第23話 二区浅層
二区浅層小型危険種間引き依頼。
対象は牙猪と毒尾蛇。討伐数合計二体以上。
付随依頼として薬草採取。
昨日まで一区側を回していた冒険者達が流れてきているのか、二区側の依頼はどれも減りが早かった。
依頼書を手に受付に向かう。
一階は朝からかなり人が多い。
依頼を受ける冒険者。夜の巡回から戻ってきたらしい連中。掲示板前で地図を囲む護衛組。酒場側では朝からスープを掻き込みながら、どこの区域へ入るか揉めている声まで聞こえてくる。
「一区はまだ駄目か」
「水辺側と一層は確認終わってねぇってよ」
「二区側、今日は混みそうだなぁ」
似たような会話があちこちから飛び交っている。受付前では職員達も慌ただしく書類を回していた。
「二区巡回、あと二組追加です!」
「未帰還確認、一層寄り優先してください!」
昨日ほどではない。
だが、まだ完全に普段通りという訳でもなさそうだった。
受付に来ると帳簿を捲っていたエルマが顔を上げる。
「おや。また朝から動くねぇ」
相変わらず小柄だった。
椅子に座っているのに不思議と周囲の職員達より目立つ。横では若い受付嬢達が忙しなく動いているが、エルマだけは妙に落ち着いて見えた。
「二区浅層の間引き依頼を受けたい」
「どれ」
依頼書を渡す。
老眼鏡を少し押し上げながら内容に目を通し、
「……まぁ、この辺りなら問題ないだろうさ」
小さく頷いた。
「一区ほど騒ぎにもなっとらんしねぇ」
横では別の冒険者が巡回報告をしている。泥の付いた靴のまま受付に寄り掛かり、森側の様子を早口で説明していた。
「一区はまだ止まってるのか?」
「水辺側はねぇ」
書類へ何かを書き込みながら返事が返ってくる。
「確認が終われば制限付きで戻すだろうさ。時間を決めるか、等級で分けるか、その辺はまだ揉めとる最中だろうけどねぇ」
受注札を差し出される。
「まぁ、森の様子も少し気にしときな」
「様子?」
「何も無いなら、それが一番良い事さね」
そこまで言ってからエルマは次の冒険者に顔を向けた。
「はい次!報告かい、依頼かい!」
受付を離れる。
「エルマさんって、なんか全部知ってそうだよね」
「知ってても全部は言わなそうだけどな」
そう返しながらギルドを出た。
◇
二区へ向かう街道は、昨日より明らかに人が多かった。
採取籠を背負った連中。軽装の巡回組。護衛付きで移動している商人。街道脇では朝露に濡れた荷車を拭きながら、運搬組が木箱を積み直している。
一区側が止まっている分、人が流れてきているらしい。
「二区混むって言ってたの、本当だったな」
「浅層採取組が結構こっち来てるんだと思う」
街道を外れて森へ入る。
朝露を含んだ草が裾を濡らし、枝葉の隙間から落ちてきた水滴が肩を叩いた。
浅層側らしく木々の間隔はまだ広い。それでも街道近くより空気は濃く、湿った土と葉の匂いが鼻に残る。遠くではパキパキ、と誰かが枝を払う音も聞こえた。
枝を避けながら進む。
その途中で、自然と意識を周囲へ広げていく。
少し離れた場所で落ち葉を踏む軽い音。小動物か採取組かまでは分からない。右側では人の動く気配が三つほど重なっている。
奥側から返ってくるのは風の音ばかりだった。
気が付けば、最近は気配を探る事も減っていた。
街近くの浅層は危険が少ないし、周囲にも人が多い。
知らない内に気が緩んでいたのかもしれない。
木の根元に視線が止まる。
葉陰に紛れるように薬草が生えていた。
屈み込み、根を崩さないよう土ごと掘り上げる。
「今日は結構、集中してるね」
横から声が掛かった。
「そう見える?」
「なんとなく。昨日の事があるからかな?」
否定はしなかった。
立ち上がり、そのまま森の奥側へ意識を向ける。
風が抜ける音。
遠くで鳥が枝を揺らす音。
採取組らしい人の気配。
その中に混じる獣の反応は思ったより少なかった。
「まぁ、少しはな」
短く返しながら歩く。
少し先の木の根元が掘り返されていた。
近付くと泥がまだ新しい。
牙で抉ったような痕が残っている。
「これ、牙猪か?」
しゃがみ込みながら確認する。
「見た感じは群れっぽいね」
「そこまでは分かんねぇな」
指先で土を払う。
周囲には踏み荒らされた草が広がっていた。
だというのに肝心の気配が薄い。
鳥の声は聞こえる。風も流れてくる。
遠くでは採取組らしい声も混じっているのに、近くの茂みが揺れる事は無い。
「……少ないな」
「人多いからじゃない?」
実際、今日は二区側へかなり人が入っている。
切られた草。
掘り返された土。
踏み固められた獣道。
浅層側だけでも相当な人数が通った跡が残っていた。
「かもな」
そう返しながら立ち上がる。
その瞬間、低い木の陰から毒尾蛇が飛び出してきた。
でもこちらの反応の方が早い。
一歩踏み込み、頭を地面へ踏み付ける。そのまま剣を突き立てると蛇の身体が激しく跳ねた。尾が落ち葉を叩き、湿った土が散る。
すぐに動かなくなる。
「……早いね」
「まぁ気付いてたからな」
剣を抜きながら周囲を見る。
普通なら一体見つかれば近くにも何匹かいる事が多いらしいが、次の気配は来ない。
落ち葉を揺らしていた尾の音だけが、すぐに森へと吸われて消えていった。
◇
昼を少し回った頃だった。
奥側から大きな気配を感じる。
重い足音。
真っ直ぐこちらへ近付いてくる。
反射的に意識がそちらへ向いた。
「エアル」
短く呼ぶ。
隣の空気が変わった。
杖へ手が掛かる。
枝葉を掻き分ける音。
速い。
「おいおい、そんな警戒すんなって」
木々の間から現れた影を見た瞬間、思わず肩の力が抜けた。聞き覚えのある面倒くさげな声。茂みを掻き分けながら現れたのはローエンだった。
背中にはいつもの大剣。
手に持っているのは刃幅の広い無骨な剣だった。
「……ローエンか」
「なんだその反応は」
不満げに眉を寄せる。
「いや、強い気配だったから」
「そりゃ俺だからな」
「なんだそれ。意味わかんねぇって」
当然だ、とでも言うように返してきた。
だが今日は妙に機嫌が悪そうだった。
「確認して来い、って言われんのはいいがよ。森は木が邪魔で剣振り辛ぇし、火も使い辛ぇ。最悪だったわ」
吐き捨てるみたいに言う。
「あと酒も切れてる」
「それが本音だろ」
「うるせぇ」
ローエンは周囲を見回した。
「んで、そっちは依頼か?」
「二区浅層の間引き依頼」
「数は?」
「まだ一体」
そう返すと、小さく舌打ちした。
「やっぱ少ねぇのかね?」
そう言って近くの木に背中を預ける。
「奥も見てきたが、二層辺りから妙に薄いんだよな。人が増えて散ってるだけかもしれねぇが」
そこまで言って、いくつもある水袋の一つを軽く振った。聞こえてくるのは乾いた音だけ。
「……街ィ戻ったらまず飲まねぇとな。やってらんねぇ」
「それ酒だったのかよ……」
「昨日から飲めてねぇんだよ」
本当にそれが原因だったらしい。
少しだけ空気が緩む。
「まぁ、気ぃ抜くなよ」
それだけ残し、ローエンは街側へ歩いていった。
枝を避けながら進む背中は、大剣を背負っているとは思えないくらい静かだが、その存在感だけはしばらく森の奥へ残っていた。
◇
その後、牙猪を一頭仕留めた。
茂みを割る音が聞こえた瞬間には、もう突っ込んできていた。
泥を蹴り上げながら真っ直ぐ突っ込んでくる。
横へ避け、通り過ぎ際に剣を振る。
鈍い感触。
牙猪が地面を抉りながら倒れ込み、湿った土と獣臭が周囲に広がった。
少し遅れて鳥が飛び立ち、牙猪はそのまま動かない。
周囲へ意識を向けるが、続いて寄ってくる気配も無く。
ここまで歩いた割に、他の反応が少ない。
奥から返ってくるのは擦れた枝葉の音ばかりだった。
「今日はこれくらいにしよっか」
「依頼分は足りたしな」
「薬草も結構集まったからね」
エアルが採取袋を軽く持ち上げながら笑う。
帰路へ向かう。
街道側では別の採取組が森へ入っていく。
その声はしばらく聞こえていた。




