第17話 選ばれる側、選ぶ側
教会の空気は静かだった。
変わらないように見える。
だが、確実に何かが変わっている。
それは、表には出ない。
動きも、声も、規律も同じ。
それでも“判断”だけが一段上がっていた。
ユリウスは呼ばれていた。
理由は分からない。
だが、断る理由もなかった。
扉の前に立つ。
軽く息を整える。
中に入ると、そこにはいつもの面々がいた。
エリアス。
マルタ。
レオン。
そして、司祭長。
全員が揃っている。
それだけで、この場の意味は分かる。
「来ましたか」
司祭長が静かに言う。
いつも通りの声。
だが、わずかに重い。
「昨夜の件について、共有します」
それだけで、空気が締まる。
エリアスが一歩前に出る。
「対象個体の行動について、いくつか特徴が確認されました」
淡々とした声。
揺れはない。
「単独行動。接触対象を選別。無差別ではない」
ユリウスの心臓がわずかに跳ねる。
「さらに」
一拍置く。
「接触後、即座に排除しない」
その言葉が、はっきりと意味を持つ。
「……遊んでるってことだろ」
レオンが低く言う。
エリアスは否定しない。
「その可能性が高いと考えられます」
静かに認める。
「また」
続ける。
「対象の精神状態に対する干渉が確認されています」
その一言で、場の空気がさらに重くなる。
「恐怖、混乱、意識の遮断」
淡々と並べる。
「いずれも、外的要因による変化と一致」
つまり、能力。
「……特定は」
マルタが問う。
「未確定です」
エリアスは即答する。
「ですが、個体としての一貫性は確認済み」
その言葉は、決定に近かった。
「……ルキウス、か」
レオンが呟く。
その名が、はっきりと共有される。
「仮称として扱います」
司祭長が言う。
穏やかに。
だが、その扱いは軽くない。
「現時点での脅威度は」
一瞬だけ間を置く。
「中程度から高」
その言葉に、誰も反応しない。
驚く者も、否定する者もいない。
それが、この場の異常だった。
「対応を変更します」
司祭長が続ける。
静かに。
確実に。
「従来の観測中心から、限定的な介入へ移行」
その一言で、すべてが変わる。
「接触時は、単独行動を避けること」
視線が全員に向く。
「対象が“選ぶ”以上、こちらも“選ぶ”必要があります」
その言葉は、はっきりしていた。
対等ではない。
だが、無防備でもない。
「……具体的には」
マルタが言う。
すぐに。
「二名以上での行動を基本とします」
司祭長が答える。
「必要に応じて三名」
それだけで十分だった。
実戦に近い配置。
「また」
少しだけ声が低くなる。
「対象と接触した場合、無理な拘束は不要です」
その言葉に、レオンがわずかに反応する。
「……逃がすのか」
「はい」
即答だった。
「現時点では“測る”ことを優先します」
その判断は、静すぎるほどだった。
「……了解」
レオンは短く答える。
納得しているかは分からない。
だが、従うことは決めている。
ユリウスは黙って聞いていた。
理解はできる。
だが、完全には受け入れられない。
「ユリウス」
不意に、名前を呼ばれる。
視線が向く。
「あなたにも、同行をお願いする場合があります」
静かな声。
命令ではない。
確認でもない。
ただ、事実として告げている。
「……俺が?」
思わず言う。
当然だった。
「はい」
司祭長は頷く。
「あなたはすでに接触している」
否定できない。
「観測対象としても、有用です」
その言い方に、わずかな違和感が残る。
だが、間違ってはいない。
「無理にとは言いません」
穏やかに続ける。
「ですが」
一拍置く。
「関わる意思があるのであれば、力を貸していただきたい」
その言葉は、押しつけではなかった。
選択を残している。
だが、逃げ道でもない。
ユリウスは少しだけ考える。
時間は長くない。
必要もない。
「……分かった」
答える。
それだけだった。
だが、それで十分だった。
司祭長は小さく頷く。
「ありがとうございます」
それで話は終わる。
誰も余計な言葉を挟まない。
必要なことは、すでに済んでいる。
部屋を出て廊下に戻る。
空気が少しだけ軽くなる。
「……よく受けたな」
レオンが言う。
「断る理由がなかった」
「そうかよ」
短く笑う。
だが、少しだけ安心したようにも見える。
ユリウスは歩きながら考える。
選ばれた。
そういうことだ。
だが、それだけではない。
自分も、選んだ。
関わることを。
もう、外にはいられない。
窓の外を見る。
霧はさらに濃くなっていた。
もう、輪郭すら曖昧になっている。
それでも、教会だけは変わらない。
白く、はっきりと、そこにある。
その中で、何かが動き始めている。




