表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鐘は鳴り止まない〜ただ一人、君の歌だけが綺麗だった〜  作者: 秘色ひすい
鐘の鳴る街

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/42

第17話 依頼完了

「で、これどうすればいい?」


 倒れた灰牙狼を見下ろしながら呟く。


 斬り裂かれた毛皮の隙間からは血が滲み足元の土に黒く広がっていた。鉄臭い匂いが森の湿気に混ざり、風が吹く度に獣臭さが薄く漂う。


 エアルは少し考えるみたいに狼の死体を見回し、手袋をする。それから腰のナイフを抜いた。


「綺麗に切ってあるから状態も良さそうだね。牙と爪、毛皮くらいかな?持って帰るのは」

「全部?」

「全部は無理かな。重いし。毛皮は2頭分にしよっか」


 しゃがみ込み、慣れた手付きで毛皮に刃を入れていく。

 皮を裂く音。血で濡れていく毛並み。


「街の冒険者ってこんな感じなのか」

「素材になる部分だけ持って帰る人多いかな。近場ならまだマシだけど、遠征だと全部運べないし」


 横にしゃがみ込み、一緒に解体を手伝う。

 地面に剣を置き、狼の顎を掴みながら牙を抜いていく。

 刃の入れ方にも迷いがない。


 その動きを見ていたエアルの手が、ふと止まった。


「……上手だね」

「そうか?」

「絶対慣れてるよね?」


 血抜き位置も迷わない。毛皮も無駄なく剥がれていく。

 森で何度も繰り返してきた動きだった。


「師匠と狩ってたし」

「あー……」


 納得したみたいに頷く。


「でも街だと、そこまで綺麗に出来る人そんな多くないんだよ?」

「そうなのか」

「解体の専門家がいるくらいだし」


 言いながらエアルは剥がした毛皮を折り畳んでいく。

 その横で牙を袋へと放り込むと硬い音が小さく鳴った。


「そういえば昨日、すごかったな」

「ローエンさん?」

「そう。炎纏ってたやつとか」


 エアルの手が止まる。


「あれは魔装かな。身体強化寄りの」

「魔装……普通なのか?」

「普通では、ないかなぁ……」


 苦笑混じりだった。


「ローエンさん、かなり強い人だし」

「へぇ」


 強いのは分かる。けれど頭の中に残っていたのは炎よりも、楽しそうに笑いながら剣を振っていた姿の方だった。


「ああいうの、結構いるのか?」

「銀級でもそこまで多くないよ。魔装使える人って、それだけでかなり強いし」


 そう言いながらこちらを見上げて、


「キミも十分おかしいけどね?」

「そうか?」

「そうだよ……」


 じぃ……と視線を送ってくる。


「普通の新人は試験であそこまで暴れないし、灰牙狼三頭を一人で数秒で終わらせたりしないの」

「そうなのか?」

「そうなの!」


今度は返答より先に深いため息が返ってきた。


「絶対その内ギルドで有名になるよ」

「それは嫌なんだけど」

「もう半分くらい、なってると思うな」

「そんな事ないって」


 短く返しながら、剣に付いた血を布で拭う。


 黒い刀身。不思議な形状。昨日の試験でも形を変えながら使っていたそれを見て、エアルがふと目を細めた。


「……でもキミの剣も結構変だよね。あんな風に色々変わる武器、初めて見た」


 手元の剣を見る。師匠から渡された物だった。


 訓練で使う武器が増える度に少しずつ形を変え、気付けば今の姿になっていた。森では便利だから使っていただけで、他と比べた事は無い。


「普段あんなに使う事ないから、楽しくてつい」

「楽しくて、のレベルじゃないかな……」


 思い出したのか、遠い目をしている。


 その間にも森の奥では鳥が飛び立ち、少し離れた場所から別の冒険者達の声が聞こえてきた。


「終わったかー!?」

「こっちはあと二頭!」


 人の領域に近い森だからか、完全な静寂にはならない。風が葉を揺らし、誰かの足音が土を踏み、遠くでは斧を打つような乾いた音まで響いていた。


「森の中だけど、人いるな」

「近場の依頼だもん」


 エアルが立ち上がり、腰袋に牙を仕舞う。

 こちらも毛皮を畳んで、大袋に詰める。


「そろそろ戻ろっか。解体場混む前に帰りたいし」


 二人は汚れを落として移動を始める。


 切り開かれた木々の隙間からは、昼へ近付き始めた陽光が差し込んでいた。


 ◇


 オーデンスに戻る頃には、陽もかなり高くなっていた。

 西門前は朝とはまた違う騒がしさに包まれている。


 帰還した冒険者。

 昼過ぎの露店。

 素材袋を抱えて走る解体職人。


 門を潜った瞬間、焼いた肉の匂いと酒の臭いが混ざった空気が流れてきた。


 すぐ横では、どこかの冒険者組が木樽を囲みながら、既に昼酒を始めている。


「早くないか?」

「近場の依頼帰りはこんな感じだよ」


 苦笑しながらも気にしてなさげな顔。


「早い時間に戻れるから、帰ってそのままお酒飲んじゃう人が結構いるの」

「自由だな」

「まぁ、それが冒険者だし……」


 西区画の通りは朝以上に人が多かった。


 露店の呼び込み。

 解体場へ急ぐ荷車。

 討伐帰りらしい冒険者達の笑い声。


 その中を、別の冒険者達が西門に向かって歩いていく。

 ギルドに近付くにつれ、人の流れも少しずつ変わる。


 朝は“これから向かう人間”ばかりだったのに、今は“戻ってきた人間”の方が多い。


 泥だらけの靴。

 擦り切れたマント。

 血の付いた素材袋。


 壁際では疲れ切った新人冒険者らしい二人組が座り込み、その横を次の依頼へ向かうらしい連中が普通に通り抜けていく。


 依頼を終えて帰ってくる者。

 次の依頼へ向かう者。

 素材を抱えて解体場へ走る者。


 ギルドの前だけで、それが途切れず流れ続けていた。


「……なんか変な感じだな」

「ん?」


「朝は見てる側だったのに、今はこっち側なんだなって」


 小さな素材袋を軽く持ち上げる。

 中で灰牙狼の牙が触れ合い、乾いた音を鳴らした。


 エアルは一瞬だけ目を丸くして、それから少し笑う。


「初依頼だもんね。お疲れ様」

「別に疲れてはないけどな」


 そう返しながら扉を押し開ける。

 昼のギルドは、朝とはまた違う熱気に満ちていた。


 依頼達成の報告。

 解体依頼。

 受付前で揉めている冒険者。

 奥では酒を飲み始めている連中。


 朝は“取り合い”だった空気が、今は“帰ってきた場所”の空気へ変わっている。


「お、昨日の銀級新人じゃねぇか」

「もう帰ってきたのかよ」

「早かったな」


 訓練場で見かけた冒険者達がこちらへ気付き、笑いながら声を飛ばしてくる。


 今日はローエンの姿は無いらしい。


 エアルが肩を竦めた。


「ほら言ったとおり。もう覚えられてる」

「ほんとな」


 そのまま依頼報告の受付へ向かう。


 名前を伝え、素材袋をカウンターに置くと受付嬢が確認用紙を取り出した。


「西部森林第三区域、灰牙狼三頭の討伐ですねー。確認しまーす」


 袋の中から牙を取り出した瞬間、受付嬢の目が少し丸くなる。


「あらー、綺麗な素材」

「ん?」

「剥ぎ取り、上手なんですねー。昨日登録された新人さんでしたよね?」

「まぁ」


 よく分からないまま頷く。

 その横で、エアルが得意気な顔をしていた。


 受付嬢は牙を確認し終えると、慣れた手付きで報酬袋を机へ置いた。


「討伐達成確認しましたー。こちら依頼報酬と素材も納品されましたのでー、追加の報酬になります」


 ちゃり、と硬貨が鳴る。

 袋を持ち上げ、少し不思議そうに眉を寄せた。


「これで終わり?」

「うん。依頼達成」


 当然といったように頷く。


「討伐して、持ち帰って、報告して。これで冒険者のお仕事終了」

「へぇ……」


 妙な感覚だった。


 森で魔物を狩る事は何度もあった。

 けれど、こうして“依頼”として終わるのは初めてだ。


 倒して終わりじゃない。

 戻って、報告して、金を受け取って、初めて“仕事”。


 ギルドの騒がしさを聞きながら、ようやくその感覚を少し理解した気がした。


「どう?」

「……冒険者って感じする」

「今さら?」


 エアルが楽しそうに笑う。

 その瞬間、奥の方から怒鳴り声が響いた。


「おい誰だ西第二で群れ刺激したヤツ!!」

「知らねぇよ!!」


 別の場所では笑い声。

 解体場の方からは素材搬入の怒鳴り声。

 酒場側では木杯がぶつかる音まで聞こえてくる。


 騒がしい。


 けれど今朝みたいに“外から見てる感じ”ではなかった。


 この騒がしさの中へ、自分も混ざっている。

 そんな感覚が、少しだけ心地良かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ