番外編 暖かい日
暖かい昼だった。
霧は薄い。
陽の光が、ちゃんと地面に落ちている。
レブラートにしては、珍しい日だった。
「……こんにちは」
イレーネが言う。
少しだけぎこちないけれど、ちゃんとした声。
「こんにちは」
パン屋の店主が笑う。
「今日はどうする?」
「……これと、これ」
少しだけ距離を取ったまま指をさした。
「はいよ」
慣れた手つきでパンが包まれる。
受け取るときも、触れないように少しだけ気をつける。
「……ありがと」
「いつも丁寧だねえ」
店主が笑う。
イレーネは、少しだけ考える。
「……そうかな」
「うん。優しいよ」
その言葉に、ほんの少しだけ、表情が揺れる。
「……そうだといいな」
はにかんで小さく言った。
店を出る。
手元からはパンの匂い。
温かくて少しだけ安心する。
公園も賑やかだった。
子供たちの声。
走る音。
笑い声。
イレーネは、少し離れた場所に座った。
距離は保つ。
でも、見ている。
「……いいね」
ぽつりと、誰に言うでもなく口に出した。
パンを一口食べると、まだ温かい。
味は、ちゃんとする。
でも、それだけ。
少しして。
「……ねえ」
声がする。
振り向くと、小さな女の子。
「それ、おいしい?」
まっすぐな目で聞いてくる。
イレーネは、少しだけ考える。
「……たぶん」
曖昧に答える。
「たぶん?」
女の子は笑った。
「……よくわかんないから」
正直に言うと、女の子は少しだけ不思議そうにした。
「でも、あったかいよ」
続ける。
それは、ちゃんと分かる。
「ふーん」
納得したような、してないような顔。
「じゃあいいや」
それで終わりとばかりに、またどこかに走っていく。
イレーネは、それを静かに見ていた。
「……ああいうのが」
小さく呟く。
「……いいんだろうな」
自分に言う。
理解している。
全部じゃないけど。
それでも、近づこうとしている。
それで十分だった。
空を見ると少しだけ青かった。
珍しい。
そのまま、目を細める。
何も起きない。
ただ、時間が流れる。
それだけの、日だった。




