第80話 線を引くということ
報告は、簡潔だった。
「……以上です」
エリアスが言う。
部屋は静かだ。
外の霧も、ここまでは入ってこない。
机を挟んで、四人。
マルタ。
レオン。
ユリウス。
エリアス。
沈黙は少しだけ続いた。
「……で?」
マルタが口を開く。
「……どうすんだ」
エリアスはすぐには答えない。
視線を落とし、思考を整理する。
「……現状」
静かに言う。
「明確な敵対行動は確認されていません」
「……あれでか?」
マルタが眉をひそめる。
「はい」
短く答える。
「……ふざけんなよ」
小さく吐き捨てる。
「違和感はあった」
続ける。
「……確実に」
「否定しません」
エリアスが言う。
「……ですが」
一拍置く。
「“違和感”だけでは排除理由にはなりません」
空気が張りつめた。
「……じゃあ放置か?」
レオンが聞く。
「いいえ」
エリアスは首を振る。
「観測対象として扱います」
「……要監視ってやつか」
「はい」
マルタが舌打ちする。
「……甘いな」
ぽつりとこぼす。
「甘いですか」
エリアスが返す。
「……ああ」
即答。
「ああいうのは」
ゆっくり言う。
「……あとで牙剥く」
経験からの言葉。
「可能性はあります」
エリアスは認める。
「ですが」
続ける。
「現時点で排除するには、情報が不足しています」
正しい。
でも、納得はしにくい。
「……ユリウス」
エリアスが視線を向けた。
「……なんだ」
短く答える。
「彼女について、どこまで把握していますか」
「名前と」
ゆっくり言う。
「……性格くらい」
「それだけですか」
「……ああ」
エリアスは、しばらくユリウスを見ていた。
嘘ではない。
でも、足りない。
「……接触は控えてください」
静かに言った。
「……了解」
ユリウスはあっさり答える。
マルタがそれを見る。
「本当に守れるのか?」
低く言う。
「守るよ」
視線がぶつかる。
どちらも引かない。
「……まあいい」
マルタが先に視線を外した。
「ただし」
続ける。
「あれが吸血鬼だった場合」
一拍置く。
「……お前も例外じゃねえ」
言葉が落ちる。
レオンが息を吐いた。
「……巻き込まれるぞ」
軽く言う。
「……分かってる」
それは、嘘じゃない。
「もう一件」
エリアスが言う。
「今回の気配」
続ける。
「単独ではない可能性があります」
また、空気が変わった。
「もう一つ、異質な気配が確認されています」
マルタの目が細くなる。
「それが本命か」
「可能性は高いです」
エリアスが頷く。
「で?」
マルタが言う。
「……どう線引く」
その問いに、エリアスは少しだけ間を置いた。
「……簡単です」
静かに言う。
「敵対行動を取った時点で排除」
「それまでは?」
レオンが聞く。
「観測」
短く答える。
それが、教会の結論だった。
正しい。
でも、完全じゃない。
ユリウスは、何も言わなかった。
ただ、聞いていた。
その“線”が、どこまで持つのか、考えながら。




