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第16話 選ばれるということ

 夜は静かだった。


 あまりにも。



 霧は濃い。


 だが、それだけではない。


 音が少ない。


 人の気配も、極端に減っている。


 まるで、“避けられている”ような感覚。




 ユリウスは教会の外にいた。


 理由ははっきりしている。


 中にいるほうが、落ち着かないからだ。


 外のほうが、分かる。


 何が起きているのか。


 少なくとも、“何も起きていないわけではない”と。



「……また外か」


 レオンの声。


 いつの間にか隣に立っている。


「中にいるよりマシだ」


「同感だな」


 短く笑う。


 だが、目は笑っていない。


「今日はやめとけって言われなかったのか」


「言われた」


「で、無視か」


「そうなるな」


 それ以上は言わない。


 止める気もないらしい。



 しばらく無言で立つ。


 霧の中。


 何も見えない。


 だが、何かがいる気配だけはある。


 そのときだった。




「――やっぱり、ここにいたね」


 声。


 はっきりと聞こえる。


 背後から。



 振り向く。


 そこに、ルキウスがいた。


 まるで最初からそこにいたかのように。


 音もなく、気配もなく、ただ、自然に立っている。



「……てめえ」


 レオンが低く言う。


 すぐに距離を取る。


 構える。


 だが、踏み込まない。


「そんなに警戒するなって」


 ルキウスは軽く笑う。


 余裕がある。


 圧倒的に。



「今日は戦いに来たわけじゃない」


「……信用できると思うか」


「できなくてもいいよ」


 即答だった。


 迷いがない。


 それが逆に、不気味だった。


 ルキウスの視線が動く。


 ゆっくりと、ユリウスに向く。


「君」


 静かに言う。


「ちょっと興味があるな」


 その言葉に、ユリウスの背筋が冷える。


 理由は分からない。


 だが、本能が拒絶する。


「……何の話だ」


「簡単なこと」


 ルキウスは一歩近づく。


 ゆっくりと。


 逃げられる距離。


 だが、動けない。



「君は“恐怖”をどう扱う?」


 問い。


 意味が分からない。


 だが、無視できない。


「……知らない」


 ユリウスは答える。


 正直に。


 それしか出てこない。


 ルキウスは小さく笑う。


「いい答えだね」


 本気でそう思っている声。


「多くの人間は、それを隠そうとする」


 ゆっくりと歩く。


 距離が近づく。


「見ないようにする。考えないようにする」


 視線が、絡む。


 逸らせない。


「だけど、君は違う」


 断定だった。


 なぜ分かるのか、分からない。



「……やめろ」


 レオンが言う。


 低く。


 鋭く。


「それ以上近づくな」


「ああ、分かってる」


 ルキウスは止まる。


 従うように。


 だが、その表情は変わらない。


「だから、このへんでやめておこう」


 あっさりと言う。


 あまりにも簡単に。


「だけど」


 一拍置く。


 その間が、やけに長く感じる。


「次に会うときは」


 わずかに微笑む。


「もう少し、深く知ることになるよ」


 その言葉は、予告だった。


 避けられないものの。



 ルキウスは視線を外す。


 興味を失ったかのように。


 それから、ゆっくりと霧の中へ歩き出す。


 止めることはできない。


 追うこともできない。


 ただ見送るしかない。



 やがて、気配が消える。





 静けさだけが残る。


「……くそ」


 レオンが吐き捨てる。


「完全に遊ばれてる」


 苛立ちが混じる。


 だが、それ以上に警戒が強い。


「……あれは」


 ユリウスが言う。


「なんなんだ」


 問い。


 だが、答えは出ない。


「……分かるわけねえだろ」


 レオンが短く言う。


「ただ一つだけ」


 続ける。


「あいつは、選んでる」


 その言葉に、ユリウスは息を止める。


「何を」


「相手をだよ」


 即答だった。


「誰でもいいわけじゃねえ」


 視線が、霧の奥を向く。


「ああいうやつはな」


 わずかに歯を食いしばる。


「気に入ったやつから壊す」


 静かな声。


 だが、はっきりとしている。



 ユリウスは何も言えなかった。


 理解したくない。


 だが、分かってしまう。


 さっきの視線。


 あの言葉。


 全部、つながっている。


 ユリウスはゆっくりと息を吐く。


 夜の空気が冷たい。


 だが、それ以上に何かが内側に残っている。


 逃げられない。


 もう、関係ないとは言えない。



 霧がさらに濃くなる。


 何も見えない。


 だが、確実に何かが動いている。


 その中に、自分もいる。


 ユリウスは目を閉じる。


 ほんの一瞬だけ。


 それから、ゆっくりと開く。


 もう、戻れないと分かっていた。




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