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鐘は鳴り止まない〜ただ一人、君の歌だけが綺麗だった〜  作者: 秘色ひすい
鐘の鳴る街

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第26話 魔法の講義

 机を運ぶ音が、廊下の奥まで響いていた。


「そっち重いから二人で持ってねー」

「はーい!」

「こら、走らない」


 教室らしい広間へ入ると、子供達が慌ただしく動き回っている。窓際では小柄な修道女が椅子を並べ直し、その横では年上の子供達が木箱から板を運び出していた。


「だからみんな、押さないの。順番」

「でも前がいい!」

「今日まほうでしょ!?」

「お兄ちゃんもやるの!?」


 視線が一斉に向く。

 レイは少しだけ眉を寄せた。


「……なんで俺まで?」

「わかんないけど… 剣を持ってるから、とか?」


 面白そうに返される。

 その間にも子供達は遠慮なく近寄ってくる。


「それほんもの?」

「重い?」

「魔物倒したやつ!?」


 一人が剣帯へ手を伸ばしかけ、レイは軽く避けた。


「危ないから触るな」

「けちー」

「危ねぇもんは危ねぇから」


 そう返すと、今度は別の子供がコートを引っ張る。


「森ってほんとにまものいるの?」

「いるよ」

「どらごんは!?」

「この辺にはいねぇかな」


 即答すると、小さく「いないのかぁ……」と残念そうな声が返ってきた。


 隣からは楽しそうな笑い声が聞こえてくる


「もう懐かれてるね」

「早すぎるだろ」


 教室の前方では、老神官が準備の確認していた。


「では後はお願いします」

「はい」

「昼には戻りますので」


 老神官はそう言い残し、修道女と共に部屋を出ていく。

 残ったのは二人と子供達だけだった。

 途端に空気が少し緩む。


「せんせー!」「今日は風やる!?」

「火がいいー!」「かわいいやつがいい!」


 好き勝手に飛び交う声を前に、エアルは黒板代わりらしい板の前に立った。


「今日は基礎のおさらいからです。魔法は便利だけど、危ないものでもあります。だからちゃんと覚えて帰ること。いい?」

「はーい!」

 返事は半分くらいしか揃わなかった。


「みんな聞いてる?」

「「「はーい!」」」


 今度は少し大きい。

 エアルは苦笑しながら杖を持ち直す。


「魔法はね、魔力が無いと使えません」

「まりょくー」

「見えないやつ」

「そう。見えないけど、みんなが少しずつ持ってるもの」


《ラ・セイル・ドゥーー風よ集まれ》


 そう言いながら、指先に小さな風を集める。

 ふわり、と机の上の紙が浮いた。


「わぁ……!」


 一斉に目が輝く。


「でも、火を使えば火傷するし、風も強くすれば怪我をします。森で勝手に使うと、火事になったり動物を驚かせたりもするから、練習は必ず大人と一緒にね」


 難しい言葉を使わない。子供が途中で口を挟んでも、話を止めてそのまま返している。


 レイは壁際に寄りながら、その様子を眺める。


「じゃあ次は属性のお話です。風が得意な人もいれば、水が得意な人もいます」


《ラ・グラン・ドゥーー土よ集まれ》


 杖先に今度は土が集まった。

 床に小さく盛り上がった土の山が出来上がる。


「土は形を変えやすいから、壁を作ったりできます」

「おぉー……」

「あとは、お外とかだと穴も掘れちゃいます」

「すごい!」「落とし穴つくれる!」

「そうだね。でも落とし穴は危ないからダメだよ?」


 子供達が無邪気な笑声と共に、教室の空気中に小さな魔力がいくつも混ざっていくのを感じる。


 意識できている子供。

 無意識に漏れている子供。

 ほとんど感じないくらい弱いものまである。

 こんなに小さい内からでも皆少しは持っているらしい。


 小さく溜息を吐く。

 師匠に教わった時は、こんな説明は無かった。


 感じろ。使え。貯め込め。

 死にたくなければ覚えろ。

 優しかったのは最初だけだった気がする。


「よかったら、キミも何か見せてあげる?」

 

 不意にエアルがこちらへ振り返る。

 子供達の視線も一気に集まった。


「お兄ちゃんまほうつかえるの!?」

「剣だけじゃないの!?」「すごいのやって!」


「……すごいのはやらねぇよ」


 そう返しながら前に歩み出る。

 何を見せるべきか少し考え、水を選んだ。


《ルノアーー水よ》


 軽い詠唱を行い、掌の上へ薄く魔力を流す。

 空気中の水分が集まり、小さな水球が浮かび上がった。


「わぁ……!」


 今度はさっきより反応が大きいみたいだ。

 水球をゆっくりと頭上の方へ回す。


 分割した水球の片方を細く伸ばし、リングに変える。

もう一方の水球はリングに通した瞬間に小さな鳥に変化させ、その場に留まる。


「触ってみるか?」

「いいの!?」


 恐る恐る伸びてきた指が水鳥を突いた。


 ぱしゃ、と崩れる。


 一斉に笑い声が上がった。


「冷たい!」「こわしたー!」

「ずるい!」「もう一回!」「つぎはどらごんだして!」


 次々と手が伸びてくる。

 その横でエアルが少し笑っていた。


「手伝ってくれてありがとう」

「まぁ、楽しいからいいよ」


 そう返しながら、今度は小さな風を起こす。

 机の上の木片が転がった。


「風だー!」

「すげぇ!」


 小さな風だけでも子供達は十分楽しそうだった。

 講義はその後もしばらく続いた。


 詠唱の練習。

 魔法を使う時の注意。

 森に入る時は気を付ける事。


「魔物を見つけても近付かない!」

「知らない草は勝手に食べません!」

「じゃあ、変な音がしたら?」

「「「大人を呼ぶ!!」」」


 元気よく返ってくる声。


 途中で席を立ちかける子や、隣と話し始める子もいたが、その度にエアルは苦笑しながら呼び戻していた。


 窓の外ではお昼を知らせる音が鳴り始めている。

 それと同時に廊下側から食事の匂いが流れてきた。


「ごはんのじかんだ!!」「おなかすいた!」

「スープはなに!」「今日パンある!?」


 一気に騒がしくなる。

「今日はここまで。ちゃんと片付けてからご飯ね」

「「「はーい!」」」


 返事だけは立派だった。

 机を片付ける音が一斉に鳴り始める。


 椅子を引きずる音。

 廊下を走ろうとして止められる声。


「パン残るかな!?」

「今日は豆のスープ!」


 さっきまで魔法に集中していたのに、一瞬で昼食に意識が持っていかれていた。


 子供達の流れに押されるまま教室の外へ進む。

 廊下の先からは、もう昼食の匂いが広がっていた。


 豆と野菜を煮込んだスープ。

 薄く塩気のある肉野菜炒め。

 パンと木皿の並ぶ長机。


 その奥では、白い修道服を纏った修道女達が慣れた手付きで鍋や籠を運んでいる。


「順番ねー!」

「押さない!」


 子供達が列を作る横で、エアルも自然に配膳に加わる。


「熱いから気を付けてね」

「パン落としてるよ」

「こら、押さない」


 子供達が騒いでも、修道女達は慌てた様子もなく笑いながら皿を並べていた。


 お昼の準備が出来た子供から順番に空いた席へ座る。


「お兄ちゃんこっち!」

「ここ空いてる!」


 どうやら席は決められていたらしい。

 エアルは修道女達の側へ座り、こちらを見ながら軽く手を振っている。


「人気者だね」

「押し付けただろ」

「頑張って」


 完全に他人事だった。

 席に座った瞬間、周囲から一斉に声が飛んでくる。


「森ってほんとに危ない?」「魔物いっぱい居る!?」

「剣重い?」「飛ぶ魔物は!?」


 スープを飲む暇もない。


「質問は順番な」


 そう返しながらパンを千切る。


「夜の森って暗い!?」

「狼とか出る!?」

「冒険者って毎日戦うの!?」


「毎日じゃねぇよ」


 適当に返しながらスープを口に運ぶ。


「夜の森は暗いし、狼も猪も出る。待つだけの日もあるし、移動ばっかの日もある」


「へぇー……」

「なんかすげー」

「でもお兄ちゃん強いんでしょ?」


 期待の目が向いてくる。


「普通だ普通」


 即答すると、何人かが露骨につまらなそうな顔をした。その様子を見たのか、向こう側で小さく吹き出す誰かの姿が見える。


 子供達は気にした様子もなく食事を続けていた。


「ぼく風できた!」

「私は土がちょっと動いた!」

「わたしまだできない……」


 落ち込んだ声が混じる。

 するとエアルが自然にそちらへ視線を向けて、


「大丈夫。魔法はすぐ出来る人もいれば、ゆっくり慣れる人もいるから」


 とても優しい声だった。


「焦って変な使い方すると危ないから、大丈夫」

「うん……」


 その声に、周りでも何人かが小さく頷いた。

 その様子を横目に見ながらスープを飲み干す。


 師匠なら多分『出来るまでやれ』で終わってた。


 そういう意味では、エアルは教えるのが上手いのかもしれない。


 しばらくして食事が終わる頃には、机の上にはパン屑と空の食器が並んでいた。


「せんせー、また来る?」

「次いつ?」

「お兄ちゃんも!」


 子供達に囲まれたエアルは、眉を寄せて困ったように答える。


「予定空いたらね」

「オレも依頼が忙しくなかったらな」


 修道女達は片付けを始め、窓から差し込む光も少し柔らかくなっていた。


 騒がしい声はまだ続いている。

 その中でレイは小さく息を吐いた。


 思ったより、悪くない時間だった。

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