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やがて霧に還る  作者: いづくにか
セラフィナ編
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第74話 構造の側から見た異常

 血は、階層を持つ。


 それは事実であり、例外はない。



 静かな部屋。


 重厚な調度。


 外界とは切り離された空間。


 ヴァルドリックは、その中で一人椅子に座っていた。



 机の上には、いくつかの報告。


 紙。


 記録。


 観測。



 その中の一つに、目を落とす。


「……ノクス、か」


 小さく呟く。


 感情はない。


 ただ、認識する。


 記憶を喰う存在。


 定まった形を持たない。


 持続しない。



「……問題にはならない」


 結論は早い。


 それ以上の価値はない。


 紙を置く。


 別の記録へ視線が移る。




「……セラフィナ」


 ただの識別として、名前を呼ぶ。


 選別型。


 感情依存。


 効率は低い。


「……未完成だな」


 短く評価する。


 それ以上でも以下でもない。



 さらに、別の名前。


「……イレーネ」


 わずかに間がある。


 受容型。


 境界不在。


 維持不能。


「……失敗例」


 断定する。


 迷いはない。



 それで終わるはずだった。



 だが、一つだけ、手が止まる。


 最後の記録。


 名前。


「……ユリウス・レイン」



 沈黙が落ちる。




 人間。


 ただの人間。


 にも関わらず、複数の異常に接触。


 影響を受け、なお崩壊しない。


「……分類不能」


 静かに言った。


 血の系譜にも、構造にも属さない、にも関わらず、影響だけを残す。



「……観測者か」


 わずかに、思考が進む。


 だが、すぐに止める。


「……違うな」


 否定する。


 観測者であれば、痕跡は残さない。


 だが、これは違う。


 関与している。


 わずかに。


 しかし確実に。


「……不完全な存在だ」


 結論を出す。


 暫定的に。





 そのとき、扉の外で気配。


「入れ」


 短く言う。




 扉が開いた。


 ルキウス。


 ゆっくりと、しかし楽しげに入ってくる。


「珍しいな」


 軽い口調だ。


「あなたが“考えてる顔”してる」



 ヴァルドリックは視線を上げない。


「報告の確認だ」


「そう?」


 ルキウスは笑った。


「つまらなさそうだね。ノクスはどうする?」


 ルキウスが聞く。


「放置する」


 即答。


「へえ」


「持続しない」


「確かにね」


 あっさり納得する。


「じゃあ、こっちは?」


 ルキウスが紙を手に取る。


「セラフィナ」


 名前を読む。


「……ああ、あれは綺麗だったね」


 楽しそうに言う。


「壊れ方が特に」


「無駄が多い」


 ヴァルドリックは切り捨てる。


「そういうのがいいんじゃない」


「効率の話をしている」


「僕はしてない」


 噛み合わない。


 いつも通り。



 ルキウスは次の紙を見た。


「……イレーネ」


 一瞬、表情が変わる。


「……これ、面白いね。壊れてるのに成立してる」


 目を細める。


「どうするの?」


 軽く聞く。


「処分対象だ」


 即答。


「えー」


 少しだけ不満そうに笑う。


「もったいないな」


「不要だ」


「僕は欲しいけど」


「許可しない」


 肩をすくめる。


「つまんないな」



 最後に、もう一枚。


「ユリウス・レイン」


 名前を読んだ。


 ルキウスの目が、わずかに細くなる。


「……ああ」


 思い出したように言う。


「これ、人間だよね」


「そうだ」



「……面白いね」


 静かに言う。


 今までと違うトーンで。


「どこにも属してないのに。ちゃんと残ってる」


 ヴァルドリックは答えない。


 ルキウスは笑う。


 そして、ゆっくりと。


「……これ、壊していい?」


「許可しない」


 即答。


「えー」


「現段階では保留だ」


 ルキウスは少しだけ考える。


「……じゃあ、観ていい?」



「……制限付きで許可する」


「ありがとう」


 嬉しそうに笑う。



 ヴァルドリックは、再び視線を落とした。


 構造は変わらない。


 たとえ、例外があっても。


 ただ、一つだけ“外側にいるもの”が、少しだけ引っかかっていた。







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