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鐘は鳴り止まない〜ただ一人、君の歌だけが綺麗だった〜  作者: 秘色ひすい
鐘の鳴る街

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第18話 一人の街

 翌朝、目を覚ました時には、宿の下から人の声が聞こえていた。


 昨日みたいな怒鳴り合いではない。食器の触れ合う音や、朝食を運ぶ足音。時折混ざる笑い声が、まだ少し眠気の残る意識へゆっくり染み込んでくる。


 窓を開ける。

 朝の冷たい空気が肌を撫で、西区画の通りが見えた。


 露店を開き始める店主。

 荷車へ荷物を積み込む商人。

 朝帰りなのか、酒場前で大欠伸をしている冒険者。


 まだ騒がしさは弱い。

 それでも街はもう動き始めていた。


「起きてるー?」


 聞こえてきた声に窓を閉める。


 扉を開けると入口近くでエアルが荷袋を抱えて立っていた。今日は冒険者装備ではなく、少し軽めの服装だ。


「早いな。予定は?」

「うん。まだ時間あるし、ご飯一緒にどう?」


 そう言いながら買って来たであろう、バゲットの袋を軽く持ち上げる。


「その荷物は?」

「最近は冒険者する事が多いし、またここの宿に戻ろうかなって思って」


 昨日まで見なかった荷物がいくつか増えていた。


「教会から通うの面倒なのか?」

「住んでるとこから西区まで遠いんだよね」


 困ったみたいに肩を竦める。


 そのまま下に降りて二人で朝食を済ませ、宿を出た。


           ◇


 西区画を離れるにつれて、街の空気が少しずつ変わっていく。


 鍛冶場の音が減り、代わりに広い通りへ馬車の車輪音が響くようになった。白い石壁の建物。色ガラスの窓。道を歩く人間の服装まで、西側とはかなり違う。


 冒険者より、商人や神官の方が多い。


 中央区画を抜け、さらに東側へ近付くと、今度は制服姿の学生達が目立ち始めた。


 本を抱えて走っていく者。

 杖を持ちながら詠唱を繰り返している者。

 眠そうな顔で欠伸をしている者。


「あ、エアル先輩!」


 通りの向こうから少女が手を振る。


「おはようございます!」

「おはよ。今日は補講?」

「はい!」


 自然なやり取りだった。


 そのまま別の生徒達とも軽く挨拶を交わしながら歩いていく姿を見ると、エアルがこの辺りへ馴染んでいる事がよく分かる。


「知り合い多いな」

「教会経由で手伝い来る事あるからね」


 そう話している間に、通りの先に学校らしい建物が見えてきた。


 白い校舎。

 中庭。

 杖を持った学生達。


「《ラ・ノア・ドー》!」

「違う違う、そこ伸ばさない!」


 教師らしい男の声が飛ぶ。

 その横では、水球が弾けて学生達が慌てていた。


「賑やかだな」

「オーデンスの学校だしね」


 エアルが苦笑する。


「あ、エアル先生だ!」

「ほんとだー!」


 小さな子供達が一斉に駆け寄ってきた。


「先生!この前の続き教えて!」

「今日教えてくれるの!?」

「その人誰!?」


 一気に囲まれる。思わず少し後ろへ下がる。


「増えたな」

「ごめんごめん、押さない押さない」


 エアルは慣れた様子で子供達を宥めている。

 ギルドにいる時より自然だった。


「お兄ちゃん冒険者?」

「怖そう!」

「怖くないって」


 即答すると、何人かが逃げ出した。


「喋ったー!」

「怒られるー!?」


 エアルが子供達を取り押さえていると、校舎側から年配の女性が慌てた様子で駆けてきた。


「エアルさん、おはようございます!申し訳ありませんが今日の補講、午後までお願い出来たりしませんか!?」

「あー……やっぱり戻られてないんですね」


 困ったみたいに息を吐く。

 それから、ちらりとこちらを見た。


「ごめん。お昼くらいで終わると思ったんだけど、夕方まで掛かるかも」

「?別にいいけど」


 そう返すと、何とも言えない顔をされる。


「……ほんとに?」

「なんだよ」

「いや、なんとなく不安で」


 何故か信用がない。


「ギルド辺りで待ってればいいか?」

「うん。終わったらそっちに行くね」


 まだ少し迷っている様子だったが、呼びに来た女性へ頭を下げると、そのまま校舎側に向かっていった。


 子供達もこちらに向かって「先生もまたねー!」と騒ぎながらエアル達の後を追い掛けていく。


「オレは先生じゃねぇけどな」


 その背中をしばらく見送った。


 森で焚き火を囲んで、旅をした時とは違う。

 ここにいたエアルはなんだか街の人みたいだった。


           ◇


 一人になると、急に周囲の広さが増した気がした。


 どこへ行くか決める訳でもなく、通りを歩いていく。

 東側は西区画ほど騒がしくない。


 パンを焼けるいい匂い。

 紙とインクの不思議と懐かしい匂い。

 どこかの店先から流れてくる甘い香草の香り。


 学生達が並んで歩き、本を片手に何かを議論している。その横を神官服姿の人間が静かに通り過ぎていった。


 見た事のない店も多かった。


 魔道具店。

 香料店。

 細い硝子瓶を並べた薬屋。


 店先で青白い石が淡く光っている。


「お兄さん、冒険者かい?」


 声を掛けられる。

 振り返ると、露店の男が愛想良く笑っていた。


「新人向けの道具探してないか?」


 机の上には灯具や護符、小瓶が並んでいる。


「共鳴石入り灯具に、簡易結界護符! 初心者なら必須だよ!」


「へぇ」


 よく分からないけど、エアルも似たような灯具を持っていた気はする。


「今ならまとめて銀貨八枚――」

「やめとけ」


 横から声が飛んだ。


「またアンタかよ……」


 露店の男が露骨に顔をしかめた。


「悪りぃな。この辺りに住んでるもんで」


 槍を背負う、見覚えのある冒険者の様な男が呆れた顔で立っていた。


「その灯具、中身ほとんど空だろ」

「空じゃねぇよ!」

「クズ石削って光らせてるだけじゃねぇか」


 男が灯具を持ち上げる。


「護符も量産品。地図も無料配布と変わらん。新人価格にも程があるな」


 露店の男は舌打ちすると、さっさと別の客へ声を掛けに行った。


 レイは少し瞬きをする。


「高かったのか?」

「かなりな」


 ヴァンが肩を竦めた。


「街来たばっかの冒険者はよく狙われるんだよ」

「そんな分かりやすいのか」

「キョロキョロしてたな」


 クックッと喉を鳴らして笑う男に否定する事が出来ない。


「……普通に見てただけなんだけどな」

「まぁ最初はそんなもんだ」


 慰めが少しつらい。


「そういや名乗ってなかったな。俺はヴァン。ただのヴァンだ」「坊主、名は?」

「レイ。オレもただのレイだ」


「そうか。レイ、昨日の依頼は大丈夫だったか?」


 その言葉にやっと見覚えのあった理由に辿り着く。

 紺色の短髪、こめかみの辺りから一房の巻髪を垂らした、何処か凛々しさを感じる男に記憶が重なった。


「アンタ、昨日の依頼くれたヤツか!」

「今気付いたのか!?」


 マジかよ…おもしれぇ奴!と笑うヴァンは、ローエンみたいな豪快さとは違うが、気持ちのいい笑い方だった。


「わりィわりィ。ま、外で生きるのと街で生きるのは別だからな。気を付けるこった」


 その言葉に少し黙る。戦う事には慣れている。

 けれど、街の事は全然分からない。


「あーあ。まぁ、飯食うなら西寄り戻れ。中央側は高ぇ」

「飯は大事だな、ありがとう」

「そこがちゃんと分かるんなら上等だ」


 楽しそうに笑いながら、ヴァンはじゃあな、と軽く手を上げて去っていった。


           ◇


 その後、言われた通り少し西寄りまで戻ってみる。


 通りの空気が変わった。


 茶葉や焼き菓子の匂いより、焼いた肉や油の匂いが増える。鍛冶場の音も聞こえ始め、昼前の露店には冒険者達の姿も増えていた。


 落ち着く。なんとなくそう思った。

 露店通りを歩いていると、串焼きを焼く煙が流れてくる。


「……これにするか」


 肉を買う。焼きたてで熱い。けれど美味い。

 香辛料の効いた脂が口へ広がり気持ちいい。続けて食べ進め、気が付けばもう一本買っていた。


「兄ちゃん冒険者か?」

「まぁな」

「最近多いんだよなぁ、朝から森行く連中」


 店主が肉を焼きながら話す。


「今日は熊系出たって騒いでるヤツもいたぞ」

「熊?」

「まだ浅い場所じゃねぇらしいけどな」


 そんな話を聞き、食べながら歩いている内に、いつの間にか西区画へと戻ってきていた。


           ◇


 夕方前。


 ギルドに入ると昨日とはまた違う空気が広がっていた。


 酒の匂い。

 血の匂い。

 皿のぶつかる音。


 解体場帰りらしい冒険者達が素材袋を抱え、奥では酒を飲み始めた連中が騒いでいる。


 その横を担架が通り、運ばれている人間の布の隙間から覗く腕は血で汚れている。誰も騒がない。


 受付嬢は慣れた様子で別の依頼書を整理し、冒険者達も少し視線を向けるだけだった。


 それが、この街の日常なのだと何となく分かる。

 空いていた席へ腰を下ろす。


 騒がしさの中にいる感覚。


 確かに、少し前みたいな“外から見ている感じ”ではなかった。


「……難しいな」


 森で生きるのと、街で生きるのは違う。


 街に馴染んだ気がし始めていたが、実際は一人だと知らない事ばかりだった。


 その時、ギルドの扉が開く。


「あ、いた」


 聞き慣れた声に振り返ると、少し疲れた顔のエアルがこちらへ歩いてきていた。


「待たせちゃった?」

「いや、別に」


 レイは肩を竦める。


「街歩いてただけだし」

「ほんとに?」

「騙されかけたけどな」

「やっぱり!?」


 即答だった。


「なんで!?」

「灯具売り付けられそうになった」

「あー……」


 額を押さえる。


「ヴァンって人に止められた」

「え、ヴァンさん?」

「知り合い?」

「ギルドだと結構有名だよ?」


 そんな話をしながら、二人は空いていた席へ座る。


「ご飯どうする?」

「腹減った」

「それは知ってる」


 エアルが呆れたみたいに息を吐いた。


 けれどその声を聞いていると、一人で街を歩き回っていた時より、少しだけ落ち着く気がした。

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