第105話 選別の場
空間は広かった。
壁はある。
天井もある。
でも、意味がない。
すべて、ただの区切りに過ぎない。
その中央に、一つの影がある。
ヴァルドリック。
動かない。
ただ存在しているだけで空間の基準になる。
そこに一定の足音。
エイドルが現れる。
「報告」
必要なことだけを述べる。
「対象イレーネ、処理完了」
ヴァルドリックはすぐには反応しなかった。
必要がないから。
「……評価は」
やがて口を開く。
エイドルは一瞬だけ間を置いた。
「不適合」
短く答える。
「構造への寄与なし。再現性なし。排除が最適」
正確な報告。
そこに感情はない。
「……妥当」
ヴァルドリックが答える。
それで終わる、はずだった。
だが、ほんのわずかに間が伸びる。
「……例外は」
「なし」
即答。
完全な否定。
ヴァルドリックは、それを聞いてほんのわずかに視線を動かした。
「……そうか」
それ以上は追わない。
必要がないから。
空間が静まる。
その中で、別の気配が動いた。
軽い。
でも、純粋な不純。
「呼ばれてないんだけど」
ルキウス。
壁に寄りかかるように現れた。
「いやまあ、来ちゃったんだけど」
そう言って場違いに笑う。
エイドルは視線を向けない。
反応する必要がない。
ヴァルドリックも同じ。
「冷たくない?」
ルキウスが言う。
「せっかく来たのにさ」
軽く肩をすくめる。
数秒の沈黙。
「……何用だ」
ヴァルドリックが短く言った。
「いやー別に?」
ルキウスは笑う。
「ちょっと気になっただけ。あの子、ほんとに“なし”だったのかなって」
エイドルに視線を向けた。
エイドルは答えない。
必要がないから。
ルキウスは少しだけ目を細める。
「ねえ」
小さく言う。
「“つまんなかった”でしょ?」
沈黙。
だが、ほんの一瞬だけ、空気が揺れた。
それで十分だった。
「あーあ」
ルキウスが笑う。
「やっぱりね」
楽しそうに続ける。
「構造ってさ、正しすぎると見落とすよね」
エイドルが初めて、わずかに視線を向けた。
「見落としはない」
「ほんとに?」
ルキウスが返す。
「“再現性なし”ってさ、ただの一回限りって意味でしょ?」
続ける。
「でもさ」
少しだけ声が落ちた。
「一回しか起きないものって、逆に一番面白くない?」
そう言って小さく笑った。
構造にとって危うい思想。
ヴァルドリックはそれを聞いていた。
否定しない。
肯定もしない。
ただ、判断している。
「……不要だ」
やがて言った。
「構造に寄与しない」
「うん、知ってる」
ルキウスは頷く。
「でもさ」
一歩下がる。
「それ、ちょっとつまんないよね」
笑いながらも、ルキウスの気配が徐々に薄れていく。
そして場違いな笑い声の余韻を残して、消えた。
再び静寂が戻る。
エイドルは再び正面を向いた。
何も変わらない。
あるべきままに。




