第42話 護衛依頼
異変の調査から数日が過ぎた。
街はいつも通り変わらず。
朝になれば鐘が鳴り、人が動き出す。
商人は店を開き、職人は仕事を始める。
冒険者達も変わらない。
依頼を受けて森へ向かい、夕方には戻ってくる。
レイも同じだった。
今日は薬草採取の依頼を受け、いつもより早い時間に浅層に向かう。川辺で見つかる薬草を摘むついでに出てきた魔物を追い払い、昼前には街へ戻る。
危険はほとんど無い。
最近はこんな依頼ばかり受けていた。
「平和だな」
思わず呟く。
街道では荷車が通り、人が行き交っている。
◇
依頼を終えた後は中央区に向かう。
教会に続く大通りの角。
少し待っていると見慣れた姿が見えた。
「あ、お待たせ」
小走りで近付いてくる。
「用事、終わったのか?」
「うん。大丈夫だったよ」
そう言いながら隣に並ぶ。
「今日の依頼はどうだった?」
「薬草採取」
「平和だね」
「平和だったな」
特に話す事もない。
だから通りの店を眺めたり、行き交う人を見たりしながら歩く。
そんな時間も悪くなかった。
パン屋からは焼きたての香りが流れている。
露店からは香辛料の匂い。
楽器を売る店からは演奏の音も聞こえてきた。
「そういえば」
エアルが思い出したように言う。
「この後はギルドで約束があるんだよね?」
「あぁ」
数日前に伝えられた呼び出しを思い出す。
調査の件以外に心当たりは無かった。
「報酬の事かな?」
「多分な」
昼食を済ませると、二人で通りを歩く。
露店を眺めたり、店先に並ぶ品を見たり。
約束の時間まで余裕があり急ぐ理由も無かった。
◇
やがて見慣れたギルドの建物が見えてくる。
扉を開くと昼時らしい喧騒が流れてきた。
酒の匂い。
料理の匂い。
冒険者達の笑い声。
調査隊の募集依頼は既に外されている。
代わりに並ぶのは採取や巡回。
見慣れた依頼ばかりで、いつも通りの風景だ。
遠くでバカ騒ぎしているローエンの姿も見える。
「おや」
受付の向こうから声が掛かる。
エルマだ。
「さっきぶりだね、もう来たのかい。」
「まぁ呼ばれたからな」
「ベイルなら部屋にいるよ」
そう言ってから、少しだけ声を落とした。
「その後でいいんだけどね」
「?」
「少し話があるんだ」
柔らかく笑う。
「時間があったら受付においで」
「分かった」
内容は教えてくれないらしい。
ギルド長の部屋に向かって二人で歩く。
二階では変わらず、大勢の職員達も働いていた。
見慣れた部屋の前に着き扉を叩くと、
「入れ」
すぐに聞こえてきた声に従い中に入る。
机の向こうではベイルが書類を片付けている最中だった。
「来てくれたか」
「呼ばれたからな」
向かいの椅子に腰を下ろす。
エアルも隣に座った。
「まずは異変調査の件だ」
一枚の書類を手に取り、読み上げる。
「結論から言えば、現状では終息したと見ていい」
あれから数日。
追加で向かった調査隊からも異常の報告は出ていないらしい。
「変異体も?」
「あぁ。少なくとも調査した範囲では確認されていない。通常種による負傷者は出たが、辺境じゃ珍しい話でもない」
「原因は分かったのか?」
「まだだ」
額に手を当てる姿からは疲労が窺えた。
「回収した資料と検体を専門機関に回す予定だ。うちの連中では手に余るようで、頭を抱えているからな」
そう言って肩を竦める。
「今の段階じゃ断言できる事は少ない。何か分かれば後日、ギルドの掲示板にて共有されるだろう」
「そっか。了解」
「でも、これ以上被害が出なくて良かったです」
エアルの言葉にベイルも静かに頷いた。
「そこについては同感ですな」
書類を机に戻すと、今度は別の紙を取り出した。
「次は今回の報酬についてだ」
「調査依頼の達成報酬が金貨二十枚。素材の鑑定結果と査定、その費用についても纏めてある」
今度はこちらにも紙が見えるように置かれる。
「もう終わったんだな」
金貨二十枚。宿代に換算するとかなりの額だ。
薬草採取を何度繰り返しても届きそうにない。
「随分出るんだな」
「特殊依頼だからな。危険手当も込みだ」
当然のように答えた。
「鑑定に関して分かったのは一部の素材だけだがな。通常種の物と比べて良い品質だそうだ。結晶と核については調査中だ。」
査定書が机を滑る。
「売却するなら今すぐ換金できるが、調査結果次第では金額は上がるかもしれんぞ。返却でも構わん」
目を通してみると売却の金額は悪くないし、今のところ特に使う予定も思い浮かばない。
「オレは売ろうかな。エアルはどうする?」
「わたしも売っちゃおうかな。お願いします」
「そうか、分かった。受付で受け取るといい」
一つ頷くと、紙を丸めて手渡してくる。
「それと――」
ふと思い出したように声を上げた。
「護衛依頼の件は聞いているか?」
「いや? 聞いてないぞ」
「そうか」
ベイルは納得したように頷く。
「依頼について外部から相談が来ていてな」
「どんな依頼なんだ?」
「エルマに任せてある。帰りに聞いてみるといい」
「話は以上だ」
そう言って書類へ視線を戻した。
二人で部屋を出る。
「さっき言ってた話かな?」
「多分そうだろうな」
◇
受付に戻ると、エルマが帳簿から顔を上げる。
「終わったかい」
「聞いてきた。換金と報酬の受け取りを頼む」
ベイルに手渡された紙をカウンター越しに渡す。
「はいよ」
紙を確認すると近くの職員に渡す。
「悪いけど、こっち頼むよ」
「あぁ、そうだ。ありがとね」
職員を見送ってからこちらへ向き直る。
「準備に時間も掛かるだろうし、先に話をするとしようかね」
受付の奥を指差す。
「着いて来な」
案内された小部屋に入り椅子に腰を下ろすと、お茶と一緒に茶菓子が出されたので、一口食べる。
「美味ぇなコレ」
「中央区で人気のお菓子だ。二人ともゆっくりしな」
「ありがとうございます。頂きますね」
「それで、話って?」
エルマは一枚の書類を机に置く。
「教会から相談が来とる」
その言葉にエアルが小さく反応した。
「教会の、ですか?」
「あぁ」
お茶を啜りながら続きを話す。
「近々、巡礼があるみたいでね。その護衛さね」
思い返すと、少し前から似た依頼は見掛けていた。
「なんでオレ達に?」
「候補として名前が挙がっとってな」
「候補? 護衛の?まだ受けた事ねぇけど」
「調査の件で実績があるからね。あとは嬢ちゃんがいる事も大きい」
そう言って、隣側に視線を移す。
「……そうですね」
「まだ正式な依頼じゃあないんだけどね」
肩を竦めると溜息を一つ。
「なにやら向こうさんも準備があるらしい」
詳しい話までは聞いていないようだった。
「それで、どこまで行くんだ?」
「行き先かい?王都だよ」
王都。この街から見ればかなり遠い。
「場合によっちゃあ、往復で二ヶ月近くは街を離れる事になるかもしれないねぇ」
「長いな」
「だから今のうちに考えといておくれ」
エルマは書類を纏めると、
「正式な話が来たら、改めて声を掛けるからね」
そう言って湯気の立つ茶を口にした。




