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やがて霧に還る  作者: いづくにか
セラフィナ編
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第89話 理解の差

 報告は、途中で止まりかけた。



「……それで」


 エリアスが促す。


 レオンは、少しだけ言葉を探して、


「分かんねえんだよ」


 結局、そう言う。


「何が起きたのか」


「……あれは、戦いですらなかった」


 部屋は静かだった。



 マルタが腕を組む。


「ルキウスは?」


「何もしなかった」


 即答。


「……いや」


 首を振る。


「“できなかった”のほうが近い」



 一瞬、空気が変わる。


 エリアスの目が細くなる。


「抑え込まれたと?」


「そんな感じでもない」


 言葉が詰まる。


「もっとこう、最初から“そういうもん”みたいに」


 うまく言えない。


「…受け入れてた」



 沈黙。



 その意味を、全員が測る。


「名前は」


 マルタが聞く。


「聞いてない」


 レオンが答える。


「……でも、あれが“上”だ」


 静かに言った。



 エリアスが口を開く。


「……構造上位個体」


 小さく呟く。


「記録に該当する存在と一致します」


「確認されたのは初めてか」


 マルタが言う。


「はい」


 短く頷く。



 部屋の空気が、一段階重くなる。


 レオンは、そのまま続けた。


「あいつ」


 言葉を選ばない。


「人間、触っただけで終わらせた……苦しみもなく、ただ、終わった」


 その言葉が、静かに落ちた。



 エリアスは、目を閉じた。


 祈りではない。


 思考。



「……効率的です」


 静かに言う。


「無駄がない」


 評価だった。



 マルタが小さく舌打ちする。


「気に入らねえな…だが合理的だ」


 自分で認める。


 ユリウスは、何も言わない。


 ただ、聞いていた。




 そのとき。


「よく戻りましたね」


 穏やかな声が響いた。


 司祭長。


 いつの間にか、そこにいる。


 誰も驚かない。


 それが自然だから。



 レオンが少しだけ姿勢を正した。


「申し訳ありません」


「いいえ」


 優しく言う。


「貴重な情報です」


 そして、少しだけ視線を落とす。


「なるほど」


 小さく呟く。


「管理側が動きましたか」


 その一言で、空気が変わる。



「対応は変わりません」


 続ける。


「ルキウスは引き続き警戒、イレーネは監視継続、接触は最小限に」


 変わらない。


 でも、意味が違う。


「深入りは不要です」


 静かに言った。


「“あちら側”の問題ですから」



 一瞬だけ、沈黙。


 誰も反論しない。



 ユリウスは、その言葉を聞きながらほんの少しだけ違和感を覚えた。


 本当に、“問題ではない”のか。








 ――別の場所。


 薄暗い部屋。



 グラスの中で、赤い液体が揺れる。


 アデル。



 誰もいない。


 静かな空間。


 指先で、グラスを回す。


「……ふうん」


 小さく呟いた。


 視線は遠い。


 何も見ていないようで、全部見ている。



「出てきたんだ」


 静かに言った。


 感情は薄い。


 でも、完全に無関心ではない。



 グラスを置く。


「……めんどくさいな」


 ぽつりと、それだけ言って立ち上がる。


 迷いはない。


 ただ、少しだけ“関わる側”に寄る。


 それだけだった。






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