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やがて霧に還る  作者: いづくにか
ノクス編
42/75

第42話 残すための場所

 夜は静かだった。


 あまりにも、何もなさすぎるくらいに。



 ユリウスは立っていた。


 どこに向かうでもなく、ただ、足を止めている。



 考えようとする。


 だが、うまくいかない。


 何かを思い出そうとすると、別の何かにすり替わる。


 教会。


 レオン。


 エリアス。


 輪郭が薄い。


 あるはずなのに、掴めない。


 代わりに――




「探してた?」


 すぐ隣で声がする。


 振り向くと最初からそこにいたみたいに、セラフィナがいる。



「……別に」


 ユリウスは短く答える。


 だが、否定しきれていない。


 セラフィナはそれを見て少しだけ笑った。


「そっか」


 それ以上は言わない。


 踏み込まない。


 ただ、距離を保ったまま隣に立つ。


 それだけで、落ち着く。



「……なあ」


 ユリウスが口を開く。


「最近、ちょっと変なんだ」


 正直に言う。


 隠さない。


「忘れるっていうか…なんか、抜ける」


 セラフィナは静かに聞いている。


 遮らない。


「……でもさ」


 ユリウスは続ける。


「お前のことだけは、ちゃんと分かる」


 ぽつりと、自然に出た。



 セラフィナは一瞬だけ目を細めた。


 ほんのわずかに。


「……そっか」


 やわらかく答える。


 それだけを。


 肯定も否定もしない。


「それなら、いいんじゃない?」


 軽く言った。


 あまりにも自然に。


「……いいのかよ」


 ユリウスが眉をひそめる。


 セラフィナは頷く。


「うん。全部覚えてなくても、ちゃんと残ってるものがあるなら」


 一歩だけ近づく。


 距離が少し縮まった。


「それで十分だよ」


 その言葉は優しい。


 だが、どこかで何かを切り捨てている。


 ユリウスは何も言えない。


 否定する理由が、思いつかない。



「ねえ」


 セラフィナが小さく呼ぶ。


「ちょっと来て」


 軽く言う。


 強制しない。


 ただ、誘うだけ。



 ユリウスは一瞬だけ迷った。


 だが、すぐに動く。


 理由はない。


 ただ、そのほうが自然だった。



 少し歩くと通りを外れた。


 人の気配が薄くなる。


 やがて、小さな路地に入った。


 静かで、誰もいない場所。


「……ここ?」


「うん」


 セラフィナが頷く。


「ここ、静かでしょ」



 ユリウスは周囲を見た。


 確かに、なにもない。


 音も、人も。


「……まあな」



「こういう場所ってさ」


 セラフィナがゆっくりと言った。


「余計なものが入ってこないから。残したいものだけ、ちゃんと残るんだよ」


 ユリウスはその言葉を聞く。


 理解はできない。


 だが、拒絶もできない。



 静けさが広がる。


 思考が少しだけ鈍る。


 楽になる。


「……楽だな」


 ぽつりと呟いた。


 本音だった。


 セラフィナは微笑む。


「でしょ」


 やわらかく言う。


「無理しなくていい場所って、大事だよ」


 その言葉が、すっと抵抗なく入った。


「……ここにいればいいのか」


 ユリウスが言う。


 確認するように。



 セラフィナは一瞬だけ止まった。


 ほんのわずかに。


 それから、笑った。


「うん」


 静かに。


「いればいいよ」


 それだけ言った。


 強制しない。


 縛らない。


 だが、完全に受け入れる。


 ユリウスは目を閉じる。


 一瞬だけ。


 何も考えない。


 何も思い出さない。


 それで、楽になる。



 そのとき、ほんの一瞬だけ。


 何かが引っかかった。


 教会。


 誰かの声。



 だが、続かない。


 すぐに消える。


 代わりに、隣の存在だけが残る。


「……まあ、いいか」


 小さく呟く。


 それで終わる。


 セラフィナは何も言わない。


 ただ、隣にいる。


 それだけで十分だから。


 静かな場所で、静かに選ばれていく。


 気づかないままに。




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