第44話 正式依頼
案内された応接室は以前と同じ部屋で、中に入ると既にエルマがお茶を飲みながら待っていた。
「お、来たね。まぁ座りな」
向かいの指差された椅子にエアルと隣合わせで座ると、机の上に茶菓子をこちらに差し出される。
「エルマさん、後はよろしくお願いしますね」
「あぁ、連れて来てくれてあんがとよ」
そう言ってセシルが退出していく。
「それじゃあ早速だけど本題に入るとするかね」
近くに置いてあった依頼書を手に持つと説明を始める。
「この前話した護衛依頼の件だ。正式に依頼が来たよ」
「内容は?」
「教会のお偉い神官様方の巡礼を護衛する事。目的地は王都で、そこまで無事に送り届けるのが今回の依頼になる」
殆ど以前聞いていたものと同じのようだった。
「出発は五日後の早朝、だそうだ」
五日後。
頭の中で日を数える。
――赤耀の日か。
この世界では七日ごとに曜日が巡る。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の順番らしい。
街で暮らし始めてから覚えたものだが、依頼の日程を聞くと、自然と数える癖が付き始めていた。
「当日は北区の門前で集合。そこで教会側と合流」
「護衛はオレ達だけなのか?」
エルマは書類に目を落としながら説明を続ける。
「いいや。他の冒険者に教会の騎士達も同行する。二日後に顔合わせをするそうだよ」
「顔合わせ?」
「あぁ、そうだ。護衛を担当する者を集めるみたいでね。教会にて道中の打ち合わせをする予定、と書いてあるね」
そこまで聞いて一つ頷く。
「人数はどれくらいになるんだ?」
「教会側に関しては、顔合わせの日にまとめて説明する予定らしいね」
肩を竦めながら答える姿を見ると、依頼用紙に詳しい事は書かれていないらしい。
「冒険者側は今日返事を聴くところさ。十人ほど声を掛けちゃいるが、全員受けるかはまだ分からないねぇ」
つまり護衛に加わる顔触れは顔合わせの日まで分からない、という事か。
「報酬は金貨百枚」
少し考え込んでいた所で、思わず視線が上がる。
「結構出るんだな」
「もちろん一人分じゃないよ」
エルマは苦笑しながら続ける。
「参加した冒険者全員で分ける事になる。人数次第だけど、それでも悪くない額さ」
確かに普段の依頼と比べれば十分高い。
「しかも宿代と食事代、必要なら馬車代も教会側から補助金が出るそうだよ」
「報酬とは別にか?」
「あぁ、別勘定さ。上限は決まってるそうだがね」
それでもかなりの好条件な依頼だ。
「期間はどれくらいなんだ?」
「王都までは一ヶ月前後を予定、とあるねぇ。巡礼の日程もあるが基本的には街道に沿っての移動だ。大体そんなもんだろう。街に戻ってくる予定なら二〜三ヶ月は覚悟しときな」
毎日の依頼とは比べ物にならない距離だ。
一度王都まで行けばしばらくは戻って来れない。
「……なるほどな」
そう考えると自然とエアルの反応が気になる。
静かに話を聞いていて特に声も上げていなかった。
「説明はこんなところさ」
書類を机の上に置くと、こちら側へ視線を寄越す。
「で、どうする?受けるかい?」
部屋が静かになる。
メンバーは不明だが報酬は悪くない。危険はあるかも知れないけど、それは冒険者に付き物。王都へ行く機会も滅多にないだろうし、どうしたものか…
隣を見るとお互いの視線が交わる。
小さく頷く様子から、以前と同じ答えのようだ。
「受けても大丈夫か?」
「うん。いいと思うよ」
「じゃあ、頼む」
エルマはその返事を聞くと満足そうに笑い、
「よし。それじゃあ二人の参加で話を通しておくよ」
そう言って二人の名前を書類に書き込んだ。
「顔合わせは二日後。昼前になったらギルドへ来な」
「分かった」
これで正式に依頼を受ける事が決まった。
「じゃあ話はここまでさ」
書類をまとめて立ち上がると、
「何かあればまた声を掛けるからね。あたしゃ先に出るけど、ゆっくりしていくかい?」
「いや、オレ達も行くよ」
「そうだね。お話、ありがとうございました」
その場の全員で応接室を後にする。
昼過ぎの広間は変わらず賑やかだったが、少しずつ落ち着いてきたようだ。受付では依頼を終えた冒険者が並び、酒場から笑い声が聞こえてくる。
「今回はありがとうよ。じゃあまた今度おいで」
そう言って見送るエルマに、エアルは頭を下げている。そのままギルドの扉を開いて外へ出ると、少しだけ暖かさを含んだ季節を感じる風が頬を撫でた。
「依頼。受けちゃったね」
「あぁ、そうだな。別によかったんだよな?」
「んー、大丈夫だよ?少し気になる事はあったけど、相場と比べても悪くない依頼だと思う」
考え事をするように目線を空へ向けている。
「なんだよ、気になった事って」
「ううん。教会の関係者だから気になっただけかも。あんまり気にしなくていいよ。それよりも王都、楽しみじゃないの?」
どこか見抜かれているようで少し気恥ずかしい。
「あー、まぁ。……ちょっとだけな」
濁して返すと、隣では楽しそうに笑う声。
街の外で過ごす時間の方が長い旅。思い返すと森での生活の方がずっと長いはずなのに不思議な感じがした。
「そうだ」
エアルは思い出したように口を開く。
「旅で使う物とか見に行こっか」
「確かに準備は必要か。よろしく頼んだ、エアル先生」
「それ!前にもやめてって言った!」
「ははっ、ごめんごめん。で、どこに行くんだ?」
頬を膨らませて怒っているが全然迫力を感じない。
「もぅ…… 何か足りないものとかない?」
「特にはないな。近場ばっかだったから足りなくなれば街で買えたし。エアルこそ足りないものはあるのか?」
「う〜ん… 街が近いなら大丈夫だけど、遠くまで行くならもう少し消耗品を買っておきたいかなぁ…」
長期間の旅だと準備から忙しそうだ。
「大変なんだな」
「他人事じゃないんだよ?どれくらい荷物を運べるかもまだ分からないんだから、自分達の分は準備しとかないと」
少し考えるように指を当てると、
「…あんまり使えないけど、空間袋もあったよね?」
「あ゛」
ーー忘れていた。コートの内ポケットを探ると指先に伝わる上質な布の感触。
「……もしかして、忘れてた?」
「…もしかするかも」
「普通、忘れるようなものじゃないよ?」
「いや、あんまり使うなって言われたし…」
じとーっ、とこちらを疑うような視線が痛い。
「そもそも渡されたのだって出発する直前で使い馴染みないんだって!」
「はぁ…もぅ仕方ないなぁ。一回荷物見てから考えよっか」
疲れたような溜息を吐くと、こちらに背中を向けたまま宿の方に向かって歩き始めた。
「ちょっと!待てって!」
慌てて追いかけるしかない自分が情けなかった。
◇
部屋に戻ると普段使っている鞄を机の上に置いて一息つくと、部屋の外からノックが響く。
「入ってもいいぞ」
そう返事をすると、自分の部屋から持って来たのか、大きめの鞄を抱えてエアルが入ってきた。
「その鞄、久しぶりに見たな」
「近場だと使わないからね。長い旅だとこっちの方が便利なんだ」
そう言って床に荷物を下ろして鞄を開き始める。
こちらも普段使っている鞄の中身を確認していくと、包帯に傷薬。武器や道具の手入れ用品と料理用品。後は保存袋が数枚ほどで、どれも普段の依頼で持ち歩いている物ばかりだった。
「思ったより残ってるな」
異変の調査以降、手当てが必要な怪我をする事はなかった。近場の依頼が続いていた事もあり、消耗品は思っていたほど減っていない。
「うん。でも傷薬はもう半分くらいしかないよ?」
エアルは瓶を持ち上げ、中身を確かめる。
「あとは……革油は少し補充してもいいかも」
「ついでに香辛料も買っとくか」
「それ絶対言うと思った」
思わず二人で笑う。
「わたしは火打石を一つ買い足そうかな」
他にも必要そうな物を挙げたが、それほど多くはならなかった。
一通り確認を終えて鞄を閉じる。
「買い足す物もそんなに多くなさそうだね」
「だな」
「じゃあ、次は空間袋かな」
「あ、忘れてた」
コートの内側から小さく畳まれた袋を取り出す。
「そういや、中って何が入ってるんだ?」
袋に意識を向けた瞬間、頭の中に膨大な量の情報が流れ込んできて思わず額を手で押さえる。
「大丈夫?」
「あぁ…なんとか。中身が多過ぎて頭が痛い」
意識して袋に触れば取り出せそうだ。ただ、中身を全部把握しようとすると多過ぎて頭が追い付かない。
「試してみるか」
パンを思い浮かべながら袋に手を入れると、指先に柔らかな温もりが伝わる。そのまま取り出してみると、丸いパンからは焼きたての香ばしい匂いが漂っていた。
「それ……前から入ってた物だよね?」
「あ、あぁ……」
今度は果物を思い浮かべてみる。続けて取り出した赤い果実は艶やかで、摘みたてのような瑞々しさが残っていた。
エアルも二つを見比べたまま、言葉を失っていた。
「……傷んでないな」
「時間まで止まるなんて聞いたことないよ……」
机の上に置いた袋へ目を落とす。
便利な物だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。間違いなく師匠の作ったこれはやり過ぎだ。
しばらくの間、部屋に沈黙が流れる。
「……だったら」
ようやく口を開く。
「焼きたてのパンとか、弁当でも入れとくか」
「……うん。それ、いいかも」
隣では半信半疑といった様子で袋を見つめている。
しばらくして。
二人は荷物をまとめ、そのまま部屋を後にした。




