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やがて霧に還る  作者: いづくにか
ノクス編
43/75

第43話 名前を繋ぐもの

 夜は深かった。


 空気が重い。


 何も起きていないのに、何かが起きていると分かる。


 教会の一室。


 灯りは絞られている。




「……位置は」


 司祭長が静かに問う。


「外周、北西区画」


 エリアスが答える。


「対象、確認済み」


 短く正確。



 レオンは黙ったまま立っている。


 腕を組み、視線は扉の向こう。


「……行くぞ」


 低く言った。


 誰にでもなく。


 自分に言い聞かせるように。



「……待ってください」


 エリアスが止める。


「今回は“接触”ではありません。“固定”です」


 レオンは舌打ちする。


「分かってる。でもよ」


 視線が鋭くなる。


「目の前にあったら、触るだろ」


 正直な言葉。


 エリアスは否定しない。


 ただ、静かに言った。


「だからこそ、あなたは後方です」


「……は?」


 レオンの目が動く。


「私が前に出ます」


 迷いなく言う。


「お前がやるのかよ」


「はい」


 即答。


「これは理解している者が行うべきです」


 レオンは何も言えない。


 苛立ちはある。


 だが、間違っていない。


「……勝手にしろ」


 低く吐き捨てる。


 だが、退かない。



 そのとき、


「いい感じじゃん」


 軽い声。


 扉の横。


 アデルが立っていた。


 壁にもたれて、腕を組んでいる。


「ちゃんと役割分担できてる」


 楽しそうに言う。



「……来るのか」


 レオンが言う。


「別に」


 アデルは肩をすくめる。


「見てるだけ」


 それだけ。


 それで十分だった。



「……開始します」


 エリアスが静かに言った。


 


 扉を開けると夜の空気が流れ込んだ。



 外は、静かだった。


 人の気配はない。


 だが、“いる”。


 分かる。


 あの場所。


 路地の奥。


 光の届かないところ。


 そこに、二つの影。




「……ユリウス」


 エリアスが呼ぶ。


 声は抑えられている。


 だが、はっきりと届く。


 影が動く。



 ゆっくりと、ユリウスが振り向いた。


「……また来たのか」


 静かな声。


 拒絶はない。


 だが、距離がある。


「……はい」


 エリアスは一歩進む。


「今回は、違います」


「何が」


「“確認”ではありません」


 一拍置く。


「繋ぎに来ました」


 ユリウスの眉がわずかに動く。


 意味が分からない。


 だが、言葉は届いている。



「……何言ってんだ」


「あなたの名前を」


 エリアスは続ける。


 ゆっくりと、はっきりと問いかけた。



「ユリウス・レイン」


 わずかに空気が揺れる。


 ユリウスの視線が動く。


 自分を見る。


 名前を聞く。


 理解する。


 だが、どこかでズレる。



「あなたはここにいました」


 続ける。


「教会に所属し、我々と行動していた」


 一つずつ、意味を置いていく。



 ユリウスの呼吸が少しだけ乱れる。


 何かが、引っかかる。


「レオン・ヴェルク」


 名前が呼ばれる。


「あなたは彼と行動していた」


 レオンが息を止める。


 だが、動かない。


 言葉だけが届く。



 ユリウスの視線が揺れる。


 レオンを見る。


 何かが、繋がりそうになる。


 そのとき、



「無理しなくていいよ」


 やわらかい声。


 すぐ隣。


 セラフィナ。


 変わらない距離でそこにいる。


「そんなに頑張らなくても」


 優しく言う。


「ちゃんと残ってるもの、あるでしょ」


 ユリウスの思考が止まる。


 “楽な方”に流れる。




 エリアスの目が細くなった。


 分かっている。


 これは、干渉だ。


「続けます」


 止めない。


「あなたはここにいます。そして、ここにいる理由があります」


 言葉を重ねる。


 意味を固定する。


 だが――



「そんなの、いらないよ」


 セラフィナが言う。


 静かに、優しく。


「理由なんてなくても、いいでしょ」


 空気が、はっきりと歪む。


 今度は、強く。


「……っ」


 ユリウスの頭が揺れる。


 記憶が、ぶつかる。


 繋がるものと、削れるもの。


「……やめろ」


 小さく呟く。


 どちらに対してか分からない。



「ユリウス・レイン」


 エリアスがもう一度呼んだ。


 今度はさらに強く。


「あなたは――」


「ねえ」


 セラフィナが被せる。


「こっち見て」


 やわらかく、逃げ道を与える。


 ユリウスの視線が、そちらに引かれる。



 レオンが歯を食いしばる。


 動けない。


 今動けば、全部壊れる。


 分かっている。




 空気が張り詰める。


 そのとき“何か”が、確実にそこにいる。


 見えないまま。


 だが、確かに、観測している。


 選ばせている。


 削っている。


 ユリウスは立っている。


 その中心で。


 繋がる言葉と、削れる意味の間で。


 まだ、決まっていない。


 だが、確実に、どちらかへ傾いている。





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