第104話 鑑賞の時間
夜はいつもより少しだけ明るかった。
月のせいか、霧が薄い。
人の気配は少ない。
静かだ。
その中で、一つだけ違う温度があった。
軽く、穏やかな笑い声。
「あーあ」
ルキウスは壁にもたれて空を見ていた。
「終わっちゃったかー」
残念そうに言う。
でも、本気じゃない。
むしろ、どこか楽しそうだ。
「いいよね、ああいうの」
誰もいないのになにかに語りかけるように話す。
「ちゃんと壊れてく感じ」
小さく笑う。
足元には、まだ乾ききっていない血。
つま先で触る。
「でもさ、あれ、壊れ方としてはちょっと弱くない?」
首を傾ける。
「だって最後までさ、“どうでもいい”で終わってるんだよ?」
楽しそうに言う。
「……もっとこう」
手を広げる。
「ぐちゃぐちゃにさ、なるとこ、見たかったなあ」
素直な感想。
でも、それだけじゃない。
少しだけ、目が細くなった。
「……まあでも、あれはあれで綺麗か」
自分で納得する。
「選ばないまま終わるって」
小さく笑う。
「なかなかできないよね」
終始楽しそうに呟いた。
そのとき、背後に気配。
ルキウスは振り向かなかった。
「見てたでしょ、エイドル」
軽く言う。
影が動く。
あの構造側の男が静かに立っていた。
「観測範囲外である」
淡々と短く言う。
「うそつけ」
即答。
「めっちゃ見てたじゃん」
男――エイドルは反応しない。
「で?」
ルキウスが続ける。
「どうだったの、あれ」
「処理完了」
それだけを返す。
「いや結果じゃなくてさー」
少しだけ不満そうに言う。
「評価。あの子、どうだったの?」
エイドルは、少しだけ間を置いた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「不適合」
簡潔に答える。
「処理済み」
「うん、それは知ってる」
ルキウスは笑う。
「でもさ」
エイドルに一歩近づいて、口角を上げた。
「ほんとにそれだけ?」
少しだけ低い声。
エイドルは沈黙する。
ルキウスはその顔を覗き込んだ。
「ねえ」
小さく言う。
「“つまんなかった?”」
その瞬間。
ほんのわずかに空気が揺れた。
エイドルは答えない。
でも、完全に否定もしない。
ルキウスは、それを見て笑った。
「あー、やっぱり」
嬉しそうに、楽しそうに。
「ちょっと足りなかったんだ」
「構造ってさ、正しすぎると、つまんないよね」
危うい言葉をさらっと言う。
でも、止まらない。
「だからさ」
ゆっくりと笑う。
「次、ちょっと遊んでいい?」
軽い口調だった。
エイドルは即答する。
「制限あり」
短く続ける。
「逸脱は許可されない」
「はーい」
ルキウスは軽く手を上げて返事した。
「じゃあさ、壊し方、変えてみよっか」
楽しそうに言って月の下で笑う。
その笑顔は、美しくて、完全に狂っていた。




