第110話 残るもの
処理は静かに行われた。
夜のうちに、誰にも見られないように。
二つの身体がもう、ただの“物”として運ばれていく。
教会の中庭で簡易的な処置が行われる。
そして、確認。
記録。
それで終了。
「原因は吸血鬼によるものと推定」
エリアスが言う。
「痕跡は不自然だが、詳細は不明。構造側の関与の可能性も否定できない」
「まあ、どっちでもいい」
マルタが言う。
「死んでることには変わりない」
短く、今ある事実を言う。
正しい。
誰も反論しない。
「巡回は強化する」
続ける。
「これ以上増やさない」
「……ああ」
レオンが答える。
声は、いつも通りだった。
でも、少しだけ硬い。
エリアスは、その変化に気づいていた。
だが、何も言わない。
言う必要がないから。
「……以上だ」
マルタが言う。
解散。
全員が散る。
レオンも、その場を離れる。
ユリウスは少し遅れてついていった。
夜の廊下は静かだった。
「……なあ」
レオンが歩きながら口を開いた。
「……あれ、最初から無理だったと思うか」
ユリウスは、すぐには答えなかった。
少しだけ考える。
あのときの感触。
体温。
呼吸。
そして、奥の“空っぽ”。
「……ああ」
数秒の沈黙の後、静かに言った。
「たぶん、最初から無理だった」
レオンの足が、一瞬だけ止まった。
でも、すぐにまた動く。
「そうか」
それだけ言う。
表面上はいつも通りの軽い調子。
でも、その中には葛藤がにじんでいた。
「……じゃあさ」
少しだけ声が落ちる。
「……俺、なにやってたんだろうな」
ぽつりと口から漏れた言葉だった。
ユリウスは、それを聞いていた。
答えはある。
でも、簡単じゃない。
「……やれることやってた」
考えたけれど、結局そう言うしかなかった。
レオンは少しだけ笑う。
「それ、さっきも聞いたな」
「……ああ」
短いやり取り。
でも、続かない。
沈黙。
しばらくして、レオンがまた口を開く。
「……お前、気づいてただろ」
静かに言う。
「……ああ」
ユリウスは否定しなかった。
「なんで…なんでだ」
漠然とした問い。
レオン自身にも意図ははっきりわかっていないもの。
ユリウスは、少しだけ視線を逸らした。
「……言っても変わらなかった。それに」
一拍。
「止める理由もなかった」
正直に言った。
レオンは、それを聞いた。
怒らない。
否定もしない。
ただ、小さく息を吐いた。
「……そっか」
レオンは歩き続ける。
ユリウスも隣を歩いた。
少しして。
「……でもさ」
レオンが小さく言った。
「俺は、それでもやると思う」
「だろうな」
静かに返す。
レオンは、少しだけ笑った。
「馬鹿だよな」
「ああ」
短い肯定。
でも、否定ではない。
そのまま、二人は歩いていく。
何も解決していない。
何も変わっていない。
でも、何かだけは残っている。
選んだこと。
動いたこと。
救えなかったこと。
全部。
夜は、変わらず続いていた。




