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やがて霧に還る  作者: いづくにか
セラフィナ編
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第87話 揺らぎの配置

 朝は静かに始まる。


 霧は薄い。


 昨日よりも、少しだけ軽い。



 イレーネは歩いていた。


 いつもと同じ。


 何も変わらない。


 ただ、今日は少しだけ違った。



 距離が、昨日より近い。



 足音が、わずかに分かる。


 教会の人間。


 監視は続いている。


 少しだけ、踏み込んできている。



「……近いね」


 小さく呟いても返事はない。


 当然だった。


 それでも、少しだけだけ振り返と視線が合う。


 

 レオン。


 一瞬だけ、間。


「……悪い」


 レオンが小さく言った。


「……仕事だから」


 正直な言葉をこぼす。


「……そっか」


 イレーネは頷く。


「……別にいいよ」


 本当にどうでもよさそうにそう言って、また歩き出した。



 レオンは戸惑いを隠せなかった。


 警戒も、敵意もない。


 ただ、拒絶もない。


「なんなんだよ…」


 小さく呟く。


 理解できない。



 そのとき、遠くで人の声がした。


 短い悲鳴。



 イレーネの足が止まる。


 レオンも同時に反応する。


「行くぞ」


 即座に動く。


 イレーネは、一拍だけ遅れてついていく。




 路地。


 人影。


 一人の人間が立っていた。


 でも、様子がおかしい。


 呼吸が浅い。


 視線が揺れている。


 そして、笑っている。



「……ああ」


 イレーネが小さく言う。


「……同じだ」


 レオンが眉をひそめる。


「何がだ」


「……壊れかけ」


 静かに答える。



 人間は、ゆっくりとこちらを見た。


「……たすけて」


 声は普通だった。


 でも、中身が揺れている。



 レオンが一歩前に出た。


「大丈夫だ、落ち着け——」



 その瞬間、空気が変わった。


 人間の顔が歪む。


「……あ、来た」


 イレーネが言う。



 次の瞬間。


 不自然に笑った。


 その目は、もう人間じゃない。


「違う…」


 レオンが呟く。


「これは、違う…」


 混ざっている。



 そのとき、背後で気配。


「いいね」


 軽い声。


 ルキウス。


 壁にもたれ、楽しそうに見ている。


「ちょっとだけ混ぜてみた」


 そう言って笑う。


「前の“続き”」


 レオンの顔が歪む。


「……てめえ」


「怖い顔しないでよ」


 軽く言う。


「ちゃんと生きてるでしょ?」


 視線を人間に戻す。


「まだ“途中”だけど」


 楽しそうに眺めている。



 イレーネは、それを見ていた。


 何も言わずに。


 でも、ほんの少しだけ、視線が揺れた。


 壊れ方が違う。


 混ざり方が違う。


「……変なの」


 ぽつりと呟いた。



 ルキウスが笑う。


「でしょ?だから楽しい」


 一歩、前に出る。


「次どうする?」


 イレーネに向けて。


「見てるだけ?」


 静かに問いかける。






 そのとき、空気が、ほんのわずかに変わった。


 重い。


 でも、ルキウスとは違う。


 静かで、揺れない。


 ただ、空気が静かに重い。



 ルキウスの動きがほんの一瞬止まる。


「あ……」


 小さくこぼす。


 笑みが、少しだけ変わる。


「来た」


 楽しそうに、でも、少しだけ慎重に。



 イレーネは分からない。


 でも、感じる。


 “違うもの”。


 それは、遊びじゃない。


 壊すものでもない。


 


 霧が、少しだけ動いていた。





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