻る。
昼過ぎの広間はいつも通りの賑わいだ。
受付に向かう途中、
「あ」
聞き覚えのある声に振り向くと、二階から降りて来ている途中のセシルだった。
「レイさん、エアルさん」
こちらへ歩いてくる。
「どうした?」
「ちょうど良かったです。二人が戻ったら声を掛けて欲しいって、エルマさんに頼まれていたんですよ」
そう言って小さく息を吐く。
「探し回らなくて済みました」
「なんかあったのか?」
「あはは、そんなに身構えなくて大丈夫ですよ」
空気を和ますように笑った。
「今日は討伐でした?」
「あぁ。といっても一区の浅い所の巡回だけどな」
「最近は平和ですもんね」
受付越しではなく、こうして話す機会も増えたからか気安い口調だった。
「少し前が嘘みたいだな」
「本当ですよ。あの時は毎日走り回ってましたから」
「本当にお疲れ様でした」
「いえいえ、それがギルドの仕事ですから」
そう言いながら肩を竦める。
「それでですね」
セシルはギルドの奥へ視線を向けた。
「エルマさんが待ってると思いますよ。手が空いてるようでしたら、ご案内しましょうか?」
「分かった。完了報告してくるからその後頼む」
「では向こうでお待ちしてますね」
軽く頭を下げると、そのまま受付に戻っていく。
依頼書を取り出しながら隣のエアルを見る。
「先に報告だな」
「うん。お待たせするのもよくないから」
二人は受付に向かって歩き出す。




