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やがて霧に還る  作者: いづくにか
ノクス編
41/75

第41話 見せるための記憶

 呼ばれたとき、少しだけ違和感があった。



「……なんで行くんだ」


 ユリウスは小さく呟く。


 自分に向けて。



 教会に戻る理由は、もうほとんどないはずだった。


 制限もされる。


 話も合わない。



 それなのに――


「……まあ、いいか」


 思考が、そこで止まる。


 深く考える気が起きない。


 理由は曖昧なまま足が動く。


 そのまま、教会へ向かう。



 途中、気配。


 隣に自然にいる。


「行くんだ」


 セラフィナの声。


 やわらかく。


「……呼ばれたからな」


 ユリウスは短く答える。


「そっか」


 それだけだった。


 止めない。


 否定もしない。


「別にいいと思うよ」


 軽く言う。


「どうなるか、見てみるのも」


 一瞬、引っかかる。


 “見てみる”。


 その言葉。


 だが、すぐに流れる。


「……ああ」


 それで十分だった。


 理由が、成立してしまう。



 そのまま、教会の扉をくぐった。




 部屋は簡素だった。


 余計なものはない。


 机と椅子。


 紙と筆記具。


 レオンとエリアスがいる。



「……来たか」


 レオンが低く言う。


 視線が刺さる。


「……呼ばれたからな」


 ユリウスは同じ言葉を繰り返した。


 それ以上はない。



「座ってください」


 エリアスが静かに言った。


 ユリウスは従う。


 抵抗はない。


 理由もない。


 ただ、そうするのが自然だった。


「……何すんだ」


「確認です」


 淡々としたやり取り。


 そこに、以前のような緊張はない。


 どこか、遠い。



 エリアスは紙を置いた。


 白紙。


「あなたの名前を書いてください」


 ユリウスはペンを取る。


 迷いなく紙に触れる。


 ――ユリウス・レイン


 自然に手が動く。


 それが“自分”だと分かっているから。


「……これでいいか」


「はい」


 エリアスが確認する。


 問題ない。


「次に、私の名前を書いてください」


 ユリウスは少しだけ考える。


 だが、すぐに出る。


 ――エリアス・グレイ


 こちらも迷いなく書ける。



「ありがとうございます」


 頷く。


 そして、少しだけ間を置いた。



「では」


 ほんのわずかに声が変わった。


「昨夜、あなたと会話した人物の名前を書いてください」


 ユリウスの手がほんの一瞬止まった。


 だが、次の瞬間には動く。


 ――セラフィナ


 強く、はっきりと。


 書いた瞬間“何か”が触れた。



「……っ」


 視界が歪む。


 ノイズ。


 重なる感覚。


 誰かが、覗き込んでいる。


「……?」


 分からない。


 だが、確実に“いる”。



 エリアスの目が細くなる。


「……反応あり」


 小さく呟く。


 止めない。


「続けます」


 レオンが顔をしかめる。


「おい、やめろ――」


「ここからです」


 冷静に遮る。



「……ユリウス」


 静かに呼ぶ。


「教会内で、あなたが最も信頼している人物の名前を書いてください」


 ユリウスの手が止まる。


 今度は、長い。


「……」


 浮かぶ、はずだった。


 レオン。


 エリアス。


 マルタ。


 だが――



 輪郭が崩れる。


 ぼやける。


 名前はあるのに、意味が繋がらない。



 代わりに浮かぶのは、すぐ隣にいた存在。


 声。


 距離。


 安心。


「……なんだよ、これ」


 苛立ちが混じる。


「……書けねえ」


 初めての明確な“欠落”。



 エリアスはそれを見ている。


「……偏りが顕在化」


 記録するように言う。


「……やめろって言ってんだろ」


 レオンが低く言う。


 今度は明確に危険だと分かる。



 だが、エリアスは止めない。


「最後です」


 短く言う。


「ユリウス、あなたが今、一番落ち着く場所はどこですか」


 ユリウスは迷いなく答えた。


「……外、あいつの隣」


 その瞬間、空気が“歪む”。


 今度は、はっきりと。


 “見られている”。



 レオンが顔を上げた。


「……いるな」


 確信した。


 エリアスも頷く。


「……観測されています」


 紙を見る。


 “セラフィナ”の文字。


 そこに、わずかなズレ。


 まるで、誰かがなぞったような。



 ユリウスは動かない。


 視線が、どこか遠くに向いている。



「……見ている」


 小さく呟く。


「……最初から」


 その言葉で、空気が完全に変わった。


 レオンが一歩前に出る。


「ユリウス――」


 呼ぶ。


 だが、届かない。


 ユリウスの意識は、もう別の場所にある。




 実験は成功した。


 だが同時に、はっきりと分かった。


 これは“見ている”のではない。


 最初から“見られていた”のだ。





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