表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/75

第9話 わずかなずれ

 教会の中は、変わらず静かだった。


 いつもと同じ空気。


 同じ動き。


 同じ規律。


 だが、その中にわずかな違和感が混じっている。


 ユリウスにはそれがはっきりと分かるようになっていた。


 理由は説明できない。


 ただ、何かが噛み合っていない。


 そんな感覚だけが残る。



「……呼ばれてる」


 レオンがぼそりと言う。


「誰に」


「上」


 それだけで十分だった。


 二人は廊下を進む。


 奥へ向かうほど、人の数が減る。


 音も、さらに少なくなる。


 やがて、一つの部屋の前で止まる。


 扉はすでに開いていた。




 中に入ると、そこには、数人の人間がいた。


 エリアス。


 マルタ。


 そして、司祭長。


 昨日と変わらない姿。


 整った衣服。


 穏やかな表情。


 ただそこにいるだけで空間が整って見える。



「来ましたか」


 静かな声。


 視線が向けられる。


 逃げ場はない。


「昨々夜の件について、少し話を」


 それだけで、場の空気が締まる。


 誰も無駄な言葉を挟まない。


 マルタが一歩前に出る。


「教会外周、北側路地にて発生」


 短く報告する。


「被害者は一名。教会関係者」


 ユリウスはわずかに目を動かす。


 やはり、そうだったのかと思う。


「交戦あり。対象は逃走」


 それだけだった。


 余計な説明はない。


 だが、それで十分だった。



「ありがとうございます」


 司祭長は穏やかに頷く。


 その反応に、焦りはない。


 ただ、受け止めているだけ。


「エリアス」


「はい」


「記録は」


「すでに整理済みです。類似事例と照合中ですが、明確な一致は確認されていません」


 淡々とした声。


 揺れはない。


「そうですか」


 司祭長は小さく息を吐く。


 ほんのわずかな間。


 その沈黙に、意味があるように感じる。



「ここ数日で、いくつか似たような報告が上がっています」


 ゆっくりと口を開く。


「規模は小さい。ですが、流れとしては無視できない」


 その言葉に、誰も反論しない。


 否定する理由がない。



「……把握してるのか」


 レオンが低く言う。


 無礼とも取れる言い方だった。


 だが、咎める者はいない。


 司祭長はわずかに視線を向ける。


「ええ」


 静かに答える。


「すべてではありませんが、把握できている範囲はあります」


 その言い方に、不確定な部分も含まれていると分かる。


 それでも、不安にはならない。


 むしろ、納得してしまう。



「現時点での判断としては」


 司祭長は続ける。


「注意は必要です」


 その言葉は、はっきりしていた。


「ですが、過剰に警戒する段階ではありません」


 落ち着いた声。


 断定ではない。


 それでも、揺るがない。



「外周の見回りを強化します」


 マルタが言う。


「ええ、お願いします」


 即座に返す。


 迷いはない。


「エリアスは引き続き記録の整理を」


「承知しました」


 短い返答。


 すべてが滞りなく進む。



「レオン」


 名前を呼ばれる。


 レオンはわずかに肩をすくめる。


「必要に応じて補助を」


「了解」


 軽い返事。


 だが、拒否はない。


 役割が自然に決まっていく。


 その流れに、無理がない。



 ユリウスはその様子を見ていた。


 誰も迷わない。


 誰も疑わない。


 ただ、それぞれの役目を理解している。



「あなたは」


 不意に、司祭長の視線が向く。


 ユリウスに。


「無理に関わる必要はありません」


 穏やかな声。


「ここは、私たちが管理していますから」


 やわらかい言葉だった。


 拒絶ではない。


 むしろ、守るような響き。


 そのはずなのに、なぜか少しだけ息苦しい。


「……そうか」


 それだけ答える。


 それ以上の言葉は出なかった。


 司祭長は小さく頷く。


「何かあれば、遠慮なく頼ってください」


 それで話は終わった。


 誰も引き止めない。


 必要なことだけが、すでに済んでいる。



 部屋を出て廊下に戻ると、空気が少し軽くなる。


 それでも、完全には抜けない。


「……どう思う」


 レオンが言う。


 珍しく、少しだけ低い声だった。


「何が」


「今の」


 ユリウスは少しだけ考える。


「……正しいと思う」


 言葉にしてみる。


 間違ってはいない。


 むしろ、理想的にすら見える。


「だろうな」


 レオンは小さく笑う。


 だが、その目は笑っていない。


「だから面倒なんだよ」


 それだけ言う。


 それ以上は続けない。



 ユリウスは窓の外を見る。


 霧が、さらに濃くなっていた。


 さっきよりも、明らかに。


 遠くが見えない。


 輪郭も曖昧になる。


 それでも、教会の壁だけは、はっきりと見える。


 白いまま。


 何も変わらない。



 ユリウスはしばらくそれを見ていた。


 何かが隠れているのか、それとも、守られているのか、分からないまま。


 ただ、霧だけが濃くなっていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ