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やがて霧に還る  作者: いづくにか
血統構造編
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第113話 整合と残滓

 気配はなかった。



 でも、“いる”。



 アデルは、ゆっくりと息を吐いた。


「……なに」


 振り向かずに言う。


「いつからいたの」



 返事は、少し遅れて来た。


「最初から」


 静かな声。


 音がない。


 重さもない。


 ただ、そこにある。



 アデルはゆっくり振り返る。



 そこに立っていたのは、男だった。


 整っている。


 顔も、立ち方も、空気もすべてが、過不足なく“成立している”。


 違和感がない。


 だから、逆に不気味だった。



「……へえ」


 アデルが小さく言う。



「あんたが動いてんだ」


 軽く笑う。

 

「シグレイン」


 でも、目は外さない。



「で?何の用」



 シグレインはわずかに視線を動かし、アデルを見た。


「確認だよ」


 短く言う。


「何を」


「個体アデル・カイルロードの現在状態の整合性…って感じ?」


 アデルの眉が、ほんのわずかに動く。


「なにそれ」


 軽く笑った。


「点検でもしてんの?」



「まあ、そんな感じ」


 シグレインは答える。


「あっそ」


 肩をすくめる。



 少しだけ沈黙。



 シグレインはアデルの胸元に視線を落とした。


 服越しに、“それ”を見る。



「……ああ」


 アデルが気づく。


「これ?」


 指で左胸を軽く叩く。


 

「……まだ残ってるんだ」


 シグレインが言う。



 アデルは一瞬だけ言葉を止めた。


 でも、すぐに笑う。


「そりゃね」


 軽く言う。


「趣味悪いでしょ」



 シグレインは答えなかった。


 ただ、見ていた。



「……月花侯」


 静かに言う。



 空気が、一瞬だけ止まる。



 アデルの笑みが、ほんのわずかに浅くなる。


「その呼び方、嫌いなんだけど」



「当時から」


 シグレインは続ける。


「完成度は高かったよね」


「だけど、不安定だった」


 心情に比して出た言葉は、ただの評価。



 アデルは少しだけ目を細めた。


「言ってくれんじゃん」


 わずかに口角を上げる。


「で、今は?」




 シグレインは、数秒沈黙した。


「矛盾を内包してるね。整合率が低い」


「はい、不合格ってこと?」


 アデルが軽く言う。


「未確定だよ」


 即答。



 アデルの目が、わずかに動く。


「あっそ」


 小さく言う。



 少しだけ間。



「……で」


 アデルが続ける。


「見に来ただけ?」


 ラフに聞く。


「違うよ」


 シグレインは言う。



「逸脱個体…ルキウスの干渉範囲が拡大してる」


「ああ、あいつね」


 アデルが頷く。


「最悪でしょ」


 軽く言う。


「頭が痛いよ」


 シグレインは答えた。



「……へえ」


 アデルが少し笑う。


「じゃあ排除すんの?」



 シグレインは、わずかに視線を動かした。


「まだ未定」


 答える。


「定義不能、だから」



「あー」


 アデルが納得する。


「あいつそういうとこあるよね」


 苦笑する。



 

「君は、介入するつもり?」


 アデルは、少しだけ空を見た。


「まあね」


 軽く言う。


「放置すると増えるし」


 


「でもさ、構造側ってどうすんの」


 逆に聞く。


「観測は継続するよ。必要に応じて排除するって、いつも通り」


 返答は機械的。



 アデルは、それを聞いて小さく笑った。


「やっぱそうか。めんどくさ」


 小さく呟いた。



 また、沈黙。



 シグレインは、最後に一つだけ言った。


「君は、どちらにも属してない」


「そうだね」


 アデルが答えた。


 即答。


「だから?」


 軽く返す。



 シグレインは、その問いに答えない。


 ただ、一言だけ残す。


「不安定だね」


 それだけ言った。



 次の瞬間、気配が消えた。


 


 アデルは、しばらく動かなかった。


 風だけが、髪を揺らす。



「……ほんとさあ」


 小さく呟く。


「ろくなのいないよね」





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