第18話 恐怖との接触
夜の空気は、重かった。
霧が濃い。
視界は悪い。
だが、それだけではない。
“見られている”ような感覚がある。
ユリウスは足を止めずに進む。
隣にはレオン。
少し後ろにマルタ。
三人での行動。
それだけで、今までとは違う緊張があった。
「……慣れたか」
レオンが小さく言う。
「何に」
「これだよ」
周囲を顎で示す。
霧。
静けさ。
気配。
「……慣れたくはないな」
「だろうな」
短く笑う。
だが、同意している。
「でも、慣れろ」
それが、この街で生きる条件だった。
マルタが前に出る。
わずかに手を上げる。
止まれ、の合図。
三人が同時に足を止める。
空気が張る。
何かがいる。
はっきりと分かる。
「……前方」
マルタが低く言う。
視線は霧の奥。
「距離、近い」
レオンが小さく息を吐く。
「来るな」
その一言だけ。
次の瞬間、霧が裂ける。
影が飛び出す。
速い。
だが、見えない速さではない。
マルタが前に出る。
白く光る刃が振られる。
正確に、無駄なく。
影がそれを避ける。
滑るように。
だが、その動きは読める。
レオンが横から踏み込む。
短剣が振り抜かれる。
当たる。
確かな手応え。
影は壁にたたきつけられた。
「……普通だな」
レオンが言う。
呼吸は乱れていない。
余裕がある。
影は起き上がる。
目が濁っている。
意思は薄い。
ただ、本能だけで動いている。
「下がれ」
マルタが短く言う。
次の瞬間、踏み込む。
刃が閃く。
迷いがない。
一撃。
影の動きが止まる。
崩れる。
それで終わりだった。
静けさが戻る。
「……やっぱりな」
レオンが言う。
「こいつは違う」
その言葉にユリウスは頷く。
今のは、理解できる。
怖くはある。
だが、分かる。
対処できる。
だが、
「……来るぞ」
レオンが言う。
その声は、さっきとは違った。
低く、鋭い。
空気が変わる。
はっきりと。
重くなる。
圧がかかる。
視界が歪む。
霧が、揺れる。
「……やっぱり、複数で来てたか」
声。
あの声。
ルキウス。
霧の中から、ゆっくりと姿を現す。
変わらない。
整っている。
美しい。
そして、圧倒的に“違う”。
「……来ると思ってたぜ」
レオンが言う。
構えは崩さない。
だが、踏み込まない。
「ああ、おれも」
ルキウスは微笑む。
穏やかに。
「きみたちがどう動くのか、興味あるんだ」
その視線が、三人を順に捉える。
観察している。
「……観察は終わったか」
マルタが言う。
短く。
「いや、これから」
次の瞬間、ルキウスが動く。
速い。
今までとは、次元が違う。
消えたように見える。
だが、いる。
レオンの背後。
気配だけが先に来る。
「――っ」
振り向く。
間に合わない。
だが、触れられる前に、マルタが割り込む。
刃が入る。
ルキウスの腕に、確かに当たる。
だが、浅い。
「お見事」
ルキウスは本気でそう言う。
楽しそうに。
次の瞬間、マルタの身体が揺れる。
一瞬だけ。
動きが止まる。
「……っ!」
呼吸が乱れる。
表情が歪む。
恐怖。
それが、一気に流れ込む。
ルキウスが触れた。
それだけで、共有される。
「やめろ!」
レオンが踏み込む。
強引に間合いを潰す。
短剣の白い刃を叩き込む。
今度は、当たる。
確実に。
ルキウスの身体がわずかに揺れる。
だが、吹き出た血は即座に止まり、傷口すらすでに見えない。
笑っている。
「……いいね」
小さく呟く。
「連携が取れてる」
本気で感心している。
それが、何より不気味だった。
「だけど」
一歩下がる。
距離を取る。
「今日はここまでにしておこう」
あっさりと。
あまりにも簡単に。
「……逃がすかよ」
レオンが言う。
だが、追わない。
追えない。
分かっているからだ。
「ああ、またね」
ルキウスは微笑む。
「次は、もっと深く」
その言葉を残して、霧の中へ消える。
気配すら残らない。
静けさが戻る。
マルタがその場で膝をついた。
「……大丈夫か」
ユリウスが言う。
「……問題ない」
短く答える。
だが、呼吸は荒い。
「……くそ」
レオンが吐き捨てる。
「やっぱり、あれは別格だ」
はっきりと認める。
否定しない。
ユリウスは立ち尽くす。
理解する。
今の差。
あれは、埋まらない。
簡単には。
だが、それでも。
ユリウスは拳を握る。
逃げる理由にはならない。
もう、関わっている。
霧は、さらに濃くなっていた。




