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やがて霧に還る  作者: いづくにか
セラフィナ編
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第70話 はじめて選んだ言葉

 足音は、そこで止まった。



 距離はもう遠くない。



 セラフィナは、ゆっくりと顔を上げる。


 動きは遅い。


 でも、はっきりと視線が合う。


 



 何も言わない時間が、少しだけ続いた。


 先に、口を開いたのはユリウスだった。


「……来た」


 短く、それだけを。



 セラフィナは、一瞬だけ目を細めた。


 理解する。


 どうしてここにいるのか。



「……なんで来たの」


 かすれた声。


 弱くて、でも、ちゃんとした問い。



 ユリウスは言葉を選ぶように少しだけ考えた。


「……さっきの」


 ゆっくりと言う。


「消えた」


 一拍。


「……それで分かった」


 続ける。


「……同じだった」



 セラフィナの呼吸が、わずかに揺れた。



「……お前だろ」


 はっきりと言った。


 責めるでもなく、ただ確認するみたいに。




 短い沈黙。



「……そう」


 小さく答えた。


 ユリウスの言葉を理解したわけではない。


 でも否定しない。



 それだけで、十分だった。



 ユリウスは、ゆっくりと一歩近づいた。


 

「……来るなって言ったでしょ」


 セラフィナが言う。


 弱い。


 でも、前よりもはっきりと。


「……今じゃないって」



 ユリウスは止まらない。


 そのまま、もう一歩。



 距離が、また縮まる。


「……それでも来た」


 静かに言った。


「……選んだ」



 セラフィナの視線がほんわずかに揺れた。


 

「……お前がそう言ったから」


 ユリウスは言う。


「……ちゃんと選びたいって」



 呼吸が、さらに乱れる。


「……じゃあ」


 少しだけ、言葉を探す。


「……今、選べよ」


 そのまま飾らずに言葉を落とす。


 

 空気が、静かに張る。



 セラフィナは、動かない。


 動けない。


 視線だけが、ユリウスを捉えている。


 近い。


 逃げ場はない。



 でも、今度は違う。


 これは、“選べない状態”じゃない。


 選べる。


 ちゃんと。


 喉が震える。


 声が出ない。


 それでも、目を逸らさない。



 イレーネは、少し離れた場所で見ていた。


 変わらずに。


 何も言わない。


 でも、そこにいる。



 セラフィナは、ゆっくりと息を吸う。


 浅く。


 不安定に。


 そして、ようやく、声が出る。


「……選ぶなら」


 かすれた声。


「……ちゃんと、綺麗なときがいい」


 それが、答えだった。






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