第77話 日常の中の異物
霧は完全には晴れていなかった。
街の外縁。
人通りは少ない。
巡回には、ちょうどいい。
レオンが先に立つ。
その少し後ろにマルタ。
さらに後ろに、ユリウス。
配置は自然だった。
誰も意識していない。
「……変わんねえな」
レオンが呟く。
「何が」
マルタが返す。
「街」
「……そうだな」
短く答える。
建物。
路地。
空気。
どれもいつも通り。
危険がある街。
でも、それも含めて“日常”。
足音が、一定のリズムで続く。
ユリウスは何も言わなかった。
ただ、いつもより少しだけ長く周囲を見ていた。
違和感はない、はずだった。
でも、何かが引っかかる。
理由はない。
ただ、少しだけ、足が一瞬だけ止まりそうになった。
そのとき、前の二人も止まった。
「……聞こえたか?」
レオンが言った。
マルタが目を細める。
「……ああ」
微かに音がする。
風じゃない。
足音でもない。
“何かが動いている”感じ。
ユリウスは路地の奥に視線を向けた。
薄い霧の中に影がある。
人の形。
でも、はっきりしない。
「……出ろ」
マルタが低く言ったが反応はない。
「……近づくぞ」
レオンが言う。
ゆっくりと、三人が進む。
距離が縮まる。
影は、動かない。
ただ、そこにいた。
「……止まれ」
ユリウスが小さく言った。
二人が一瞬だけ止まる。
「なんだ?」
レオンが聞く。
ユリウスは答えない。
ただ、見ていた。
あれは、違う。
敵じゃない。
でも、人でもない。
「……イレーネ」
ぽつりと、名前が出る。
「……は?」
マルタが反応する。
そのとき、影が動いた。
ゆっくりと、こちらを見る。
イレーネ。
確かに、そうだった。
でも、少しだけ違う。
その後ろ、さらに奥。
もう一つ、気配。
見えない。
でも、いる。
ユリウスの視線が、そちらに向く。
気づいているのは、ユリウスだけだった。
イレーネは、普段と変わらない足取りでゆっくりと歩いてきた。
「……やあ」
小さく言う。
マルタとレオンは、まだ警戒している。
「……知り合いか?」
レオンが聞く。
「まあ」
ユリウスが答える。
「危険はない」
続ける。
その言葉に、少しだけ空気が緩む。
だが、ユリウスはまだ奥を見ていた。
そこに“何か”がいる。
こちらを見ている。
でも、出てこない。
ただ、静かに観ている。
ユリウスは何も言わない。
言わないまま、目を逸らした。
それでいいと、分かっているみたいに。




