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鐘は鳴り止まない〜ただ一人、君の歌だけが綺麗だった〜  作者: 秘色ひすい
鐘の鳴る街

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第14話 銀級冒険者

 炎と氷が真正面からぶつかった瞬間、訓練場の空気そのものが弾けたみたいに白煙が膨れ上がった。


 熱で歪む視界の向こう側で、ローエンが獰猛に歯を剥き出しにして笑っている。


「ハハハハハ!! いいぞガキ!!」


 振り下ろされる斬撃は一撃ごとに身体を軋ませるほど重い。なのに押し込まれた次の瞬間には拳が滑り込み、受け流したと思った場所へ今度は蹴りが飛んでくるせいで、まともに呼吸を整える暇すらない。


 剣を弾けば拳。

 避ければ蹴り。

 離れれば一瞬で踏み込まれる。

 剣士なのに戦い方が滅茶苦茶だった。


「マジかよ……強すぎんだろオッサン!!」


 だが、思わず笑ってしまう。

 ローエンも笑っていた。


 踏み込みだけで石床が砕ける。

 ぶつかる度に空気が揺れる。


 訓練というより、大型の魔物と殴り合っている感覚に近かった。


          ◇


「ちょっ、ローエンさん!? 新人試験ですよねぇ!?」


 訓練場入口から焦った声が飛ぶ。

 受付にいたセシルだった。


 長い栗色の髪を後ろで纏めた女性は、普段は柔らかい雰囲気で冒険者に大人気なのだが、今は完全に眉を吊り上げている。


「なんで床割れてるんですかぁ!?」


「ハハハ!! 盛り上がってきた!!」

「盛り上がらないでください!!」


 ガギィン!! と鋼がぶつかる。


 セシルのツッコミを掻き消すように、訓練場へ衝撃音が響き渡った。


「エアルさんも止めてくださいよぉ!!」

「え、わたし?」

「一緒でしたよね!?保護者じゃないんですか!?」

「違う、かなぁ……」


 困ったように笑いながらも、エアルは完全に止める気がない。


 その間にもローエンの大剣が振り下ろされ、レイは剣を滑らせ、衝撃を受けないように地面へ受け流す。


 重い。ただひたすらに重い剣戟。

 受け流しても、剣を合わせる度に腕が痺れる。


 だが。


「負けらんねぇよな!!」


 レイは笑いながら剣をしまった。


「お?」


 ローエンの目が細まる。


 直後。


 ガシャリ、と金属音が響いた。


 腰元へ収まっていた複数の剣が、柄へ吸い寄せられるように繋がっていく。


 刃同士が噛み合い、組み変わり、歪な音を鳴らしながら一本の巨大な武器へ変わっていくその光景に、シエルが口を開けた。


「えっ」


 気付けばレイの手には、異様な大剣が握られていた。


「――ほぉ?」


 ローエンが笑う。


 今度は豪快な笑いじゃない。

 獲物を見つけた獣みたいな笑い方だった。


「なんだそりゃあ……面白ぇなァ!!」

「まだまだこっからだっつーの!!」


 そして、


 再び鋼が激突した。


          ◇


「……あー……」


 訓練場へやって来たエルマが、半壊しかけている床を見て頭を押さえた。


「また始まったのかい」


「エルマさん!! 止めてくださいよぉ!!」

「無理だねぇ」

「諦めないでくださいよ!?」


 だがエルマは慣れた様子だった。


 訓練場中央では、ローエンが爆笑しながら大剣を振り回している。それをレイが真正面から受け止めていた。


「新人さんなんじゃないんですかぁ!?」

「新人だねぇ」

「なんでローエンさん楽しそうにしてるんですか!?」

「気に入ったんだろ」


 その言葉通りだった。


「ハハハッ!! やるじゃねぇか!!」

「そっちこそな!!」


 完全に試験を忘れていた。


 ガギィン!! と鋼がぶつかる。


 押し込まれた勢いのままレイが床を滑り、そのまま距離を取るように飛び退いた。


「押し負けてんぞガキ!!」

「うるせぇ!!」


 次の瞬間。


 レイの構える大剣が内部から軋むような音を鳴らし、


「おっ?」ローエンの目が笑う。


 振り抜かれた刃は、


 巨大な剣身だけが分離し、回転しながらローエンへ向かって飛んだ。


「うおっ!?」


 咄嗟に大剣で弾き飛ばす。


 だが、意識が逸れた隙を突いて、レイが滑り込むように間合いへ入り込んでいた。


 いつの間にか手には槍。


「ハッ!! どこに隠してやがった!!」


 突き、薙ぎ、払い。さらに蹴りと全身を回転させながら次々と槍を繰り出すレイに対し、ローエンが冷静に小手で槍を弾き、そのまま拳を叩き込む。


 レイが身体を捻って避ける。


 直後、さっき弾き飛ばしたはずの刃がレイの後方からローエン目掛けて戻ってきた。


「はァ!?」


 咄嗟に大剣で防いだローエンから見えたものは、空中に漂う鋼糸だった。細い糸が空中に煌めき、分離した刃を引き戻している。


「ウハ!! なんだそりゃ!!」

「面白いだろ!!」


 レイが空中で引き戻した刃を掴み、そのまま内部から剣を引き抜き、氷を纏わせながら振り下ろした。


 ローエンが真正面から迎え撃つ。

 轟音と衝撃。立ち込める白煙。


 そして。


「ハハハハハ!!」


 楽しそうな笑い声だけが響いていた。


          ◇


 気付けば、訓練場入口には人が増えていた。

 ピーク時間は過ぎている。

 だから冒険者の数自体は多くない。


 だが、戻ってきた連中や暇をしていた古参達が、面白そうに訓練場を覗き込んでいた。


「なんだアレ……」

「新人試験らしいぞ」

「嘘だろ?」

「ローエンさん笑ってんじゃねぇか」


 若い冒険者達は半ば引いていた。

 逆に古参達は笑っている。


「おら!!もっとやれ!!!」

「イキのいい奴がいたもんだな!!」

「オレぁあんなの相手したくねぇぜ!!」


 その奥で。


「……どんどん壊してる……」


 エアルだけが真顔だった。


 訓練場の床には亀裂。壁には焦げ跡。熱と冷気が混ざった白煙が漂い、石床の一部は赤熱している。


「新人試験なんですよねこれ!?」

「形式上はねぇ」

「形式上ってなんですか!?」


 エルマの言葉にセシルの悲鳴に似た声が響く。


          ◇


「……何をしている」


 そこまで大きくはない。だが身体の芯にまで響きそうなほど低く、そしてどこか呆れを含んだ声だった。


 その瞬間、ギルド内の空気が止まる。

 笑っていた冒険者達が口を閉じた。


 入口へ立っていたのは、少し疲れたような顔をした白髪混じりで壮年の男。


 ギルド長のベイルだった。

 シエルが、はっとしたように振り返る。


「べ、ベイルさん!!」

「セシル。説明を」

「新人さんを試験してたらこうなりました!!」

「意味が分からん」


 正論だった。


 ベイルが訓練場を見渡す。


 半壊した床。焦げた壁。蒸気と熱波。


 そして。


「ハハハハハ!!」


 笑いながら新人と殴り合っているローエン。

 ベイルの顔から感情が消えた。


「……ローエン」

「お?おう、ベイルじゃねえか!! 見ろこのガキおもしれぇぞ!!」

「そういう話ではない」


 胃が痛そうだった。

 隣でエルマが目を逸らす。


「まぁまぁ。あの人の弟子だからねぇ」

「だからって限度があるでしょうが!!」


 ガギィン!! と訓練場中央で再び轟音が響く。

 ベイルのこめかみに青筋が浮かぶ。


「お前達ぁ!! 今すぐやめろ!!」


          ◇


 結局、試験はそこで強制終了となった。


「えー」

「えーじゃない!!」


 怒鳴られながら、レイはようやく周囲を見回す。

 砕けた床の破片に凍りついた地面。

 蒸気を上げる訓練場。


「……あー」


 ちょっと壊れてた。


「ちょっとじゃないよ!?」


 エアルのツッコミが即座に飛んできた。


          ◇


「はいよ」


 受付に戻ると、エルマが銀色の金属札を机へ置いた。


 鐘の紋章が刻まれた銀級冒険者証。


「今日からアンタは銀級冒険者だ」

「へぇ」


 本人の反応は軽いが、周囲はざわついていた。


「新人で銀かよ……」

「まぁアレ見た後じゃな」

「むしろ鉄級にしたら危ねぇだろ」


 納得半分、呆れ半分。


「ハハハッ!! ちったぁ歯応えのある奴だったな!!」

 ローエンが隣で豪快に笑う。


「普通は鉄級からだからね?」

「そうなのか?」


 呆れたように息を吐くエアルは、少し嬉しそうだった。


「これで依頼は受けられる?」

「銀なら大抵困らないねぇ。ただし暴れるのは程々に」

「善処する」

「絶対しない顔だねぇ……」


 ギルド内に笑い声が広がる。


 少し前まで“よく分からない新人”へ向けられていた視線が、いつの間にか“面白い新人”を見るものに変わっている事に、レイ自身は気付いていなかった。


          ◇


 ギルドを出る頃には、もう昼前になっていた。

 街は既に昼の空気へと変わり始めている。


 露店から漂う焼き肉の煙。

 脂と香辛料の匂い。

 行き交う人々の笑い声。


「……腹減った」

「そりゃあんな動けばね……」


 エアルが呆れたように笑う。


「お昼どうする?」

「肉かな」

「即答だね……」


 でも、と小さく笑うと。


「まぁ、わたしもお腹空いたかも」


 その言葉を聞きながら、賑やかな街並みを見回した。


 相変わらず音は多い。

 人の声も。鍛冶場の音も。遠くで鳴る歌の音も。


 まだ少し煩いと感じる。


 けれど、焼ける肉の匂いに混ざる笑い声を聞きながら歩いていると、不思議と足取りだけは軽かった。

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