表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やがて霧に還る  作者: いづくにか
ノクス編
45/49

第45話 残すもの

 静寂が、重かった。


 誰も動かない。


 誰も言葉を重ねない。


 ただ、視線だけが一点に集まっていた。


 ユリウス。



 その中心で、立っていた。


 呼吸が浅い。


 頭が、揺れている。


 何が正しいかも、何が間違っているかも、分からない。


 ただ、選ばなければならないことだけが分かる。



「ユリウス・レイン」


 エリアスの声。


 はっきりと揺れない。


「あなたはここにいます。我々と共に在った」


 言葉が、繋がる。


 意味が、形を持つ。



 ユリウスの中で、何かが引き戻される。


 断片が、繋がりかける。


「おい」


 レオンの声。


 低く、だが、強い。


「戻ってこい」


 それだけ。


 名前じゃない。


 命令でもない。


 胸の奥が、わずかに動く。


 痛み。


 違和感。


 それでも、確かにある。



「無理しなくていいよ」


 セラフィナの声。


 すぐ隣。


 変わらない距離。


「全部持たなくていい。残したいものだけでいい」


 やわらかく、優しく、逃げ道を差し出す。



 ユリウスは目を閉じた。


 一瞬だけ。


 思い出そうとする。


 だが、崩れる。


 繋がるものと、消えるもの。


 選ばなければ、全部が中途半端になる。


「……っ」


 息が詰まる。


 苦しい。


 どれも、正しい気がする。


 どれも、間違っている気もする。



「……どっちでもいいなら、選ぶな」


 マルタの声。


 弱い。


 だが、刺さる。


「だけど、お前はあとで全部、他人のせいにするぞ」


 その言葉が、残る。


 消えない。



 ユリウスの中で、何かが止まる。


 そして、少しだけ、静かになった。



 目を開く。


 前を見る。


 エリアス。


 レオン。


 マルタ。


 そして、


 セラフィナ。




 一歩、足を動かす。


 どこへでもない。


 ただ、自分で動く。


「……俺は」


 声が出る。


 かすれる。


 だが、確かに自分の声。


「……全部は、いらない」


 セラフィナの言葉に、似ている。


 だが、違う。



「でも」


 息を吸う。


「何もないのも、違う」


 曖昧さを拒絶する。


 逃げることを否定する。



 ほんのわずかに空気が変わる。


「……だから」


 ユリウスは言う。


 自分で、選ぶ。


「残す」


 短く、はっきりと言った。


「自分で決める」


 その瞬間、何かが、止まった。




 見えないものが、静かに、離れる。


 圧が消える。


 空気が、戻った。





 ユリウスの膝が揺れる。


 支えきれない。


 だが、倒れない。


 まだ立っている。



「……ユリウス」


 レオンが一歩近づく。


 今度は、止まらない。


「……大丈夫だ」


 ユリウスが言う。


 小さく、だが、はっきりと。


 レオンが止まった。


「……大丈夫だ」


 繰り返す。


 息が乱れている。


「……今は、分かる」


 完全ではない。


 だが、消えてもいない。



 エリアスが静かに息を吐いた。


 観測が終わった。


 理解する。


「……観測、終了」


 小さく呟いた。




 セラフィナは動かない。


 ただ、見ていた。


 少しだけ、目を細める。


「……そっか」


 小さく言った。


 それだけを。


 否定しない。


 肯定もしない。


 ただ、理解した。


 これは、“完成”ではない。


 




 マルタはその場に崩れた。


 限界だった。


 レオンが反射的に動く。


「おい!」


 とっさに支える。


「……ったく」


 マルタが小さく笑った。


「……めんどくせえな」


 それだけ言って、目を閉じた。


 意識はある。


 だが、動けない。



「……終わり、か」


 レオンが呟く。


 完全な安堵ではない。


 だが、確かに一区切り。


「……はい」


 エリアスが静かに言った。


「とりあえずは」


 ただ、一つ、形が決まった。



 ユリウスは立っている。


 揺れながら、不完全なまま。


 それでも、確かにそこにいる。


 残されたものと、失われたものを抱えて。


 それが、選んだ結果だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ