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やがて霧に還る  作者: いづくにか
セラフィナ編
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第55話 形が保てない

 夜は同じだった。


 何も変わらない。


 霧も薄い。


 視界もはっきりしている。


 なのに。



 セラフィナは立ち止まった。


 通りの途中。


 人の流れの中で、ほんの一瞬だけ。



 視界がわずかに揺れる。


 人の輪郭が、少しだけ滲む。


 瞬きをする。


 戻る。


 問題ない。



 そのまま、何事もなかったように歩き出す。


 人を見る。


 一人。


 また一人。


 選ぶ。


 いつも通り。


 条件は揃っている。


 形もいい。


 流れもいい。



 それでも、決められない。


「……違う」


 また同じ言葉。


 何度目かも分からない。



 喉が、少しだけ乾く。


 息が浅い。


 さっきよりも、はっきりと足が止まった。


 身体が重い。


 理由は分かっている。


 分かりすぎている。



 視線が落ちる。


 自分の手。


 指先。


 ほんのわずかに震えている。


 軽く握る。


 止める。


 抑える。


 問題ない。


 まだ、大丈夫。



 顔を上げ、人の流れに戻る。


 視界が、少しだけ違う。


 色が濃い。


 輪郭が、強すぎる。



 その中で、一人、強く見えた。


 首元。


 皮膚の下。


 流れているもの。



 考える前に足が、自然にそっちに向いた。



 距離が縮まる。


 すぐ近く、触れられる距離。



 音はしない。


 でも、分かる。



 無意識に手が動く。


 首元へ。


「……っ」


 止まらない。


 一瞬だけ、理性が遅れる。


「……!」


 自分で掴んだ。


 もう片方の手で、強く。


 無理やり止める。


 明確に呼吸が乱れた。


 さっきよりも、はっきりと。



 その場から離れる。


 一歩。


 二歩。


 速い。


 珍しく。



 路地に入る。


 人のいない場所。


 壁に手をついた。


「……はぁ……」


 息が漏れる。


 抑えきれない。



 喉が焼けるように乾く。


 視界が揺れる。


 目を閉じた。


 一瞬。


 そして、そのまま、少しだけ長く。



 思い出す。


 あの距離。


 ユリウス。


 逃げない。


 拒まない。


 でも、落ちない。


 あのとき、止めた。


 自分で。



 今は、止めきれなかった。


 少しだけ。


 ほんの少し。


 ゆっくりと理解する。


「……持たないかも」


 小さく呟いた。



 壁から背中を離し立ち上がる。


 まだ動ける。


 まだ、形は保てる。



 でも、長くはない。


 視線が、自然と向く。


 同じ方向。


 同じ場所。



 理由は分かっている。


 考えるまでもない。


 唇がわずかに動いた。


「……あれなら」


 小さく。


「……まだ」


 言葉が続く前に、止まる。




 沈黙が長い。



 首を振って否定する。


 まだ。


 でも、完全には消えない。


 その選択肢は。




 ゆっくりと歩き出した。


 さっきとは逆の方向へ。


 距離を取るように。


 逃げるように。


 それでも、完全には離れられないまま。





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