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やがて霧に還る  作者: いづくにか
セラフィナ編
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第66話 境界を引く手

 現場はそのままにはしなかった。


 細い路地の入口に簡易の封鎖。


 ロープと、印。


 そして、人払い。



「――この先は立ち入り禁止です」


 低く、はっきりとした声。


 教会の若い司祭が、通行人を止めている。


「え? でも、ここ――」


「申し訳ありません。別の道をご利用ください」


 柔らかさはあるが、引かない。



 人々は戸惑いながらも、引き返す。


 日常は、ほんの少しだけ曲げられる。



 その様子を、少し離れた場所から見ていた。


「……思ったより素直だな」


 レオンが呟く。


「指示が明確であれば、人は従います」


 エリアスが答える。


「そういうもんかね」


「そういうものです」


 マルタが腕を組む。


 包帯がまだ痛む。


「……で」


 短く言う。


「どうすんだ、あれ」



 エリアスは視線を落とし、考える。


「……即時排除は行いません」


 はっきりと言った。


「……だろうな」


 マルタは頷く。


 不満はあるが、理解はしている。


「性質が不明瞭すぎる」


「同意します」


「下手に触るとどうなるか分からねえ」


「その通りです」


 レオンが息を吐いた。


「めんどくせえな」


「はい」


 即答。


「肯定すんな」


「事実なので」


 半分呆れながら小さく笑った。




 そのとき、複数の足音が近づいた。


 簡易装備の教会の人間が数名。


 現場維持要員だ。


「区域の封鎖、完了しました」


 一人が報告する。


「監視は?」


「交代制で配置済みです」


 エリアスは頷く。


「異常があれば即時報告を」


「了解しました」


 淡々と進む。


 無駄がない。



 マルタがその様子を見て、少しだけ目を細めた。


「……ほんとに“観測”でいくのか」


「現段階では」


 マルタは鼻で笑う。


「歯切れ悪いな」


「確定情報が不足していますので」


 否定はしない。



 少しの沈黙。


「……上には?」


 マルタが聞く。


「既に報告済みです」


 エリアスは答える。


「判断待ち?」


「一部は」


 曖昧な返答にレオンが眉をひそめる。


「一部ってなんだよ」


 エリアスは少しだけ視線を逸らす。


「こちらで対応可能な範囲は、既に進めています」


 それだけ言った。



 マルタはそれを聞いた。


 理解する。


 全部は言ってない。


 だが、


「……まあいい」


 それ以上は聞かない。



 そのやりとりから、少し離れた場所。


 ユリウスが壁に軽く寄りかかって立っていた。


 視線は、封鎖された路地の奥。


 もう見えない。


 でも、分かる。


 “まだいる”。


 胸の奥に、残っている。


 あの感覚。


 薄くなってはいる。


 でも、消えていない。


 指先が、わずかに動く。


 さっきの感覚を思い出すように。


 ――近づきたい



 違う。


 すぐに分かる。


 でも、完全には否定できない。


 一瞬だけ、目を閉じる。 


 そして、開く。


 視界は変わらない。


 現実は、ちゃんとそこにある。


 それでも、どこか少しだけズレている気がした。




 エリアスの声が届いた。


「ユリウス」


 呼ばれる。


「戻ります」


「……ああ」


 短く返す。


 教会の方へ足を動かす。




 でも、最後にもう一度だけ振り返る。


 封鎖された路地。


 何も見えない、はずなのに、そこに何かがある気がした。


 それは名前を持たないまま、ただ、残っている。





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