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鐘は鳴り止まない〜ただ一人、君の歌だけが綺麗だった〜  作者: 秘色ひすい
鐘の鳴る街

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第39話 帰路

 翌朝。


 空が白み始める頃には全員が起きていた。

 野営地の焚火は消され、荷物も纏め終わっている。


 昨夜は久しぶりに穏やかな夜だった。


 見張りの交代は行ったが、異変の最中に感じていた不気味な気配が戻る事もなく無事に朝を迎えた。


 出発の準備を終えて来た道を戻り始める。


 森は静かで、昨日までの静けさとは違い風の音が心地良い。遠くでは鳥の羽音が聞こえ、時折小動物らしい気配も感じられた。


「気配は戻ってきてるな」


 トマスが木々の奥へ視線を向ける。


「数は全然だけどな」


 ジェイミーも周囲を見回した。


「昨日までの森がおかしかったんだろうな」


 そう言いながら近くの茂みを見る。

 小さな影が走り抜け、落ち葉を揺らして消えた。


「それにしても、あんなになってるなんて誰が想像するんだよ」


 エルティナが呆れたように息を吐く。


「初めて見たよ。思い出しただけでも気持ち悪い」


「同感です」その言葉にグロウも続く。

「魔物が混ざってるなんて聞いた事ありません」


「俺もねぇよ。……長く潜ってりゃ変な魔物くらい見た事あるが、あれは別だ」

「確かに。別物だったな」


 魔物を知る者ほど、あの異形さは理解出来ないのだろう。確かに森に住んでいた頃でも、あんな生き物は見た事がなかった。


 隣を歩くエアルも何も言わない。


 腰の袋に入っている核の破片を思い出す。

 道中や谷で拾った結晶とは違う感覚のもの。


 今は沈黙しているそれについて考えながら歩いているとやがて、二区三層の配置地点が見えてきた。


 見張りの冒険者がこちらに気付く。

 一瞬目を見開き、それから大きく手を振っている。


「戻ったぞ!」


 周囲へ大きな声で呼び掛けている。

 構えていたであろう拠点の空気が一気に慌ただしくなり、天幕の近くから何人もの冒険者が顔を見せる。その中にはドルトの姿も見えた。


 こちらの人数を数え、背負った荷や傷の様子を見て最後に小さく息を吐く。


「全員、生きてるようだな」

「あぁ。大変だったけど、なんとかな」

「そうか」


 短い言葉だった。


 過去こういった状況で戻らない冒険者を何人も見てきたのだろう。周囲の冒険者達も安堵したような顔をしていた。


「それで」


 ドルトが腕を組む。


「奥で何があった」


 全員の視線が集まる。レイは少し考えた後、


「奥に進んだ所に谷があってスゲェヤツがいた」

「報告のか?」

「あぁ。それよりもかなりヤバくなってたし、そいつ以外にも変異した魔物もいた」


 周囲がざわつくが、当然の反応だった。


「その谷や道中には沢山の死骸もあった。熊も猿も蛇も居たけど、数は数えてねぇ」


「谷つっても、前の巡回で異常は聞いてないよな?」

「あぁ一月前は無かった」「俺も確認してる」


 近くの冒険者達が思わず漏らす。


「そうだな。俺も聞いてねぇ」ドルトが眉を寄せる。

「それで?」


「でかいヤツは谷底の中心で魔物を喰いまくってた」


 言葉だけでは上手く伝わらないが、出来る限り簡潔に説明する。


「熊の身体に狼や猪の頭が付いてて、猿とか蛇みたいな魔物も混ざってた。ちょっとした小屋くらいの大きさはあったな」


 何人かが顔をしかめた。

 想像したくもないのだろう。


「んで、そいつらを倒した」


 ざわめきが止まる。


「……倒した?」


「あぁ。デカいヤツは核みたいな結晶があって、それを壊したら止まった。他は皆が倒してくれた」


「他はいないか?」

「見えてた限りのヤツらは全部倒した」


 ドルトはしばらくの間、考え込んでいた。


 異変の原因が判明した訳ではないし、解決した訳でもないが、状況は理解出来たらしい。


「それで森が静かになったのか」

「多分な」


 エアルが続く。


「変異した魔物も急に弱くなったし、近くにあった結晶も変わったんです」


「結晶?」


「赤黒い石でいくつか採って帰ってきてる」


 腰の袋を軽く叩く。


「嫌な感じがしてたんだけど、今は何も感じねぇ」


 ドルトは何度か頷くと、近くの冒険者へ振り返る。


「伝令を出す」


「二区二層へ。調査隊帰還。異変の中心と思われる存在を討伐。配置は継続中。この内容で頼む」


「了解」


 呼ばれた冒険者がすぐに準備を始める。


 二区二層へ届けば、そこから各区域にも伝えられるだろう。異変が収束した可能性は高いが、確認の為か、撤収はせずに様子見をするらしい。


「助かった」


 ドルトがそう言った。


「正直、もう少し待つ事になると想定していた」


「俺達もそう思ってた」ジェイミーが笑い、

「まさか次の日に帰って来るとはな」


「しかも全員生還だ」手を挙げたトマスも続く。


 張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ気がした。


 少し休憩を挟んだ後、一行は再び荷を背負った。

 二層の待機地点まではまだ距離がある。


 森を下る足取りは行きより軽かったが、それでも疲労が消えた訳ではなかった。


         ◇



 三層の配置地点を出てからしばらく。

 森を下る途中では何度か冒険者達とすれ違う。


 補給物資を運ぶ者、各配置地点を巡る伝令役、周辺の様子を確認する為に森へ入る探索班。行きには見なかった慌ただしさがそこかしこにあり、三層からの報告で既に動き始めているのが分かる。


「なんだかいつもの空気が戻ってきた感じがするな」


 周囲を見ながら前を歩くエルティナが呟く。


「そうですね」


 その隣でグロウが頷いた。


「少なくとも前みたいな張り詰め方はしてません」


 行き交う冒険者達も、異変発生直後のような緊張感ではなく忙しなく動いている。


「まぁ、確認が終わるまでは警戒継続だろうけどな」


 トマスも周囲へ視線を巡らせた。


 そんな様子を横目に進み続けると、日はすっかり高くなっていた。やがて二区二層の待機地点が見えてくる。


 三層より広く確保された拠点には複数の天幕が並び、机を囲む冒険者達や各地から戻った伝令達が忙しなく動いている。報告を書き留める姿まであり、二区全体の情報がここに集約されているのが見て取れた。


 こちらへ気付いた見張りが手を上げる。


「調査隊だ!」


 人混みの奥からヴァンとリアが歩いてくる。


「よう、坊主」「おかえり」


 近付くなり一行を見回して皆を確認すると、


「全員揃ってるみてぇだな」

「なんとかな」

「三層からの伝令は聞いた。やるじゃねぇか」


 そう言うなり背中を思い切り叩かれる。


「いってぇ!?」


 思わず前につんのめりそうになりながら振り返ると、ヴァンは豪快に笑っていた。


「元気そうで何よりだ」

「今ので怪我したらどうすんだよ」


 文句を言うが、気にも留めない。

 その後ろから覗き込んできたリアが、レイとエアルを見比べる。


「怪我?」


「「大丈夫だ(よ)」」

「それなら、いい」


 短く微笑むと、それ以上は聞かなかった。


「ここから一区と三区にも伝令は回してある。向こうにも直に話が行くだろうさ」


 それが分かれば十分だった。

 少なくとも情報は滞りなく伝わっているらしい。


「こっちはまだ動くのか?」


 辺りを見回すと、伝令は今も出入りしていて、地図を囲んだ冒険者達も何かを話し合っていた。


「あぁ、アレか?」


 ちらり、と目を向けたヴァンは大袈裟な手振りで、


「俺たちゃ残業だ。異変が収まったか確認出来るまでは一応、警戒継続だな」


 当然の判断だった。

 三層でも同じ事を言われている。


「まぁ、少し休んだら街に帰るといい」


 肩を竦めている。


「ベイルさんへの報告が待ってるだろ。お前らが帰る頃には多分ギルドに着いてるだろうよ」

「そうだな。ちゃんと報告しとかねぇとな」


 谷で見た光景。

 異形の存在。

 持ち帰った結晶と核の破片。

 説明する事はいくらでもある。


「じゃあな。向こうの方で炊き出しがあっから食っとけ」


「あぁ、ありがとな」


 二層を出る頃には太陽も頭上を過ぎ始めていた。

 街まではまだ半日近く掛かる。


 森を抜けるには、もう少し歩かなければならない。


         ◇


 森を抜ける頃には空も赤みを帯び始めていた。


 傾いた陽射しが街道に長い影を落とし、背後で広がる森は静かに夕暮れを迎えようとしている。昨日まで感じていた異様な圧迫感は既になく、耳に届くのは風に揺れる枝葉の音と、時折聞こえる鳥の鳴き声だけだった。


「やっと帰ってきたな……」


 エルティナが大きく背伸びをしている。

 その動きにつられるようにグロウも肩を回した。


「僕は街のご飯が食べたいです」

「俺は風呂だな」「結局どっちもだろ」


 トマスの言葉にジェイミーが笑う。

 戦いの直後なら出なかっただろう会話だった。


 疲労は残っている。


 それでも皆の表情に出発前の張り詰めた色はない。


 そんな他愛ない話をしながら街道を進むうち、前方には見慣れた外壁が姿を現した。


 門の周囲では荷車が行き交い、商人や旅人が列を作っている。普段より冒険者の姿は少ないが、それでも店先から漂う夕食の香りや通りを行き交う人々の声は、森の緊張感とはまるで別世界のものだった。


 門番に軽く挨拶を交わし、街に入る。

 石畳を踏みしめる感触さえ久しぶりに感じられた。

 夕方の通りを抜けて、そのままギルドへ向かう。


 扉を開くと、普段より静かな広間が目に入った。多くの冒険者が配置任務へ出ているのだろう。依頼掲示板の前も空いており、聞こえてくる話し声もどこか少ない。


「あ」


 受付の向こうでセシルが顔を上げる。

 こちらを認めた瞬間、僅かに表情が和らいだ。


「ただいま」「戻りました」

「お帰りなさい、ご無事でよかったです」


 その声に反応したのか、奥からエルマが顔を出す。


「おや、帰ったのかい」


 一行の顔を見回し、ふんと鼻を鳴らす。


「報告は坊や達から聞くよ」


 そう言ってレイとエアルを顎で示した。


「あんた達は病み上がりなんだから、さっさと休んどきな」


「いや、別にそこまでじゃ――」

「別に、じゃないよ」


 即座に切り捨てられる。


「ミレナの嬢ちゃんも意識戻ってるんだ。見舞いくらい行ってやんな」


 その言葉にグロウが目を見開き、


「本当ですか!?」


 思わず一歩前へ出る。


 異変の発生からずっと気を張っていたのだろう。普段は落ち着いているグロウにしては珍しい反応だった。


「あぁ。まだ無理は出来ないらしいけどね」


 それを聞いたグロウは目に見えて安堵したように息を吐いた。


「よかった……」


 隣ではエルティナが苦笑する。


「だったら尚更先に行った方がいいな」

「そうだな」


 ジェイミーも頷いた。


「報告は任せる」

「あぁ」


「今回はありがとう。またな」


 短く言葉を交わし、別々の方向へ歩いていく。


 見送ったエルマは今度はこちらに向き直った。


「ほら、坊や達も行っといで」

「ベイルさんか」

「少し前から待ってるよ」


 呆れたように肩を竦める。


「各区域から報告が上がる度に書類増やしてるからね。今頃机が埋まってるんじゃないかい」


 意地が悪そうに笑うエルマに釣られ、その様子を容易に想像してしまったのか、隣のエアルからは苦笑が漏れている。


 二人はそのまま二階へ向かう。見慣れた廊下を進み、ギルド長室の前で足を止めた。


 扉を叩く。


「入れ」


 間を置かず返事が返ってきた。


 部屋に足を踏み入れると、予想通り机の上には大量の報告書と地図が積み上がっていた。


 以前見た時よりも明らかに増えている。

 各区域から届いた報告なのだろう。


「帰ったか」


 ベイルが顔を上げると、その視線はまず二人の姿を確かめるように向けられた。


「予定より早かったな」

「想像より、早く見つかった」


 小さく頷く。


「そうか」


 短く答えると、机の上の書類を脇へ寄せた。


「座れ」


 二人は勧められるまま席へ着く。

 部屋の中に静かな空気が落ちた。


「まずは最初から聞かせろ」


 レイは頷く。


 谷で見た光景を思い出しながら口を開いた。

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