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鐘は鳴り止まない〜ただ一人、君の歌だけが綺麗だった〜  作者: 秘色ひすい
鐘の鳴る街

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第25話 教会の仕事

 朝のギルドは、普段より人の流れが偏っていた。


 一区側の掲示板前には依頼書を見上げる冒険者達が固まっている。昨日まで二区へ流れていた採取組や巡回組も、一部は戻り始めているらしかった。


「護衛付きで一区一層か……面倒だな」

「今だけだろ。確認終わりゃ戻るって話だし」

「いや、その前に稼げる時に稼ぐ」


 そんな声を聞きながら、レイは掲示板を眺める。


 巡回。

 採取。

 護衛。

 調査。


 どれも報酬は悪くない。


 北街道護衛。

 巡礼同行。

 教会関連物資輸送。


 以前より長距離系の依頼が増えている。


「護衛、多いな」


 隣で依頼書を見ていたエアルが視線を上げる。


「人の移動が増えてるからじゃないかな?」

「巡礼ってそんな動くもんなのか?」

「うん。巡礼の規模にもよるんだけどね」


 近くから報告を終えた冒険者達の声が聞こえてきた。


「北街道の護衛、また増えるらしいぞ」

「教会絡み?」

「らしい。なんか人探してるって話だが」


 そこまで聞いた所で、別の冒険者が鼻を鳴らした。


「でもよ、教会の護衛。銀級優先だって話だろ?」

「またか?」

「なんか長距離になるかもしれねぇって話だしよ」


 言い放ち、椅子を溜息を吐きながら立ち上がる。


「教会側も慎重なんだろ」


 受付側では今日も職員達が忙しなく動いている。


「一区巡回の方はこちらへ!」

「護衛登録証、確認しますよ!」


 そんな中でエルマがこちらに気が付いた。


「おや、お前さん達」


 帳簿を閉じながら手招きする。


「今日は依頼かい?」

「まだ見てる途中」

「なら丁度いいねぇ」


 老眼鏡を押し上げながら、エアルに手紙を差し出した。


「教会から知らせが来とるよ」

「……今日ですか?」

「昼前には一度来て欲しいそうさね」


 エアルは紙を受け取り、小さく息を吐いた。


「何かやらかしたとか?」

「お前じゃあるまいし」


 即答された。

 エアルもどこか慣れた反応でもある。


「まぁ、そんな大した話じゃないと思うがね。学校側がどうとか言っとったし」


 エルマはそう言いながら次の書類へ手を伸ばす。


「最近は人手足りとらんからねぇ。教会も学校も、森も街も全部バタバタしとる」


 後ろでは報告をまとめた職員が早足で通り過ぎている。


「二区一層、異常無しです」

「記録回して!あと未確認分まとめて!」


 ギルドの中では、今日も絶えず人が動いている。


 レイは掲示板へ視線を戻した。


 深層探索。

 長期巡回。

 教会護衛。


 並んでいる依頼は以前より明らかに重い。


「遠出の依頼も増えたね」

「……だな」


 そう返しながら、受注札を元の場所に戻した。

 今日は森へ行く空気でもないらしい。


           ◇


 中央区にある教会の周辺は西区画より静かだった。


 以前訪れた時と変わらず、石畳は掃き清められ、白い外壁や色ガラスの窓が陽光を反射しながら通りを明るく染めている。外套を羽織った神官達が行き交い、その横を薬籠を抱えた修道女達が足早に通り過ぎていく。


 話を終えてきたエアルに連れられて教会内を進む。


「ここからは着いて行っていいのか?」

「うん。教会の方で少し授業のお手伝いを頼まれちゃって……もしよかったらいるだけでも大丈夫だから来てくれないかな?」


 話を聞くと、教会で預かってる子供達の勉強に学校の先生が来られなくなった、との事だった。


 少し離れた建物に近付くにつれ、景色だけでなく空気の匂いまで変わった。


 香草。

 古い木。

 薄い香。


 入口近くの部屋では、小さな子供達が机を並べて文字を書いている。年嵩の修道女がその間を歩きながら、ゆっくり読み方を教えていた。


「静かだな」

「今日はまだ人少ない方だと思うな」


 エアルは慣れた様子で中へ入っていく。

 受付に声を掛けると、若い神官がすぐに気付いた。


「エアル様、お待ちしておりました」

「こんにちは」


 返す声はギルドで聞いているものより静かだった。冒険者相手に向ける柔らかさとも違う、距離を測るような。そんな静かな声だった。


「本日は講義補助の件で来ました」

「聞いてます」


 神官の視線がレイへ向く。


「こちらは?」

「補助の同行者です。今日は一緒に」

「そうでしたか」


 それ以上は聞かれなかったが、視線だけは残る。


 廊下の脇から見える室内では、小さな机を並べた子供達が羽根ペンを動かしていた。


 インクで指を汚した子供が修道女に叱られ、その横では別の子供が眠そうに欠伸をしている。


《ラ……フェル……》


 奥からは詠唱練習らしい声も聞こえてきた。

 その音を聞いた瞬間、少しだけ足を止める。


 魔力の流れが多い。


 戦闘時の魔法とは違う。もっと薄く、広く、建物全体へ染み込むみたいに漂っている。


「どうしたの?」

「……いや」


 視線を奥へ向ける。


 祈祷室らしい場所。

 閉じられた扉。

 その奥側だけ、空気が少し重かった。


 それ以上探る前に、前方から子供達の声が飛んでくる。


「エアル先生だ!」

「ほんとだ!」


 小さな足音が廊下に響いた。

 駆け寄ってきた子供達を見て、エアルの空気が少しだけ変わる。


「みんな走っちゃ駄目だよ?」


「今日は魔法だよね?」「お兄ちゃんだれ?」「冒険者?」「せんせーがきょうのせんせー?」


 次々と飛んでくる声に困ったように笑っている。


「今日は手伝い。お兄ちゃんも。順番にね?」


「だって剣持ってる」

「森行くの!?」「どらごんたおせる?」

「魔物倒したことある!?」


 一気に囲まれ、レイは少しだけ眉を寄せる。


「……近いな」

「気に入られてるね」


 エアルは面白そうに笑う。


 その様子を見ながら、奥側から現れた老神官が小さく目を細めた。


「相変わらず、子供には人気ですね」

「いつも先生役を押し付けるからじゃないですか?」

「頼れる人材は貴重なのですよ」


 穏やかな声だった。

 その視線は一瞬だけこちらに向いていた。


「そちらの方は?」

「同行者です」

「貴女と同じ。銀級冒険者、と聞いております」


 どこまで把握されているのか分からない。

 老神官は静かに笑う。


「本日の講義ですが、基礎魔法と森での注意点を予定しております。実戦経験のある方が居るなら、子供達にも良い刺激になるでしょう」


 周囲では、既に机を運び始めている子供達の声と嗜める先生の声が響いていた。


 窓の外では風に揺れた鐘が、小さく鳴っている。

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