第20話 正しさの代償
夜は静かだった。
だが、それは嵐の前のものだった。
教会の中、緊張が満ちている。
空気が違う。
明確に。
「……確認されました」
エリアスが言う。
声は落ち着いている。
だが、その内容は重い。
「教会外、南区画。一般市民一名、死亡」
沈黙が落ちる。
誰も驚かない。
だが、軽くも受け止めない。
「痕跡は」
司祭長が問う。
「ほぼ残っていません」
エリアスが答える。
「ですが、状況から見て同一個体の可能性が高い」
ルキウス。
それは共有されている。
「……範囲を外れたな」
レオンが低く言う。
短い言葉。
だが、意味は重い。
「はい」
司祭長は頷く。
「これ以上の放置は、均衡を崩します」
一拍置く。
「排除します」
その言葉は、静かだった。
だが、空気が変わる。
誰も異論を出さない。
それが、この場の答えだった。
司祭長が続ける。
「接触時、即時拘束。状況に応じて排除」
曖昧さが消える。
初めてのことだった。
「レオン、マルタ、ユリウス」
名前が呼ばれる。
「三名で行動を」
「了解」
レオンが即答する。
マルタも頷く。
ユリウスは一瞬だけ遅れる。
だが、
「……分かった」
それで十分だった。
もう、引き返す選択肢はない。
夜に出る。
三人。
霧が濃い。
視界は悪い。
だが、迷いはない。
場所は分かっている。
あの“匂い”が残っている。
路地に入った。
静かすぎる。
人の気配がない。
それでも、何かがいる。
「……いるな」
レオンが低く言う。
確信している。
次の瞬間、霧が揺れる。
現れるのは、
ルキウス。
変わらない。
整っている。
そして、楽しそうに微笑んでいる。
「待っていたよ」
穏やかな声。
まるで、約束していたかのように。
「……ふざけんな」
レオンが吐き捨てる。
だが、踏み込む。
迷いなく。
マルタも同時に動く。
左右から挟む。
連携。
完璧に近い。
だが、届かない。
ルキウスがわずかに動く。
それだけで、すべてがずれる。
位置が変わる。
間合いが崩れる。
「――遅いね」
次の瞬間、マルタの身体が弾かれる。
何が起きたか分からない。
ただ、飛んだ。
壁に叩きつけられる。
鈍い音。
「――っ!」
息が詰まる。
だが、終わらない。
ルキウスが距離を詰める。
迷いなく。
マルタに向かって。
「やめろ!」
レオンが叫ぶ。
踏み込む。
だが、間に合わない。
ルキウスの手が、マルタの首に触れる。
その瞬間、すべてが流れ込む。
恐怖。
痛み。
死の感覚。
「……っ、あ……!」
マルタの身体が震える。
呼吸が乱れる。
目が見開かれる。
壊れる。
確実に。
「……いい」
ルキウスが呟く。
恍惚とした声。
「強い個体は、反応も美しいね」
そのまま、力を込める。
骨が軋む音。
崩れる。
本当に。
「――やめろッ!!」
レオンが全力で踏み込む。
拳が入る。
顔面に。
確かに。
ルキウスの身体がわずかに揺れる。
だが、手は離れない。
「……邪魔しないでよ」
静かな声。
その瞬間、レオンの動きが止まる。
恐怖が流れ込んだ。
足が、動かない。
ユリウスは動けなかった。
理解している。
これが、終わりだと。
間に合わない。
どうやっても。
そのときだった。
――破裂音。
次の瞬間、ルキウスの腕が弾かれる。
マルタから離れる。
血が飛ぶ。
ルキウスが初めて、表情を変える。
ほんのわずかに。
「……」
振り向く。
そこに、一人の女が立っていた。
白い肌。
金の髪。
銀の銃。
煙が、細く上がっている。
ユリウスは息を止める。
何度も見覚えがある。
だが、名前は知らない。
ただ、分かる。
違う。
この場の、誰とも――――
ルキウスとも。
女は何も言わない。
ただ、銃口を向けている。
静かに。
揺るがずに。
ルキウスが、わずかに笑う。
「……これは」
楽しそうに。
「予想外だね」
初めてだった。
“本気の興味”を見せたのは。
空気が変わった。




