狩猟祭
こんな話数になるとは思わなった。(まだ中盤くらいです)
狩猟祭前日となり、会場となるのは領地南にある平原だった。バジーレ辺境伯領は、隣国との国境線すら山中という山岳部となる。山の裾野も丘も多く、人々が集う町村の大体は山の麓に作られている。平原の端に作られた領都と高台にあるバジーレの城塞も元は小山であり、祖先によって開拓されて作られた土地だという。
領地の規模に比べれば、僅かな面積の平原は農地となるが、隣国に近しい土地は人の手は入っていない。二番目の姉スプレンディドの外交成果により落ち着いてはいるが、隣国は明確な敵国であり、未だに斥候を送る好戦的な一面があるからだ。
だからこそ、会場として使われることになった。猛々しいバジーレ領軍の騎士や兵士を敢えて見せ、隣国の戦意喪失を図り、増えた獣を狩る。軍の中では、これを一石二鳥と捉える者も多いという。
「逆に刺激を与える可能性がある。当主権限で行使するとは、考えなしと言われても仕方がない」
バジーレ辺境伯家の大型馬車は、威光を示すために豪華であり、堅牢だと分かる重厚さを持ち合わせていた。その中で外出用の赤いドレスを身に着けたプルデンテは、隣に座る黒い軍服姿のアストゥートが、対面するように席に座るバジーレ辺境伯向かっての厳しい言葉を耳にした。
アストゥートの膝の上には、一歳を過ぎて覚束ないながら歩けるようになったファビオラ。四歳を迎えたテオドラは、それよりも緑広がる景色に夢中だと、プルデンテの隣で窓の外を眺めていた。
「狩猟祭の詳細はお前にも話したはずだが?」
「開催に関してはな。その場所は教えてくれなかった。まさか、国境線の町の脇だとは思うまい。あちらの斥候が潜んでいる可能性のある場所だ」
「だからこそ今のバジーレ軍の精強さを見せる必要がある。あちらは我が国の第二王女殿下との交友により、国家君主による侵略の意思は削がれた状態だ。斥候を送っているのは直接隣接しているビセンテ伯だ。我々の祖から領土戦争を繰り返した相手。国王からの命令違反には抵触しない程度に送っているようだが、その少数の兵が我が大軍を見て行動に移すなどありえん」
言い終えたバジーレ辺境伯は腕を組み、座席の背もたれに深く沈んで目を閉じた。アストゥートは小さく舌打ちをする。
会話を聞いたプルデンテは、時折跳ねるテオドラに向けていた視線を彼に向けた。煌めく金の色の瞳とかち合い、見られていたと知る。
「これは祭りであり、参加者の家族も足を運ぶ。お前の言う力のない女子供が大勢と集うんだ。各々に守り手はいるだろうが、有象無象が集まる大会には変わりないし、俺のプルや娘達の安全も確実じゃない。何かが起きてからではもう遅いんだぞ」
「・・・このバジーレ家の者に手出しをするなど愚か者そのもの。現れるはずはなく、万が一いたとしても直接私が手を下そう。だから気にするではない」
「指揮者として采配を振るうお前にそんな余裕があるわけがないだろう」
言葉に返事はなく、無言となったバジーレ辺境伯にはこれ以上話すつもりはないのだと分かった。
プルデンテと顔を合わせながら言葉を投げ付けていたアストゥートは、深く溜め息を漏らすと、右の片手で周りを興味深く見ているファビオラを支える。空いた左手はプルデンテが膝の上に置いた手を覆い掴んだ。
「武力を見せれば黙るという考えなしとは話にならない。プル、貴女も子供達も俺と編成した護衛騎士隊が守りますから、安心してください」
「アストゥートがいますもの。多少の心配はあれど、身の危険は感じません」
「その多少の心配すら拭い去りたい」
「それは、些か難しいと思います」
彼女は顔ごとテオドラに向けた。窓の外に何か見えたのか、また体を跳ねて、小さくとも嬉々とした声を上げていた。
「屈強な現役の戦士達による狩猟は、きっとこの子を刺激するでしょう。騎士の方に師事をと飛び出さなければいいのですが」
「・・・テオドラ。聞こえるか、テオドラ」
「まっくろい馬、かっこいい・・・!」
音からも察するに、会場に向かう騎馬の一団が目に映っているのだろう。父親の声など聞こえないほど夢中になっているテオドラに、アストゥートは呆れと息を吐いた。
「・・・俺の狩猟以外の時間でテオドラを見ておきます。離れるときは、護衛騎士隊にどこにも行かせるなと命じておきましょう」
「うにゃあ!」
「ファビオラもな。キラキラと輝くものが好きならば、剣や槍の穂先に興味を持つはず・・・ああ、敵国の間者に娘達。見るべきものが多すぎるな」
深く息を吐いた彼に、プルデンテは微笑みを見せた。
「私がお支えしますから」
「貴女だけが安らぎだ、プル・・・順番が回って早々に獣を狩ったら陣幕内に籠ろう。あとの時間は部下達に任せる」
「辺境伯家の跡継ぎが狩場から撤退を表明するとは、精神力が足らんな」
「なぜかテオドラを恐れて距離を置くお前に言われたくない」
単純だからこそ思ったことを口にしたらしいバジーレ辺境伯だが、すかさずの反撃に口を閉ざした。プルデンテの目には、薄目を空けた彼が彼女の方を、おそらくは隣りにいるテオドラを目に映し、目が合ったために急いで顔ごとそらす様が見えた。
なぜ、これほどまでにテオドラを恐れるのか。不思議ではあるが、最近では原因を何となく察することができた。
馬車は小石を踏んだのか、何かが足元で跳ねて当たる音が聞こえる。安定した高級馬車であるのに揺れが多少強くなる。
会場の平原は近い。バジーレ辺境伯が恐れるテオドラが立ち上がったことで、プルデンテは素早く抱き支えると、座席に座らせた。
「おかあさま」
「テオドラ、貴女が興奮する気持ちは理解します。貴女が夢とする騎士の皆様が沢山いますもの・・・だから、だからこそ落ち着きましょう。貴女は騎士達の上にいる立場です。落ち着いた姿を見せないと騎士の皆様に呆れられて、誰も師匠にはなってくれませんよ」
「そ、それは、ヤです。おちつきます・・・すわって、にっこり・・・」
「ええ、そう・・・落ち着いていてね」
きっと会場に着けば、この言葉は無意味になるだろうと理解しつつ、視界の端に捉えたバジーレ辺境伯がホッと息を吐いたと気付く。彼に目配せをして微笑めば、僅かに口元に笑みを浮かべるほど表情を緩ませた。
(ただ恐れているわけではないわ。祖父として心配はしている・・・お話を伺うべきかしら?)
「時折」
耳元で囁きが送られる。突然のことに小さく体を跳ねれば、次は息が吹きかけられた。
「ア、アストゥート」
「貴女と父の交流を見ていると苛立ちを感じてしまいます。義理の親子であるとは分かっていても心が燻る」
バジーレ辺境伯との交流で溝は埋まりつつあれど、次はアストゥートが嫉妬心を見せてきた。彼は家族として、立場からの職務のためだと分かってくれてはいるが、気持ちが抑えられない。その気持ちは夜の時間に荒々しくぶつけられるが、プルデンテ自身がどうにかできるものではない。悦びとして受け入れると決めたことで、彼女は口元を緩めた。
「私の心も体もアストゥートだけだと昨夜にも・・・理解いただけたはずですわ」
顔を寄せて吐息混じる囁きを返せば、アストゥートは口元を覆って目線をそらす。何か、きっと凄まじいことを考えていると理解しつつ、プルデンテは彼の体に身を寄せて触れ合わせた。
その腕に支えられて座るファビオラが、母が近付いてきたと気付き、身に着けているドレスの袖を掴んだ。幼子に微笑みを向けながら、額にかかる前髪を優しく撫で上げる。
領地の中心である城塞から、三時間ほどの走行の末に辿り着いた会場。平原に石と木組みの物見、つまりは観覧席があり、周辺には参加者の陣幕、商人による屋台群も並んでいた。
アストゥートの介助を受けて馬車から降りたプルデンテは、先行くことで護衛騎士に止められているテオドラを見つつ、腕の中のファビオラを抱え直した。
大平原という規模ではなく、高い山麓から伸びた裾野の合間にある平野といったところ。景色として遠くを見れば、霞がかった地平に農地がある。それも山から伸びる森の手前にあった。
「なぜ領地南で狩猟祭となったのか、よく分かったわ」
「わかちゃ」
「ファビオラも分かったのですか?それとも私の言葉を真似しただけかしら・・・獣の生息する森が近く、おそらくは北部の山脈から続いている。城塞のある領都だけでなく、街道もバジーレの先祖が正しく切り開いたのね」
歩きながら言葉を漏らし、ファビオラが重みからずり落ち始めたことで、再び抱え直す。思考もすることで歩みの遅いプルデンテに、歩調を合わせたアストゥートが身を寄せた。
「身に迫る危険の回避に加えて、出産に育児があるから領都から先には出さなかった。だから驚かれたでしょう。貴女が目にしていた領地の景色は切開かれた土地。隣国との戦争で開拓は進まず、ほぼ未開の土地となります。町村も、森や山の中に障壁で囲まれて点在している。バジーレに住まう達は、度重なる戦いと獣害という脅威に晒されながら生きています」
「ようやく理解しました。バジーレの戦士の武骨な強靭さは、人だけでなく獣との戦いも身近にあるから・・・開拓の余地はあるかと。隣国の動向さえ抑えることができれば、バジーレは住みよい土地になるでしょう。勿論、現状では難しいとは理解もしています」
「そうですね・・・祭りの場で話すことではなかった。選ばれた第一陣が狩猟に向かいます。急いで観覧席に」
「じゃま!きしがみえない!」
アストゥートと言葉を交わす最中に、テオドラの大声が響いた。先に騎士の一団が見えたらしく、鎧姿の大柄な護衛騎士達が作る壁を越えようと、繊細なレースの飾るドレス姿で跳ねている。跳び越えることなどできないはずなのに、不満を表す地団駄のつもりかもしれない。
「・・・止めてきます」
「ええ、お願いします」
抱き上げている幼児服のファビオラが、プルデンテの胸元を飾るルビーと金の首飾りを手で弄んでいる。彼女に注意を向けなければならないプルデンテは、溜め息を漏らして先に進むアストゥートを見送った。
ゆっくりとした歩調で進む彼女の目には、拒絶の大声を上げながらも手足を振るって抵抗を見せるテオドラが、父親に抱き上げられる光景が映る。
「観覧席はこちらです、王女殿下」
「いい加減、名前でお呼びください。お義父様」
「最初こそ誤解はありましたが、貴女は敬する王家の姫。例え臣籍降下となっても、その身に流れる血から敬愛すべき方ですから」
(・・・お義父様は単純に加えて純粋でいらっしゃるわ)
だからこそ、部下から聞かされた噂を信じてしまったのだろう。
気持ちを内に留めたプルデンテは、再びずり落ちかけたファビオラを抱え直し、バジーレ辺境伯の先導で観覧席に向かう。
高くしっかりと積み固められた石の台座に、木組みの支柱と段差の上には装飾の彫られた台座。高い位置で状況を目にするべく、設けられた観覧席。木製でありながら豪華な飾りぼりのある中央の座席は、開催の責任者で指導者の辺境伯の席。プルデンテは左側の座席、バジーレ家の者達の席に腰を下ろした。首飾りの一番大きなルビーを口に収めようとしたファビオラを、優しい声で注意しつつ、ルビーを掴む手を外す。不満と声を上げる彼女を宥めるように声をながら体を揺らした。
そうして過ごせば、すぐに追ってきたアストゥートが隣の席、バジーレ辺境伯との間の席に腰を下ろす。彼の腕の中には反抗心剥き出しのテオドラが、逞しい胸を力一杯押していた。
「はーなーしーてー!」
「離せば騎士の部隊に突撃するだろう。大人しくできないお前 を、俺は決して離さないからな」
「ヤーです!おとうさまはいじわる!」
「意地悪ではない。お前の身の安全を考慮しての捕獲だ」
「よくわからないこともいっててヤ!」
深く溜め息を漏らしながら、テオドラを離さないとしっかりと胴に腕を回していた。
「おかあさま」
隣りにプルデンテがいると気付いたテオドラは、助けを乞うてか眼差しを向けてきた。彼女は首を振って拒否を示せば、テオドラの顔は不満で膨れる。
「テオドラ、母は落ち着いているようにと馬車の中で言いましたよ。それに、ごらんなさい。狩猟祭の開会です」
観覧席の前を手で示す。テオドラの視線はその手に向かい、見えた光景に青い瞳の目を見開いた。
観覧席の前には木製の物見台があり、領軍の幹部である軍人達、辺境伯の副官が並び、その中心に佇むバジーレ辺境伯が対面する騎士や兵士、狩猟祭に参加する戦士の軍団に号令を上げていた。
雄々しくも大声の宣誓は青空に響き渡って浸透している。背後の観覧席にいるプルデンテにもよく聞こえた。テオドラと腕の中のファビオラも、祖父の大声に見開いたままの目をそらさない。
「父の宣誓が終われば、第一陣がここから東の森から攻めます。まず猪を狩り、血の匂いに誘われた肉食の獣を誘き寄せる」
「肉食の獣、狐や狼でしょうか?」
「熊も狩るつもりです。本年の獣害は熊が多い。領地北部から伸びるように広がる山脈の奥を住処にしているはずなのに、人の集落まで降りてきている。この平原でも被害の報告があります。あの森の中にいるとも推測できる」
アストゥートが指差す方角に目を向ける。緑深い森の中がどのようなものか。王城と城塞の中で過ごした彼女では、正確に想像することができない。
「勇敢な戦士達に感謝を・・・」
「父の宣誓が終わった。第一陣が出ますよ」
一斉に声が上がり、軍団の一部が動いた。騎兵のあとに歩兵達が続き、眼前に広がる森の東側に向かっていく。
「祭りというよりは、戦場に向かわれるようですね」
「戦場であり祭りです。彼らが誘き寄せて狩った獣の肉は皆に振る舞われる。屋台の商人達の中にも発注をした者がいるだろう。皆、彼らの無事と狩猟の成果を心待ちにするんです」
「では、私は皆様の無事を祈りましょう」
「きしのみんな、とつげきした。テオドラもいきたいです!」
会話の最中にテオドラが声を張り上げた。騎士を目にする彼女は、プルデンテが思っていた以上に興奮している。
「行ってどうする。君にはまだ早い。俺が訓練の許可を出して、もっと成長してからだ」
「いまからくんれんしてとつげきします!」
気持ちが抑えきれないと手足を振るって拘束を解こうとする。姉の様子に目を白黒とさせたファビオラを眺めながら、プルデンテは笑みを浮かべた。
バジーレ辺境伯が物見台から部下の軍人達と戻る。彼の座る席の右に、彼らは並んで腰を下ろした。小さく見える軍団の動向を見守っている。
「アストゥート、一陣が戻ったのなら、第二陣の指揮を取れ。狼の遠吠えが聞こえた。獲物は近い」
「・・・畏まりました」
公の場であることから、アストゥートは父ではなく上官に向けての言葉で答えた。
彼は腰を上げると、控えている護衛騎士の前にテオドラを立たせた。面倒を見るように伝えると、二人から離れて観覧席の欄干の前に立つ。
「すぐに行かれるのですか?」
「兵の何名かが戻ってきていています。狩猟の運搬か、負傷したのか分からないが、半数を切れば第二陣の出立となります。そろそろ準備をしなければ」
「そうですか、では・・・無事にお戻りとなることを祈っています」
「獣など、熊であろうとも俺の敵ではありません」
「おとうさまだけズルです!テオドラもいきます!」
「君の役目は俺と兵の無事を祈ることだ。母を心配させてはいけない。分かったな、テオドラ」
そう告げたアストゥートは、体の向きを変えて言葉なく進み、観覧席の段差を降りていく。
ファビオラを抱いたままプルデンテは立ち上がると、欄干へと足を進めた。眼下では、鋼鉄の鎧を纏い準備をするアストゥートの姿がある。彼は素早く着込むと、青毛の馬に跨り、第二陣として控えている軍団の前に出る。
宥めようとする護衛騎士の手を振り切って、テオドラが駆け寄ってきた。ドレスのスカートに抱き着くようにしがみかれる。プルデンテは感触で捉えながら、号令を上げるアストゥートを見つめる。
「お父様が出立されますよ」
「くろいお馬にのってかっこいいよろいきてます。いいなー、テオドラもああいうきしになりたいです」
「お父様は格好良く、強い方なので騎士として戦えるのですよ」
アストゥートの引き連れる第二陣は、疎らに戻ってくる第一陣とすれ違う。馬に引かせた荷台に積まれたのは仕留められた鹿や猪だろう。中には人の乗るものがあり、やはり負傷者も出るのだと理解させられた。
(どうか、ご無事で・・・)
相手は人間よりも力のある獣ばかりである。これからも狩猟する者達、アストゥートの無事を祈って、景色を目を丸くして見ているファビオラを更に胸に寄せて抱き締める。
「成果を見るに、かなりの量の草食獣を狩ったようだ。血の匂いは凄まじく、本丸である肉食獣共も血の匂いに惹かれてやってくるだろう」
「地上では捌かれた肉が調理されていますな。美味そうな匂いが漂ってきて腹が訴えています」
「全く、貴殿は食うことばかり考えよる。第二陣の相手は狼かもしれんというのに」
背後で聞こえるバジーレ辺境伯と軍上層部の会話。耳に入ったことで振り返れば、様々な表情を浮かべつつも談笑しているようだった。
何を思ったかテオドラが彼らに向い、自身よりも何十も年上の軍人達に対峙するかのように佇んだ。
「テ、テオドラ、母の元から離れては」
「テオドラもおとうさまのようにきしとして、かり?というものがしたいです!だれかかりをおしえてください!」
突然の発言に老齢ながら屈強な彼らは笑みを零した。一人、なぜだかやはりバジーレ辺境伯だけは引き攣った顔を浮かべている。
「テオドラ様は幼いながら勇ましい」
「狩りの前に訓練をしなければなりませんよ、テオドラ様。閣下の言う通りディニタ王女殿下を思わせる気の強さだ。男児が生まれなければ、やはりテオドラ様が跡継ぎとなられるのでしょうな」
その場には嘲りの声色も表情もない。彼らは幼い幼児に対して微笑ましいと言動に表していた。
ただ一人、バジーレ辺境伯を置いて。
「・・・第一王女殿下に似るなど、末恐ろしいことこの上ない」
引き攣った顔での言葉は呟き程度だったのだろうが、肌を撫でる微風の向きからプルデンテに届いた。
驚きは僅か。彼女は一瞬見開いた目を細めて、躊躇いなく軍人達へと言葉を投げるテオドラと、頭が痛むと額を押さえて項垂れるバジーレ辺境伯を交互に見た。
(やっぱりディニタお姉様に対する恐れから、よく似たテオドラにも恐れというか・・・いえ、どう接していいのか分からないのね。あの子は幼いからこそ遠慮がないもの)
「ぱぱぁ」
腕の中のファビオラが声を上げた。彼女へと顔を向ければ、ずっとアストゥートを見ていたようで、的確に遠方へと馬を駆る彼を丸い手で指し示している。
「ええ、お父様がこれから狩りを始めますよ」
そう言葉を向けると、抱え直してテオドラの元に向かう。
「皆様方、幼い娘のお相手をしてくださり、ありがとうございます。すぐに第二陣の狩猟が始まりますので、我々は席に戻ります」
対面する軍人達に会釈をする。彼らからすれば、元王女で無能と言われたプルデンテに思うことはそれぞれだろう。それでも態度には出さず、言葉はなくとも敬礼を返してくれた。
彼女はファビオラを落とさないようにしっかり抱き締めて身を屈めると、絶えず軍人達に強請っていたテオドラに語りかける。
「お父様が狩りを始めますよ。どのように戦うか、騎士を目指すならばしっかりと見て学びましょう」
「おとうさまが?みます!」
席に戻るように促して、彼女が着席をするとプルデンテも隣に腰を下ろした。
あからさまに溜め息を吐いて安堵したバジーレ辺境伯の姿を目にしつつ、テオドラと並んで平原を、森の前に陣を敷いたアストゥートを見る。遠さから声は聞こえずとも、指示を出しているのだとは分かった。重装の歩兵達が先鋒として森に向かい、緑の中に入っていく。アストゥートは馬上から見ていたようだが、けたたましい笛の音が突如として響いた。
「狼が出現したようだな」
「アストゥート様ならば問題ないが、兵はどうか」
プルデンテの目はアストゥートから離れない。彼が身振りから指示を出したと分かり、軽装の弓兵が森に対面するように一列に並んだ。
また警笛が轟く。次の瞬間に重装兵達が森から駆け出て、その背後から二つの黒い塊が飛び出してきた。
「なんて大きな狼!」
思わず声を上げてしまう。彼女が図鑑でのみ知る存在ではあるが、大柄の騎士二人分ほどの体長は巨大と判断が下せた。それが二頭。逃げているように見える重装兵を追い、弓兵の列に向かっていく。
あと少しで接触するところだった。突然重装兵達が二手に分かれると、無数の矢が大狼に真っ直ぐに向かっていく。二頭は驚いたのか一瞬動きを止めたが、素早く飛び退くことで全射命中とはならなかった。背や後ろ足に数本突き刺さり、辺りに響き渡る唸り声を上げながらも、弓兵の列に再び突進し始めた。
「っ!」
兵の死が脳裏に過ぎり、体に力が入る。しかし、プルデンテは腕にある温もりからファビオラがいると思い出して、すぐに体の力を抜いた。
息を吐いて、一度だけ瞬きをする。その一瞬で、アストゥートが動いていた。馬に騎乗したまま弓兵達の前に出ると、手にした槍を構えて、突進していた大狼の一頭の頭に穂先を食い込ませる。
獣の悲鳴が轟く。正しく彼が仕留めた大狼のもので、その叫びに躊躇をせず、槍を動かして頭を串刺しにした大狼の体を天に掲げた。
「・・・すごい」
聞こえたのはテオドラの声。父親の武骨で屈強な戦い方、もしくは巨大な大狼を片手で掲げる怪力に感嘆としていた。
アストゥートは血振りと同時に死体を地面に叩き付けると、足の止まったもう一頭に馬に跨ったまま近付く。
怯えは一瞬だけだった。残された大狼は、背中を屈めた体勢になると、すぐさま彼へと飛びかかり、そして無数の矢の的となった。音を立てて地に落ちる大狼。巨大な個体だった二頭は僅か数分で狩られた。
「見せつけるように戦いおって・・・効率の悪いことだ」
「よろしいではないですか、閣下。アストゥート様も家族に己の勇猛さを見せたいのです」
「美しい妻の心を離さぬためにも、逞しいと見せつけたい年頃なのでしょう」
「貴殿らの中で、あれは幾つの男児に映っているのか」
何やらバジーレ辺境伯と軍人達が話しているが、プルデンテは顔すら向けられなかった。表情こそは見えずとも、ひたすらアストゥートに顔を向けられると分かり、そらすことはできなかった。
「おとうさま、すごくおつよいんですね。テオドラ、おとうさまにくんれんしてもらいたいです」
「ええ、そうね・・・目が離せないほどお強く格好良いお父様だわ」
テオドラの嬉々とした声にも言葉だけを返して、プルデンテは夢中とアストゥートの動きを目で追った。




