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鐘は鳴り止まない〜ただ一人、君の歌だけが綺麗だった〜  作者: 秘色ひすい
鐘の鳴る街

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第13話 資格試験

 翌朝、目を覚ました時にはもう宿の下が騒がしかった。


 階下から食器のぶつかる音が聞こえる。誰かの笑い声に混じって、パンの香りと肉の焼ける匂いが漂ってきた。窓を開ければ、朝の冷たい空気と一緒に街の喧騒が流れ込んでくる。


 昨日より、通りを流れる足音が早い。


 荷車を押す商人。鐘楼の方角へ向かう神官達。朝から鍛冶場を開けている店もあるらしく、遠くでは金属を打つ乾いた音まで響いていた。


 街が起きている。

 そんな感じだった。


「……すげぇな」


 思わず呟きながら、ぼんやり窓の外を見下ろした。


 森の朝は静かだった。

 風が吹いて、鳥が鳴くくらいだ。


 でもここは違う。

 朝になった瞬間、人が一斉に動き始める。


 昨日は“街”を見た。

 今日は、“暮らし”が見えている気がした。


          ◇


 食堂へ降りると、既にかなり席が埋まっていた。


 冒険者らしい男達が朝から肉を頬張り、隅では商人達が地図を広げながら何かを話し合っている。昨夜から酔い潰れていたであろう男が机に突っ伏したまま寝ていて、女将に頭を叩かれていた。


「ほら起きな! 朝だよ!」

「うぐっ……うるせぇ……」


 その瞬間。


 ――コォォォン……


 街全体へ鐘の音が広がった。


 窓が微かに震える。

 レイの眉がぴくりと動いた。


 重い。


 昨日聞いた夜の鐘より、朝の方が響きが強い気がした。空気の奥を無理やり擦られるみたいな不快感が残る。


 だが周囲の人間は気にもしていない。


 祈るように手を組む者。食事を再開する者。

「あー朝かぁ」と欠伸をする者。


 それが日常なのだと分かる。


「お、兄ちゃん起きてたかい」


 女将が皿を運んできた。


 焼きたてのパン。燻製された大きな肉。ふわふわの卵料理。それに湯気の立つスープ。


「おすすめ朝飯だよ」

「めちゃくちゃ美味そうだな!」

「朝から嬉しいこと言ってくれるねぇ! サービスだ!」

「まじ!? ありがとう!!」


 レイは早速サービスのパンを千切り、スープへ浸すと、塩気の効いた香草の香りが染み込み、思わず小さく息を吐いた。


「……うまっ」

「良い食べっぷりだねぇ」


 女将が笑う。


 入口の鐘の鳴る音に振り返ると、フード姿のエアルが小さく手を振っていた。


「あ、いた」

「おはよ」

「おはよう。ちゃんと起きてたんだ」

「子供扱いしてないか?」

「ちょっとしてるかも?」


 即答だった。

 エアルはレイの向かいへ座り、水を一口飲む。


「ちゃんと眠れた?」

「まぁ。ちょっと外うるさかったけど」

「あー……慣れないと気になるかもね」


 そう言いながら、エアルはレイの皿を見る。


「朝ごはん食べた?」

「今食ってる」

「わたしも軽く食べたけど、なんだか匂い嗅いでるとお腹空いてきた……」

「追加頼めば?」

「頼もうかな……」


 結局エアルも追加でパンを頼んでいた。


          ◇


 宿を出た頃には、街は完全に朝の顔へ変わっていた。


 昨日よりは人も多い。

 だが、流れが違う。


 露店商が準備を始め、パン屋には列が出来ている。教会へ向かう神官達の横を、冒険者達が武器を背負って通り抜けていく。


 昨日は“見物”していたレイも、今日は少しだけ街の流れに混ざれている気がした。


「お、昨日の兄ちゃん。今日も一本、どうだい!」


 昨日焼き串を買った店の店主が手を振ってくる。


「もう覚えられてるのか」

「キミ目立つもん」


 エアルが笑う。

 結局、二人分焼き串を買った。


「朝から肉串かぁ……」

「うまい」

「まぁ美味しいけど」


 歩きながら食べる。

 通りの端では、詠唱学校らしい制服姿の生徒達が集まっていた。


「《ラ・フェル・ドゥ》!」

「発音ズレてる!」


 教師らしき男が怒鳴る。


 その横を、鐘技師らしい男達が巨大な工具を抱えて歩いていく。


「あれ何?」

「鐘楼の整備じゃないかな。大鐘楼って定期的に調律するんだって」

「調律」

「うん。音がズレると結界弱くなるらしいよ」


 レイは何となく鐘楼を見上げた。


 朝日に照らされた巨大な鐘楼は、やはり街そのものを支えている柱みたいだった。


 でも。


 ――コォォォン……


 さっきの残響が、まだ耳の奥へ残っている。


「……嫌な音」

「ん?」

「いや、なんでもない」


 エアルは少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。


          ◇


 ギルドへ着いた頃には、昨日見た時よりかなり人が減っているように感じた。


 依頼掲示板の前も空いている。


「思ったより少ないな」

「この時間だと、みんなもう出ちゃってるからね」


 エアルが説明する。


「朝早い依頼は鐘の鳴る前に動く人も多いし」

「へぇ……」


 中へ入ると、昨日も見た酔っ払いの男が、何人かと仲良く朝から酒を飲んでいた。


「おぉ昨日のガキじゃねぇか!」

「朝から飲んでんのか」

「酒は水みてぇなもんだ!」


 周囲が笑う。


 昨日より静かだが、その分ギルドの空気がよく見える。受付嬢達は慌ただしく書類を整理し、戻ってきた冒険者が討伐報告をしていた。


「西街道でまた群れ出たぞ」

「またかよ……」

「最近多くねぇ?」


 何気ない会話が耳へ入る。

 エアルも少しだけ眉を寄せた。


「……やっぱ増えてるんだ」

「魔物?」

「うん。この前の森はそこまで影響がなかったみたいだけど、最近ちょっと変なんだよね」


 だがその話は、すぐ別の怒鳴り声に飲まれた。


「おいセシルちゃーん! 飯代ツケで!」

「ダメですよー」


 受付のお姉さんが即答していた。


          ◇


「今から試験って受けられるか?」

「ああ、おはようさん。大丈夫だよ。まずは筆記だねぇ。着いてきな」


 エアルと二人、言われるがままギルドの奥へと進むと、本に囲まれた部屋に通された。


「ここは資料室さね。普段なら利用料を払えば本を見る事ができる。まぁ使いに来る冒険者なんざいないがね」


 エルマが紙を手に持ってくる。


「さて。簡単な読み書きと知識についてだ、頑張んな。嬢ちゃんはそこらにでも座っとくといいよ」


 少し離れた席にエアルが座る。


「実技は……ちょうどローエンがいるねぇ……声を掛けて来ようか。席を外すから試験を済ませときな」


 エルマが部屋の外へ出ていく。


「本当に簡単な問題だから大丈夫だよ。わかんなくても聞いてきちゃだめだよ?」


 満面の笑みを浮かべて、こちらを覗き込んでくる。


「しないって」



【問一】

鐘の鳴る時間を答えよ。→ 朝と夜の七刻


【問二】

鐘の役割を一つ答えよ。→ 結界維持


【問三】

剣を金貨3枚で製作依頼した。手付金が金貨1枚と銀貨20枚の時、残りの支払いは幾らか → 金貨1枚と銀貨80枚


【問四】

西辺境最大都市を答えよ。→ オーデンス


【問五】

西辺境に広がる広大な森の名前と周辺の村を1つ挙げよ。→ 迷いの森、ウェール村



 紙を捲る。


 思ったより簡単だった。読み書きというより、街で生きるための常識確認に近い。



【問七】

現在確認されている知性種族を全て述べよ。


 人族――ロゴス

 獣族――テリオン

 龍族――ドラコー

 翠族――エルフィン

 鋼族――ドヴェルグ

 蒼族――ケートス

 天族――アイオーン


【問八】

魔法行使に必要なものを答えよ。→ 詠唱



【問十】

冒険者にとって大切な事を1つ述べよ。→ 魔物退治



「こんな感じでいいのかなぁ……」


 少し不安に駆られながらも、魔物の特徴や武器の特徴、言葉の使い方など、試験を順調に解いていく。


 解き終わった用紙を見直すか悩んでいると、ちょうどエルマが部屋に帰ってきた。


「おや、もう解けたのかい? 流石あの人の弟子だねぇ」

「こんなの解いても関係ないだろ……もういいのか?」


 呆れながら問いかけると、


「アンタがいいんなら実技に移るとしようかね。お嬢ちゃんもお眠みたいだからね」


 と返すエルマの言葉に振り返ってみると、


「…………すぅ」


 少し日に照らされた机の上で、手を枕代わりにして気持ち良さそうにエアルは寝ていた。


          ◇


「ごめんって〜。お腹も膨れちゃって太陽があったかいから、つい」


 にへらっと笑いながら、釈明なのか分からないエアルを引き連れて、前を進むエルマに着いていく。


 そのままギルド奥の通路を抜けると、そこには石造りの広い訓練場があった。


 床には無数の傷跡。

 壁には焦げ跡。


 明らかに普通の訓練場じゃない。


 その中央で。


「おぉ?」


 巨大な男が振り返った。


 ボサボサに伸ばした灰髪に無精髭。鍛え上げられた身体には数え切れない傷跡が走り、片腕には肩まで覆う黒い小手。地面には巨大な大剣が突き刺さっている。


 そして何より、豪快すぎる笑い方。


 ――さっきまで酒を飲んでたオッサンだった。


「なんだガキンチョ。今日は試験か?」

「そうらしい」

「ハハッ! いい目してんなぁ!」


 酒臭かった。


「……このオッサンが試験官?」

「みたいだね」

「大丈夫?」

「たぶん大丈夫だよ」


 エアルの声が全然信用できない。


 ローエンは飲み終わったのか、酒瓶を放り投げ、そのまま大剣を肩へ担いだ。


「安心しろガキ! 俺ァ昔、西の英雄って呼ばれた男だ!」

「胡散くせぇな」

「ガッハハハハ!! よく言われるな!!」


 豪快に笑う。


 だが次の瞬間。


 地面が砕けた。


 踏み込みだけで地面が弾け、巨大な身体が一瞬で間合いを潰してくる。


 速い。


 上から迫り来る大剣に対し、逆手のまま反射的に腰から剣を引き抜き受け止める。


 ガギィン!! と凄まじい音が訓練場へ響く。


「お?」

「……っ」


 重い。


 ただ力任せじゃない。振り下ろした瞬間、押し潰す方向へ重心が変わっている。剣を滑らせるように地面へと受け流し、そのまま横へ抜ける。


 だが。


「甘ぇ!」


 裏拳が飛んできた。


「うおっ!?」


 頭を逸らした瞬間、鼻先を拳が掠める。


 次は後頭部を狙った蹴り。しゃがみ避ける先に、下から振り抜かれる大剣。


 剣士じゃない。

 戦場の動きだった。


「ハハッ!! いいねェ!!」

「なんでもありかよ!?」

「生き残った方が勝ちだろうが!!」


 爆笑するローエンにつられて、思わず顔が笑う。


 面白い。


「じゃあ、後は任せたからね」


 遠くから聞こえてくるエルマの声にローエンが応える。


「おお! 後で給料は弾めよ!!」


 さて、どうしようか……よし、とりあえず攻めるか!


 剣を体の陰へ隠すようにして距離を詰める。


 横薙ぎ、と見せかけ身体ごと捻り、下から上へ振り抜く。身の丈ほどもある大剣に真正面から受け止められた。


 重い。


 やっぱり小さい剣だと力負けする。


 森の魔物とは違う。

 当然、師匠とも違う。


 しっかり受け止め、しっかり押し返してくる。


 近付けば殴られる。

 離れれば踏み込まれる。


 剣士みたいなのに、やっている事はただの喧嘩だ。


 それなら、次は誘う。


 わざと剣を遅らせ、ローエンが踏み込んでくる。その瞬間、振り下ろしから柄を滑らせるように軌道を変え、横薙ぎへ切り替える。


「おっ」


 ローエンの目が笑い、小手で受け止められる。そのままこちらに向かってくる頭突きに、思わずこちらも頭をぶつけて返すが、


「痛っ!?」

「ハハハハハ!!」


 完全に子供扱いだった。

 気付けば、訓練場入口へ人が増えていく。


「お、やってんな!」

「ローエンが笑ってるぞ」

「なんだあのガキ」


 酒飲み達が面白そうに眺めている。

 その中で、古参らしい男だけが腹を抱えて笑っていた。


「ハハハハ!! 久々だなオイ!! ローエンの奴があんな楽しそうなのはよォ!!」


          ◇


 ローエンが詠唱を行うと、身体に炎が纏い始めた。


「魔法も使うのかよ」

「おうよ!!」


 熱を伴った大剣が振り下ろされる。


 熱い。


 レイも受ける瞬間、剣へ水を纏わせたが、炎の熱にさらされ水分が蒸発していく。白煙に紛れながら、剣を振り抜き水の刃を飛ばすも、素手で弾かれる。


「効かねぇぞ!!」


 ローエンの周囲に蜃気楼が起こり、空気が揺れている。


「だろうな! それなら!!」


 レイが剣に手を滑らせると瞬く間に表面に霜が走る。

 周囲の空気が一気に冷えていく。


 その変化にローエンの眉が僅かに動く。


「……ほぉ?」


 剣を振り抜く。

 氷の斬撃が蜃気楼を超え、炎の鎧を割った。


 囃し立てていた周囲が静かになる。


「今のありゃあ……氷か? いつ詠唱した?」

「いや、速すぎんだろ……」


 当の本人は気にもしていない。


「無傷かよ……」

「ハハハッ!! おもしれぇガキだなテメェ!!」


 試験はさらに過熱していく。

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