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やがて霧に還る  作者: いづくにか
セラフィナ編
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第64話 輪郭の薄い現場

 霧はまだ残っていた。


 レブラートの通り。


 昼に近い時間帯。


 人通りはある。


 声もある。


 日常は、続いている。



 その中を、四人は歩いていた。


「……で」


 マルタが先頭。


 足取りは速い。


「どこ見んだよ」


「報告のあった区域を優先します」


 エリアスが後ろから答える。


「未分類ってやつか」


「そうです」


 マルタが鼻で笑う。


「便利な言葉だな」


「曖昧さを含む分、扱いは難しいですが」


「だろうな」



 その後ろで、レオンが肩をすくめる。


「つまり、なんか変ってことだろ」


「端的には」


「最初からそう言えよ」


「正確性を優先しています」


「めんどくせえな」


「よく言われます」



 軽いやりとり。


 いつも通り。



 ユリウスはその少し後ろを歩いている。


 特に会話には入らない。


 聞いているだけ。


 視界の端で、ゆっくりと霧が流れる。




 ほんの一瞬、足が止まった。


「……?」


 レオンが振り返る。


「どうした」


「……いや」


 ユリウスは首を振る。


「なんでもない」


 レオンは少しだけ見る。


 違和感。


 でも、言わない。


「……行くぞ」


 マルタの声。



 止まらない。


 再び歩き出す。


 通りを抜ける。


 人が減る。


 音が減る。


 霧が、少しだけ濃くなった。



 エリアスが足を止めた。


「……ここです」


 短く言う。


 マルタが周囲を見る。


 古い建物が並ぶ一角。


 人影は少ない。


「……普通じゃねえか」


「報告上は、この周辺で違和感が集中しています」


「違和感ねえ……」


 マルタが眉をひそめる。



 レオンが軽く息を吐いた。


「こういうのが一番嫌なんだよな」


「同意します」


「お前は同意しかしてねえだろ」


「必要なときは否定もします」


「今しろよ」


「現時点では必要ありません」


 軽く睨む。


 でも、すぐに視線を外す。



 そのとき、かすかな音がした。


 四人の視線が動く。


「……今の」


 レオンが低く言った。



 音は、建物の奥。


 細い路地の先。



 マルタが一歩踏み出した。


 迷いなく。


「待ってください」


 エリアスが言う。


「状況確認を――」


「確認してんだろ今」


 止まらない。


 レオンがため息をつく。


「ほらな」


 それでも、止めない。


 止めきれない。


「……行くぞ」


 マルタが振り返らずに言った。



 レオンが半ば諦めたようについていく。


 エリアスも歩き出す。


 ユリウスは少しだけ遅れて、その後ろを追った。




 路地は狭く、暗い。


 霧が溜まっている。



 奥に、1つの人影があった。


 背を向けている。



「……おい」


 マルタが声をかける。


「大丈夫か」


 反応がない。


 動かない。



 距離が縮まる。


 数歩。




 その瞬間、人影が、ゆっくりと振り向いた。



 顔が、曖昧だった。


 目があるはずの位置。


 口があるはずの位置。


 全部“そこにある気がする”だけ。



「……は?」


 マルタが眉を寄せる。


 レオンも言葉を失った。



 それは、人間の形をしている。


 でも、人間じゃない。


 吸血鬼でもない。


 ユリウスの胸の奥で、さっきの違和感が、強くなる。


 “同じ”だと、思った。


 理由は分からない。


 でも、確かにそう、思った。




 人影が一歩、ゆっくりと近づいた。



 輪郭が、さらに崩れた。


 霧に溶けるみたいに。



 その場の空気が一段、冷える。



 マルタの手が反射的に動いた。


 武器へ。


 でも、わずかに遅れる。


 ほんの一瞬だけ。


 万全じゃない。


 その差が、小さく現れる。



 レオンがカバーするように一歩前に出た。



 エリアスは動かない。


 ただ、見ている。


 観測するように。



 ユリウスは、その全部を見ていた。


 そして、分からないまま、同じ場所に立っていた。








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