第76話 正しい側の不完全さ
朝はいつも通りに来る。
霧は薄く、視界は悪くない。
教会の中庭には人の気配がある。
声もある。
動きもある。
何も変わらない。
ユリウスはその中にいた。
立っているだけ。
特別なことはしていない。
それでも、いつもとは少しだけ違った。
視線が、長くなる。
動きが、わずかに遅い。
考えているわけじゃなかった。
ただ、残っていた。
あの場所。
あの空気。
あの選択。
全部が、そのまま。
「ぼーっとしてんな」
後ろから声がした。
振り返ると、そこにはレオン。
「別に」
短く返す。
「いや、してるだろ」
レオンは軽く笑った。
「まあいいけどな」
レオンが続ける。
「今から巡回だ。マルタも出る」
「……まだ無理だろ」
ユリウスが言う。
「だろうな」
あっさり答える。
「でも出る。そういうやつだろ」
否定できない。
レオンは肩をすくめた。
「まあ、無理はさせねえよ…一応な」
そのとき、足音。
マルタ。
まだ本調子じゃない。
でも立っている。
「準備できてるか」
いつも通り、短く言った。
「一応な」
レオンが答える。
マルタはユリウスを見た。
「お前も来るだろ」
「まあな」
それだけ。
「無理するなよ」
マルタが言う。
「そっちこそ」
「は」
マルタが笑っ。
「誰に言ってんだ」
空気は軽い。
でも、どこか張っている。
そのとき、別の気配。
エリアスがいつの間にかそこにいた。
「報告が一件あります」
静かに言うと全員が視線を向けた。
「昨夜、街の外縁部で異常な気配が確認されました」
「分類は?」
マルタが聞く。
「未確定です」
「……またか」
「ただし」
エリアスが続ける。
「従来の個体とは異なる傾向が見られます」
「具体的には?」
「明確な敵意が確認されていない」
レオンが眉をひそめる。
「は?」
「観測はされているが、接触は発生していない」
「……なんだそれ」
マルタが呟く。
「現時点では判断不能です」
静かな結論。
ユリウスは何も言わなかった。
でも、それが何か分かっていた。
だが、言わない。
言えない。
「……とりあえず行くか」
レオンが言う。
「様子見だな」
マルタが続く。
エリアスは頷いた。
「観測を優先します」
全員が動き出す。
ユリウスも歩き出す。
正しい側。
守る側。
その中にいる。
でも、少しだけ、外れている。
それでも、進む。
同じ方向へ。




