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やがて霧に還る  作者: いづくにか
セラフィナ編
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第81話 壊れるための条件

 夜は静かに落ちてくる。


 霧は濃い。


 視界は悪い。



 街の外縁。


 人通りの少ない場所。



 イレーネは昼と同じようにそこにいた。


 ただ歩いているだけ。


 理由はない。


 “見られている”ことは、知っている。


 否定しない。


 気にもしない。


 ただ、その事実があるだけだった。




 そのとき、遠くで音がした。


 小さな悲鳴が聞こえる。



 イレーネの足が止まった。


 理由はない。


 でも、止まる。



 もう一度、声。


 今度は近い。


 人間の怯えた声。



 イレーネはそちらを見た。


 霧の向こうで影が揺れている。


 そして、もう一つの気配。


 よく知っている。



「……わざとでしょ」


 小さく言う。


 返事はない。


 でも、いる。



 イレーネは歩き出し、ゆっくりと近づいた。



 そこには、一人の人間が倒れていた。


 怪我はない。


 でも、動けない。


 恐怖で。



 その前に、影――――――ルキウス。


 楽しそうに振り返った。


「やあ」


 軽く言う。


「いいタイミングだね」



「……何してるの」


 イレーネが聞く。


「見てるだけ」


 即答。


「ほら」


 顎で指す。


「綺麗でしょ」


 人間の呼吸は乱れている。


 目は虚ろ。


 でも、まだ壊れていない。


「今が一番いい」


 ルキウスが言う。


「壊れる直前」


「……やめないの?」


「やめてもいいよ」


 あっさり言う。



「でも」


 一歩、イレーネに近づいた。


「きみがどうするか見たい」


「……私?」


「そう」


 笑う。


「きみならどうする?」


 静かな問い。


 でも、逃げ場はない。



 人間は震えている。


 助けを求めている。


 イレーネは見た。


 人間を。


 そして、ルキウスを。


 どちらも、否定しない。


 でも、どちらも選ばない。


 それが、いつものはずだった。




 そのとき、複数の別の足音。


 レオン。


 マルタ。


 ユリウス。


 間に合う。


 でも、遅い。



 状況を見る。


 ルキウス。


 イレーネ。


 人間。


 一瞬で理解した。



「……お前か」


 マルタが低く言う。


 ルキウスが笑う。


「覚えててくれたんだ」


 空気が一気に張りつめた。


「離れろ」


 レオンがイレーネに向かって言った。



 イレーネは動かない。


 理由がない。



「聞こえてるのか」


「……聞こえてるよ」


 静かに答える。


「じゃあ動け」


「……どうして?」


 その一言で、空気が崩れる。



 マルタが前に出た。


「そこにいる理由があるか?」


「……ないけど」


「じゃあ来い」


「……行ってもいいけど……ここでもいいかな」


 完全に噛み合わない。




 その横で、ルキウスが笑っている。


「最高だね」


 小さく呟く。


「全部揃った」


 ユリウスへ視線が動く。


「きみもいるし」


 楽しそうに笑った。



 その瞬間、空気が変わった。








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