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やがて霧に還る  作者: いづくにか
ノクス編
40/75

第40話 中心点

 空気が、変わっていた。


 騒がしさはない。


 混乱もない。


 だが“戻らない”ことだけがはっきりと分かった。



 教会の奥。


 制限区域のさらに内側。


 集められたのは、最小限の人間だけだった。


 エリアス、


 レオン、


 マルタ、


 そして――


 司祭長。



「……状況は」


 司祭長が静かに口を開いた。


「既に共有されている通りです」


 誰も言葉を挟まない。


「対象の回収は失敗。接触による影響は増大。現象は拡大傾向にあります」


 一つずつ、確認するように並べる。


 事実だけを。


「……で」


 レオンが口を開く。


 抑えているが、苛立ちは隠せない。


「どうすんだ」


 短く、核心だけを。



 司祭長はすぐには答えない。


 数秒、沈黙する。


 その間に、全員が理解した。


 これは、選択の話だ。



「……方針を変更します」


 静かに言った。


 だが、その声は揺れない。


「ユリウスの回収は行いません」


 一瞬、空気が止まる。


 レオンの目が動く。


「……は?」


 低い声。


「見捨てるのかよ」


 言葉は荒い。


 だが、本質を突いている。


 司祭長は否定しない。


「結果としては、そう見えるでしょう」


 そのまま受け取る。


「ですが」


 一拍置く。


「これは“放棄”ではありません」


 視線を上げる。


「“転用”です」


 その言葉に、エリアスの目がわずかに動く。


「……転用」


 小さく繰り返す。


 司祭長は頷く。


「ユリウスは既に現象の中心に位置しています。観測対象として、極めて安定している」


 淡々とした分析。


 感情はない。


「……だから使うってか」


 レオンが吐き捨てる。


 怒りは消えていない。


 だが、理解はしている。


 司祭長は否定しない。


「我々が直接触れられない以上“触れられているもの”を基点にするしかありません」


 完全に合理。



 エリアスは黙る。


 理解できる。


 正しい。


 だが――


「……倫理的には」


 言いかける。


 司祭長が先に言う。


「破綻しています」


 即答。


 迷いはない。


 エリアスは口を閉じた。


 それ以上言う意味はない。



「……で?」


 レオンが言う。


「具体的にどうすんだ」


 司祭長は静かに答えた。


「観測します」


 短い言葉。


「ユリウスを通して、現象の構造を把握する」


「……それだけかよ」


 レオンが眉をひそめる。


 司祭長は首を振る。


「いいえ」


 一歩だけ前に出る。


「同時に“固定”を試みます」


 エリアスの視線が動いた。


「……固定」


「はい」


 頷く。


「意味を失わせない。関係を断たせない。それにより」


 一拍置く。


「現象の進行を遅延させる」


 エリアスがすぐに理解した。


「……共有化」


 小さく呟く。


 司祭長は頷く。


「複数人で認識を固定する。個人ではなく、関係として保持する」


 理屈は通っている。


 そして――


「……ユリウスを繋ぎ止めるってことか」


 レオンが言う。


 少しだけ声が落ちる。


 司祭長は答える。


「はい」


 短く。


「彼が崩壊する前に、構造として固定する」


 レオンは黙る。


 拳を握る。


「……結局、助けるんじゃねえか」


 ぽつりと呟く。


 司祭長はそれを否定しない。


「結果としては、そうなります」


 静かに言った。


「ただし、彼個人を救うことは保証できません」


 その言葉で、すべてが分かれる。



 レオンは目を閉じる。


 一瞬だけ。


 それから、開く。


「……やるしかねえか」


 低く言う。


 納得ではない。


 受け入れ。


 エリアスが小さく息を吐いた。


「……観測と固定」


 整理するように言う。


「並行して行います」


「ええ」


 司祭長が頷く。


 そのとき、



「いいじゃん、それ」


 軽い声がした。


 全員の視線が向く。


 扉の近く。


 いつの間にか、アデルが立っていた。


 腕を組んで、楽しそうに壁にもたれている。


「ちょうどいいよね」


 にやりと笑う。


「“触られてる側”を使うって」


 レオンが顔をしかめた。


「……いつからいた」


「さっきから」


 軽く言った。


 気にしていない。


「ねえ」


 アデルが司祭長に視線を向けた。


「それ、やるならさ」


 一歩だけ前に出る。


「中途半端にやらないほうがいいよ」


 笑う。


 少しだけ鋭い。


「どうせなら、もっと“寄せたほうがいい”」


 エリアスが眉をひそめる。


「……どういう意味ですか」


 アデルは楽しそうに答えた。


「観測されてるならさ、“観測させればいい”じゃん」



 空気が変わった。


 ほんのわずかに。司祭長の目が細くなる。


「……意図的に」


「そう」


 即答。


「どうせ逃げられないなら利用したほうが早いでしょ」


 軽い言い方。


 だが、内容は過激だ。


「……リスクが高すぎます」


 エリアスが即座に言う。


 当然だ。


 だが、アデルは笑う。


「今さらでしょ」


 それだけを。


 反論の余地はない。



 沈黙が落ちた。



 その間に、全員が理解した。


 これはもう、安全な戦いではない。



「……検討します」


 司祭長が静かに言った。


 否定もしない。


 受け入れもしない。


 ただ、可能性として置く。


 アデルは満足そうに笑った。


「楽しみだね」


 軽く言った。


 まるで、観劇でもするみたいに。



 教会は選んだ。


 守ることをやめたわけではない。


 だが、守り方を変えた。


 中心にあるのは、一人の人間。


 ユリウス。


 彼はもう、ただの保護対象ではない。


 起点になった。


 すべてが、そこから動き出す。




 

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