第106話 たった一回の形
夜は、よくできている。
静かで、曖昧で、何でも隠せる。
ルキウスは歩いていた。
特に急ぐでもなく、ゆっくりと。
目的はある。
でも、焦りはない。
「さて」
小さく呟く。
「どうしよっか」
楽しそうにあたりを見渡す。
その視線の先は、灯り、人の気配、普通の生活。
「これ壊すのは簡単すぎるしなー」
つまらない。
少しだけ、目を細めた。
「ああ、そっか」
いいことを思いついたと笑った。
「“選ばせる”んじゃなくてさ、“選ばないと成立しない状況”にすればいいのか」
場所は、教会から少し離れた通り。
人通りは少ない。
でも、ゼロじゃない。
ちょうどいい。
「ごめんね」
誰かに言って背後から手をかける。
音も立てずに崩れ落ちた。
完全には殺さない。
でも、戻らない位置まで壊す。
「うん、これくらいかな」
軽く確認する。
次はもう一人も同じように。
でも、少しだけ変える。
状態をずらす。
均一にしない。
「……いいね」
満足そうに笑い、その場に二つの“壊れかけ”を置く。
どちらも、まだ生きている。
でも、放置すれば死ぬ。
そして。
足元に、薄く血で線を引いた。
構造の干渉痕に似せた印。
「これでさ」
一歩下がる。
「どっちも来るでしょ」
教会と、構造。
どちらも、放置できない。
「で、来たときにさ」
楽しそうに言う。
「“どっち先に助ける?”ってやつ」
小さく笑う。
「どっちでもいいけどさ、選ばないと、両方死ぬよ?」
誰に向けるでもなく、楽しげに笑った。
残ったのは、二つの命。
不均一に壊れた、たった一回の状況。
再現性はない。
でも、確実に誰かを試す。
それだけで、十分だった。




