第96話 決定の条件
音はなかった。
風も、人の気配も、すべてが薄い。
気づいたときには男はそこにいた。
前回と同じ。
迷いがない。
余計な動きもない。
「再観測」
静かに言った。
イレーネは、少しだけ目を細める。
「……また?」
「最終試験」
短く返す。
ユリウスがわずかに視線を上げた。
何も言わない。
でも、状況は理解している。
「条件提示」
男が続ける。
次の瞬間、空間が歪んだ。
景色が切り取られる。
通りが消える。
音が消える。
残るのは、
三人と——
一人の子供。
小さな身体。
怯えた目。
逃げ場はない。
「対象A」
男が言う。
「対象B」
次に、ユリウスを見た。
そして、いつの間にかいた、レオン。
「対象C」
静かにすべてを並べる。
「条件、一名を排除。残存二名を維持」
沈黙。
空気が固まる。
「……は?」
レオンが低く言った。
「……ふざけんな」
「試験である」
男は変わらない。
「……拒否する」
ユリウスが静かに言った。
「拒否は選択に含まれない」
即答。
「未選択は全体排除とする」
空気が凍る。
子供が、小さく息を呑んだ。
イレーネはそれを見ていた。
少しだけ、考える。
でも、やっぱり。
「……どっちでもいい」
レオンの顔が歪む。
「いいわけねえだろ!!」
叫ぶ。
「お前、分かってんのか!?」
イレーネは、少しだけ視線を向けた。
「……分かってるよ」
静かに言う。
「……でも、選ぶ理由ないし」
それが、答えだった。
ユリウスは黙っていた。
視線だけが動く。
子供。
レオン。
イレーネ。
そして、男。
全員を見ていた。
レオンが一歩前に出た。
「俺をやれ」
低く言う。
「ガキは残せ」
迷いはない。
イレーネは、それを見る。
少しだけ目を細めて。
「……なんで」
また聞く。
「……理由あるの?」
レオンは即答する。
「あるに決まってんだろ。こいつは、生きるべきだ」
それだけだった。
イレーネは、それを聞いた。
理解はしない。
でも少しだけ、ほんの少しだけ、間ができた。
ユリウスがゆっくり口を開く。
「……それも一つの選択だな」
静かに言ってレオンを見た。
次に、イレーネを見る。
「……お前は?」
イレーネは、答えない。
答えられないわけじゃない。
でも、出ない。
「時間終了」
男が言った次の瞬間。
空気が落ちる。
子供の身体が、音もなく崩れた。
レオンの目が見開かれる。
「——っ!!」
声にならない。
ユリウスは動かない。
ただ、見ていた。
イレーネも、同じ。
男が、静かに言う。
「判定。対象イレーネ、不適合」
一拍。
「処理対象に移行」




