番外編① 選ばなかった代償
夜の空気は変わっていなかった。
静かで、柔らかくて、何も起きていないみたいな顔をしている。
セラフィナは歩いていた。
いつもと同じように、ゆっくりと、迷いなく。
――ただ、
ほんの少しだけ、足取りが重い。
路地の途中で立ち止まる。
人気のない場所。
壁に手をついた。
息が、浅い。
「……あー……」
小さく、ため息みたいな声。
そのまま、ゆっくりと背中を預ける。
「ちょっと、まずいかも…」
他人事みたいに呟く。
顔色は悪い。
自覚もある。
でも、焦りはない。
「……まあ、いっか」
そう言って、目を閉じた。
理由は単純だった。
“飲んでいない”。
それだけ。
思い出す。
ユリウス。
あの夜。
あの選択。
「……惜しかったな」
ぽつりと呟く。
本音だった。
あと少し。
ほんの少しで、“完成”だった気がする。
「……でも」
目を開ける。
少しだけ笑う。
「嫌いじゃないけどね、あれは」
中途半端なまま残ったもの。
歪なまま立っている存在。
それはそれで、面白い。
息を吸う。
少し、苦しい。
身体が、ちゃんと反応している。
不足。
消耗。
空を見上げた。
夜は変わらない。
優しくもないし、厳しくもない。
ただ、そこにあるだけ。
「……どうしよっかな」
軽く言う。
まるで、明日の予定でも考えるみたいに。
選択肢はある。
いくらでも。
誰かを選ぶこともできる。
簡単に。
今からでも。
「……でもなあ」
首を傾げる。
「それ、つまんないんだよね」
即答だった。
興味がない。
ただの代替。
ただの食事。
そんなものには、価値がない。
沈黙。
少しだけ長い。
身体が重い。
でも、動けないほどじゃない。
まだ余裕はある。
ぎりぎりだけど。
「……もう一回いけるかな」
小さく呟く。
どこか遠くを見るように視線が落ちた。
「……あのまま終わるのも、もったいないし」
ユリウスのことを考える。
完全じゃない。
でも、壊れてもいない。
「……もうちょっとだけ」
唇がわずかに緩む。
「綺麗にできそうな気もするんだよね」
立ち上がる。
少しだけふらつく。
それでも、歩ける。
「……ま、いっか」
軽く言う。
「倒れる前に決めればいいでしょ」
そのまま、歩き出した。
夜の中へ。
何もなかったみたいに。
ただ、ほんの少しだけ、その影が不安定に揺れていた。




