幸せの只中
最終回となります。
灰色の瞳に映る高貴な人々。臣籍降下により、軽率に話しかけてはいけない最上の存在。
だが、ソファに座って会話をしていたらしい彼らは、プルデンテの登場に顔を向け、即座に立ち上がる。
「プルデンテ!」
真っ先に手を伸ばして歩み寄ってきたのは母親である王妃だった。緩やかなウェーブを描く金の長髪は光を受けて輝き、煌めく翡翠の色をした瞳。乱れなく鮮やかな赤のドレスを身に着けた美しい人は、微笑みを浮かべてプルデンテを呼ぶ。
目を丸くさせるファビオラと繋いだ手を離さずに、プルデンテが一歩踏み込めば、王妃は躊躇いなく身を寄せた。彼女の腕を撫でると、その手を肩に回して緩く掴む。半身を預けるも、プルデンテよりも背の低い王妃が寄り添ったような体勢になっていま。彼女は少し目線を下げて、嬉しそうに細まった翡翠の瞳と目を合わせる。
「お久し振りにございます、王妃殿下」
「まあ!そのような他人行儀な挨拶をされるなんて!久方振りに顔を合わせたことで緊張していますの?気になさらないで、私は貴女の母ですもの。お母様と、また甘えてほしいですわ」
「いえ、あの・・・私はバジーレ辺境伯家の者として、この度の戴冠式に参じたのですが」
「ええ、そうですわね。十年振りとなる帰郷で、貴女の家族を・・・まあ!なんて可愛らしい姫君でしょう!容姿と年齢から推測して、そうですわね・・・ファビオラちゃん、でしょうか?私は貴女のお祖母ちゃんですのよ?分かりますか?」
すぐ隣にいるファビオラを目にした瞬間、王妃は身を屈めて幼い彼女の目線に合わせた。突然のことに驚いていたファビオラは、体を揺らすことでスカートを踊らせていたが。だが、慈愛の微笑みを向けられ続けたことで、その愛らしい顔を頬を赤らめる。
「はい、ファビオラです・・・はじめまして、王妃殿下」
「まあ!王妃殿下なんて!貴女は私の可愛い孫娘ですのよ?お祖母ちゃんとお呼びくださいな」
満面の笑みを浮かべる顔に両手を添え、シミも黒子もない白い頬を包みながら、王妃は恥じらうファビオラを見つめる。
根負けしたファビオラが「お祖母様」と呼べば、彼女は満足と頷いた。
「プルデンテの娘らしく可愛くて賢くて・・・お待ちになって、子供は三人と聞き及んでいます。テオドラちゃんとヴェネリオちゃんという子が、まあ!あの子がテオドラちゃんですわね?まあ、まあ、ディニタの言っていた通りですわ。何故だがディニタに似ていて、いえ、当然ですわね。貴女達は姉妹ですもの。孫の代で似た子が生まれるのは」
「カリーナ」
明確に興奮状態だった王妃に落ち着いた重低音の美声がかけられた。驚きから佇むだけのテオドラに歩み寄ろうとした彼女の足も止まり、多少不満だと落ち込んだ表情になりながらも振り返る。
王妃に声をかけたのは勿論、夫である国王だった。王家の色である銀の短髪は前髪を後ろに撫でつけ、怜悧な印象を与える青い瞳を隠さずにいる。黒の礼服を纏う年齢を感じさせない若々しい美丈夫は、威厳に満ち溢れていた。その背後に軍服のディニタと夫、優しい色味のブラウスとトラウザーズを着たエーリオ王子を控えさせている。
「プルデンテとの再会が喜ばしいのも、孫達が可愛いと思う気持ちも分かる。しかし、バジーレ家は遠い地からようやく辿り着いたばかりだ。旅の疲れもあって君の対応ができない」
「まあ、そうでしたわ。ごめんなさい、プルデンテ。喜びから気持ちが高ぶってしまっていました。今、落ち着きますわね」
そう言いながら王妃は一度プルデンテと目線を合わせると、優しい微笑みをテオドラに向けた。慌てた彼女が敬礼で返せば、不満だと眉根を寄せてる。
プルデンテは再び父親である国王へと顔を向けた。降嫁により離れていた十年。記憶の中にあった父よりも年を取っているとは思うが、王妃と同様に年齢を感じさせない。防衛のために戦場に立つ国王は雄々しくも美しく、以前から自身の父親であることを不思議に思ってしまう。
国王はプルデンテと視線を合わせた。柔らかな笑みを浮かべるも、アストゥートに視線を向けた瞬間、窺うように青い瞳の目を細めた。
「遠方からよくぞ参ってくれた。バジーレ辺境伯家は現当主であるオルランド・バジーレが領地防衛のために出席を辞退したと報告を受けている。つまりは、アストゥート・バジーレ。貴殿がバジーレ家の代表ということだな?」
感情を見せずに静観していたアストゥートは、一歩前に出ると敬礼をする。
「はい、我が国の国王陛下にご挨拶を申し上げます。次代のバジーレ辺境伯となるアストゥート・バジーレ。ご息女のディニタ第一王女殿下の女王戴冠式に妻子を伴い参じました」
「ああ、ご苦労・・・しかし、妻子か。我が娘プルデンテとの結婚はディニタが主導して決めたこと。ほぼ事後報告であり、父親である俺からすれば、気付いたときには娘を取られていたという感覚がある」
「国王へい、いえ、お父様」
アストゥートを睨みつける実父を、プルデンテは諌めようとした。
「ええ、即答で承諾したことにより、何よりも代えがたい妻を得ることができました。プルデンテはバジーレ領を盛り立てるために協力は惜しまず、今は三人もの尊い子供達の母でもあります。このような幸福を得られたのは国王陛下の許しがあってのこと。その御心に感謝を申し上げます」
素早く頭を上げて言葉を返したアストゥート。その顔は僅かに口角を上げるだけで、相変わらず表情が乏しく映る。だが、家族以外の人前ではあまり感情を見せないと思っているプルデンテには、彼の精一杯の笑顔に見えていた。
「夫婦で戴冠式に参列できることを喜ばしく思っています」
アストゥートに続いて言葉を送る。
国王の鋭い眼差しはそのままプルデンテに向かう。瞬間、視線の強さは和らいだが、彼は大袈裟に思うほど深く息を吐いた。腕を組み、青い瞳の目だけはアストゥートに向けている。
「カリーナ、こちらに戻るように。君がプルデンテに身を寄せているからソファにも座れない」
「そうですわね。では、暫しの休憩としましょう。貴女がアストゥート殿と統治しているバジーレ領のことも、可愛い孫達のお話を聞かせてくださる?まだ赤ちゃんだというヴェネリオちゃんがいないのはら先にお部屋に行かれたからでしょうか?一歳の赤ちゃんには長旅ですものね。疲れて眠ってしまうのは仕方のないことですわ」
王妃は話しながらも、立ち尽くしていたテオドラを手招いた。気付いた彼女が歩み寄れば、プルデンテを抱き寄せる手は離さずに、もう一方の手をテオドラの背中に添える。
王妃の非常に華奢な体躯は、筋肉質な国王と比較することで細く小さく見える。それでも意志の強さからか、王国の王妃たる威厳か。有無を言わせない雰囲気を纏う彼女によって、プルデンテと娘達はソファまで誘われた。
「母上の快活さは変わらずだろう?」
「いえ、以前よりもお元気だと思います」
「ははっ、それはそうだね。お前と離れることで随分寂しくされていた。プル、十年分の寂しさを癒やして差し上げなければいけないよ」
「まあ!ディニタ、私は存じていますよ。先程陛下も仰っていましたもの。貴女がプルデンテをアストゥート殿に渡したと、母はよく理解しています。良い結婚生活だとプルデンテ自身が手紙に綴ってくれたからこそ私は平静でいられますが、もし、もしもですよ?虐げられていたとしたら、母は貴女にも折檻をするところでしたわ!」
すれ違うところでディニタと交わしていた会話に、憤りから上目遣いをする王妃が遮った。娘である二人よりも背が低いからこそ上目になってしまい、優美な顔立ちのせいで迫力はない。しかし、自身を介さずにプルデンテの結婚を決めたことを未だに怒っているとは分かる。
「おっと、王妃殿下がお怒りだ。よい結果になったのだから、今更不満を言われても困りますよ」
「母に向かってそのような他人行儀に!貴女はまず『お母様、ごめんなさい』と可愛らしく謝るべきですわ!」
「はははっ、嫌です」
笑顔で躱したディニタは、場を乱さないために静観を決め込んでいた夫を伴ってアストゥートに歩み寄る。彼は国王も含めた三者に詰められた様子だが、変わらず感情もなく無表情で対応していた。
「テオドラ、ファビオラ。お久し振りです」
「お久し振りです、エーリオ王子殿下」
「エーリオ王子殿下、お会いできてこうえいですわ」
父母にはついて行かず、ソファの前に佇んでいたエーリオは娘達に挨拶をした。プルデンテも敬礼と頭を下げようとしたが、何故か王妃に止められて、ソファに座ることを促される。娘達を左右に配して座れば、王妃はエーリオと共に向かいのソファに腰を下ろした。
「今は家族の時間ですのよ。仰々しいご挨拶は式典等の公の場のみで十分」
「ですが、お母様。私は降嫁したことで王族籍ではなく、娘達も臣下であるバジーレ辺境伯家の者です」
「臣下としての姿を見せるのは公共の場のみでよろしいのです。我が子から他人行儀にされ、まだ幼い孫達からも恭しく接されたら私はとても悲しくて、立場が悪いのだと陛下との別居を決意してしまうところですわ」
「な、なぜ別居を、いえ・・・別居をされてもお母様は王国の王妃殿下という立場は変わりません。ですのでお母様が仰る通り、家族として私達が接します。よろしいですね、テオドラ、ファビオラ」
「はい・・・では、お祖母様。会えてうれしいです」
「お城でお泊りできるなんて、お姫様になったみたいでうれしいですわ〜!ありがとうございます、お祖母様!」
笑顔を向ける二人に王妃は蕩けた笑みを浮かべ、隣に腰をかける柔和な表情のエーリオの肩を抱く。
「貴方も含めてですわよ?私、可愛い孫達に囲まれて幸福の最中にいます。まだスプレンディドの結婚が決まらず、でも、結婚が全てではないでしょう?そこはあの子の決断に任せています。それで、ディニタは役目もあって政略結婚でしたけれど、可愛らしくて賢いエーリオちゃんを生んでくれました。遠く離れたバジーレに連れて行かれた貴女も、美しくて賢いテオドラちゃんとファビオラちゃんを・・・まあ、そうですわ。ヴェネリオちゃんともお会いしたいですわ。とても可愛らしい玉のような赤ちゃんだと教えてくださったでしょう?赤ちゃんだからお腹が空いたら起きて、いえ、そうですわ。あなた達も旅で疲れていますね。すぐに軽食の用意をしましょう。よろしいかしら、お茶と焼き菓子の用意を」
相槌しかできないほど矢継ぎ早に話す王妃。プルデンテは「母はここまで多弁だったか」と一瞬だけ思い、蘇った記憶から「そうだった」と納得して、相槌に見えるように頷いた。
お茶を交えての談笑が始まって二十分ほど。綺麗な所作で食べる子供達を王妃は褒めちぎる。
「幼くして作法を体得しているなんて、私の孫は皆賢くて可愛いですわ」
もはや何度目かも分からない称賛の言葉に、プルデンテは微笑みを見せて紅茶を一口飲む。彼女はその一瞬の間にアストゥートへと流し目を向けた。
国王から何かしらの言及を受けている。窓際のソファからでは暖炉を前で三者から、主に国王に詰められている彼が何を話しているかは聞こえない。だが、無表情を保っているからこそ平静であるとは分かる。
(ディニタお姉様が諸々を整えたあと、一度だけご挨拶はしたと伺っているもの・・・でも、今思えば何もかもが早急だったわ。多忙なお父様達が対応しようにも)
「プルデンテ、お菓子はお口に合わなかったのですか?」
「あ、いいえ。紅茶の好ましい香りを堪能していただけです」
子供達と同様にプルデンテにも焼き菓子が用意されていた。たっぷりとクリームが盛られたシフォンケーキとカボチャのタルトの載せられた皿が目の前に置かれている。「子供に混じって」という躊躇いは、「私にとっては貴女も子供ですわ」という発言で躱された。
多少の現実逃避だったのだろう。夢中になって食べる我が子達に混じるという恥じらいから、アストゥートに助けを求めて視線を向けていたのかもしれない。
「夕食までお時間はありますし、アストゥート殿も陛下達と交流の最中。確実に長いお話となりますから、糖分の補給も兼ねて食すべきですわ。貴女はよく考える子ですもの。思考を司るのは脳という臓器で、その脳の栄養は糖分だと母は知り得ています。だから食すべきです。ディニタよりもスプレンディドよりも・・・それにしてもスプレンディドはどうしたのでしょう?隣国から出立したと一週間前に手紙が届きましたが、妨害でもないかぎり、貴女達よりも早い帰郷となるはず」
話しながらも王妃が紅茶のカップを持てば、居間の扉がノックされた。話し込むアストゥート達も、王妃も子供達も扉へと顔を向ける。プルデンテはカップをソーサーに置くことで一拍ほど遅れた。彼女が扉に顔を向けた瞬間、すぐさま扉が開いて絶世の美女が姿を現した。
「スプレンディド、ただいま戻りました・・・まあ、プル!先に着いていたのね!」
並立つ艷やかな銀髪をポニーテールで纏めて、騎士服と思しき男装に黒い外套を羽織っている二番目の姉スプレンディド。他の家族と同様に十年振りの再会となった彼女は、プルデンテに気付くとすぐさま歩み寄ってきた。
ただ、国王達に詰められているアストゥートの前で一旦足を止めると、下から彼の体をなぞるように視線を動かして。
「アストゥート・バジーレ殿だったかしら?お久し振り、と言っても個人間では言葉すら交わしたこともないわね。お話はバジーレ領の視察に行かれたディニタお姉様から聞いているわ。プルが尽くす子で良かったわね」
それだけ言うと返答も待たずにスプレンディドは離れた。ソファの手前で足を止めた彼女は、騎士服を張り詰める胸元に片手を当てて、頭を下げる。
「第二王女スプレンディド、ただいま隣国より帰国いたしました。暫しの別れから一ヶ月ほど、王妃殿下の美しさに陰りがないことを喜ばしく思っています」
「おかえりなさい、スプレンディド。ところで貴女、また何かの劇に影響を受けましたわね?そのような芝居がかった仰々しい挨拶は止めなさい。「ただいま帰りました、お母様」と可愛らしく仰るべきですわ!」
「まあ、嫌です〜」
顔を上げたスプレンディドは微笑むと、美しい宝飾の輝きがある青い瞳の目を開いた。プルデンテに視線を向け、両隣のテオドラとファビオラに順々と視線を向けた。
「久し振りね、プル。貴女のバジーレ領での生活は聞き及んでいるわ。可愛い子供を三人も産んだそうだけれど、紹介してくださる?」
「ええ、スプレンディドお姉様。長女のテオドラと次女のファビオラです。さあ、二人ともご挨拶をして」
二人に顔を向ければ、二人ともスプレンディドを見上げて硬直していた。大きく見開いた目から驚いているのだと分かる。
「ディニタ伯母様と同じ騎士のお姫様だ・・・」
僅かな間のあと、テオドラが呟いた。その声がきっかけとなったのか、ファビオラが感嘆とした溜息を漏らして。
「騎士様のお姫様、やっぱりステキ・・・」
赤らめた頬に組んだ両手を添えて、うっとりとスプレンディドを見つめている。ディニタの時と同様の反応に、武装した姫君というものをファビオラは好むらしい。
たた、娘の個人的な嗜好からプルデンテは何も言わず、まずは自身が立ち上がって淑女の礼を取った。そうすれば、すぐに気付いたテオドラも続き、ファビオラだけは夢見心地だから立ち上がれず、深く頭を下げることしかできなかった。
「なるほど、赤ちゃんはお休み中だから先に部屋に行ってしまったのね」
向かい合うソファで、スプレンディドはエーリオの隣に座った。王妃と伯母である第二王女に挟まれた彼は、どこか居心地悪そうにしている。それを敢えて察しないのか、スプレンディドはエーリオの艷やかな髪を撫でながら、用意された紅茶を飲む。
右手は小さな甥を弄っているものの、絶世の美貌を持つ彼女の所作は全てが絵画のごとく。テオドラもファビオラも焼き菓子を食べる手が止まるほどだった。
「お母様のお姉様達はみんな騎士様なのですね〜・・・」
「あら、騎士ではないのよ?隣国、貴女達の領地の隣にある国がね、何度か私をご招待してくれるの。でも、最近は身の、なんて言ったら分かるかしら。そうね・・・隣国の国王陛下が私のことを気に入ってくださっているから、どうにかしてお城に住まわせたいみたいなの」
「それは、求婚されているのでは?」
「あら、名前はテオドラだったわね。テオドラは頭が良いわ。流石プルの子ね」
手にしていたカップをソーサーに戻したスプレンディドは、エーリオの頭を撫でていた右手を彼の左肩に動かし、自身に引き寄せてもたれかけた。「伯母様、ケーキが食べられません」という不満に耳を傾けるつもりはないようだった。
「頭が良いから分かるでしょう?あちらは敵国。平和条約、いえ、不可侵条約だったわね。そういう国際的な条約を結んだとしても安心はできないの。あちらは奴隷制度もあるみたいだし、女性の人権もね。外国人が定住するにも危険が付き纏うのよ。だから、意思表示のために武装をして脱出できたの」
「まあ、脱出だなんて。やはり貴女の出国の邪魔をしていましたのね。本当に、何百年経とうとも我が国にとって隣国は頭痛の種ですわ」
深く溜息を吐いた王妃はソファの背もたれにもたれかかると、隣のエーリオの髪を撫で始めた。二人は可愛いものを愛でることで癒しとしているが、受ける本人は不満だと珍しく顔に出している。
「お母様もお姉様も、エーリオ王子殿下のお食事の邪魔になっています。お止めください」
助け舟と声を出せば、二人はわざとらしく悲しそうな表情を作ってエーリオから手を離した。彼がホッと息をついて、残っていたタルトをフォークで切り分ける姿にプルデンテの表情も緩む。
「はぁ、癒しを失って寂しいわ。私は隣国の侵略を妨げるために身を粉にして働いているのに・・・ねぇ、テオドラ。伯母さんがかわいそうだとは思いません?怖い人達が怖いことをしないように頑張っているのに、可愛い子で労ってはいけないというのよ?」
「ええっと、それは・・・国のために心身ともささげる伯母様をとても頼もしく思っています。私も大人になったのなら、そのように国に剣をささげる騎士になりたいです」
「うぅん、ちょっと天然で真面目!ディニタお姉様に似ているのに正しくプルの子だわ!」
「スプレンディド伯母様!私は伯母様が大変だと思っています!おつかれ様です!」
「あぁん、可愛い!では、伯母さんを癒すためにもお膝の上にいらっしゃいな!」
スプレンディドに手招きされたファビオラは素早く腰を上げると、スカートをふんわりさせながら移動して、躊躇いなく彼女の膝の上に乗った。
スプレンディドはその細い胴に腕を回して抱き締めると、頬を擦り合わせる。
「くすぐったいですわ〜!」
「はあ、柔らかくてもちもちのほっぺ。小さいときのプルのようだわ。夜が怖いと私の部屋まで来たプルを抱き締めて、こうして密やかに頬の柔らかさを堪能したのはいい思い出よ」
「お姉様、それはいくつの時のお話ですか。幼児の頃のことを持ち出すなんて恥ずかしいですわ」
恥じらいから頬を染めたプルデンテは視線を落とす。彼女の視界には、自身が手を付けていないシフォンケーキとカボチャのタルトの皿が見えた。用意されたものを残すのは信条に反すると思いつつ、まだ手は動かない。
「テオドラは真面目でしっかり者、ファビオラは可愛くて素直な子。もう一人の赤ちゃんはどんな子かしらね?」
「私もまだお目にかかれていないのです。この家族の団欒を終えてたあと、夕食前にはお会いしたいわ。夕食後は明日の準備となりますもの。語らいは今日まで、いえ、明日が過ぎればいくらでも孫達と戯れることができるのでは?」
「先代王妃殿下には職務の引き継ぎと離宮への引っ越し準備があるのでは?一息吐けるのは離宮に越したあとだと思います」
プルデンテは顔を上げる。スプレンディドはしたり顔で、王妃は不満と眉を寄せてお互いを見つめてたが、彼女の視線に気付くと表情を緩めた。
「こうしてゆっくり言葉を交わすなんて本日限りなのですね。プルデンテ、貴女の様子からアストゥート殿との生活は円満だと理解していますわ」
「私も、お母様もお父様も、貴女の夫には多少の不満がある。推し進めたディニタお姉様が同調して責めているのは、まあ遊んでいるだけだろうけれど、急な結婚で貴女と引き離されて憤りがあるの。それなのに、それでも貴女は幸せなのよね?」
「ええ、ディニタお姉様の采配によって私は素晴らしい方と結婚することができました。これからも夫婦共に、愛らしい子供達と一緒にバジーレ領の平穏を守りたいと思っています」
心から思うことで自然と笑みが浮かぶ。王妃もスプレンディドも
多少戸惑いはあったようだが、彼女の微笑みを受けて同じように、僅かに寂しそうに微笑んだ。
夕食を終え、湯浴みも済ませた夜半。
用意された部屋は、プルデンテが王女だった頃に使用された部屋と、その続き部屋だった。清掃が行き届いていて、十年前と変わっていない。お姫様に夢見るファビオラは嬉々としてプルデンテが使用していた白と黄色を基調にした天蓋付きのベッドに乗り上げ、注意をしたテオドラも引きずり込んで寝そべった。
「明日の朝はバルコニーで小鳥と一緒に朝食を食べますわー」
「絵本に影響を受けすぎだよ。それでは、お母様のベッドをお借りします。おやすみなさい」
挨拶を交わして暫く続き部屋から見守れば、穏やかな寝息が聞こえ始めた。彼女達を起こさないように、プルデンテは音なく扉を閉じる。
続き部屋には天蓋付きのキングサイズのベッドが運び込まれ、質感や材質から国王が使用する家具と同様の最上級品だと分かった。恐れ多いと思うも、「明日は早いからゆっくりと体を休めるために用意をしてある」という国王自身の言葉を思い出す。
プルデンテとしては臣下として応対するつもりだった。しかし、王族である父親も母親も、姉達にとっても彼女は末の姫で家族のままだった。
思い直すことで肩の力が抜けた彼女は、先ほどまで父母と姉達に揉みくちゃといった表現が妥当なほど可愛がられて寝入ったヴェネリオと、彼を優美な彫刻の彫られたベビーベッドに寝かせたアストゥートに目を向ける。
柔らかなマットレスに下ろして一息吐いたアストゥートは、小さな寝息を立てるヴェネリオの柔らかな髪を撫でると、ブランケットを胸の上までかけた。
彼が顔を上げる。僅かながら疲れが見える様子に、プルデンテは眉根を寄せる。明確な原因を知ることで罪悪感すら得た彼女は、扉の横にあるサイドボードに近付いて、ワインボトルとグラスの載る銀のトレイを取った。
ソファに腰をかけたアストゥートのために、用意された王家御用達のワインをテーブルに載せる。
「お父様からの贈り物だと思います。長旅と王家の、私の家族のお相手をされてお疲れでしょう?」
「プル、貴女にそのようなことは」
「よろしいのですよ、貴方を労りたいのですから」
慌てた様子で差し出された手に、首を横に振ることで答える。そのまま間を開けず、ワインの口を塞ぐコルクにコルク抜きを刺し、力を込めて引き抜いた。小気味いい音を立てて注ぎ口の開いたワインボトルをワイングラスに傾ける。
澄んだ爽やかな色味の白ワインを、磨かれたグラスの半分まで注ぐ。
「・・・ありがとうございます」
プレートを手で押してアストゥートへと近付ければ、躊躇いつつも感謝をしてくれた。プルデンテは綻んだ表情を浮かべて、彼の隣に腰を下ろす。途端に大きな手に腰を掴まれた。白いネグリジェの生地越しに肌を撫でられ、刺激に耐えながら見守れば、アストゥートはグラスを摘み上げてワインを一口飲んだ。好ましい口当たりだったのか、本当に僅かながら口元が緩む。
「対面と共にお父様とディニタお姉様、王配となられるお姉様の夫君は静観されていらっしゃいましたが、とにかく、詰め寄られて言葉で責められたと感じています。スプレンディドお姉様も、すれ違う途中で何かしら仰っていたようですし・・・父と姉達の横暴を謝罪します。申し訳ございませんでした」
言葉と共に頭を下げようとしたが、アストゥートの体が近付くことで物理的に止められた。プルデンテは逞しい胸元が覗く濃紺の寝間着に頬を付けて、彼の顔を見上げる。
「貴女が謝る必要はない。俺は受けて当然の批判をされただけです」
「ですが」
「これからはプル。貴女が一切の危害を受けずに平穏に暮らせるようにします。この身を賭して貴女を守り、貴女が終生過ごすバジーレ領を平和を保つ。これは誓約ではなく、俺自身が課す義務です」
はっきりとした声と口調で宣言しながらも、見下ろしてくる金色の瞳の目は瞬きなくプルデンテを見つめ続けていた。
彼女は石化したかのように硬直していたが、深くゆっくりと息を吐いて体を弛緩させると、声を漏らした。
「なんて熱烈なのでしょう」
重さを伴う愛情だと自覚するまでやや時間はかかったが、理解と共に嬉しさを得る。
「初めて目にしたときから貴女しか見えなかった。思い焦がれた貴女が妻になり、共に生きてくれるという喜びを表すためなら俺は何でもします」
「私も、貴方の妻になれて幸せです。私のアストゥート・・・」
顔を寄せたのは無意識だった。愛しさを感じることで体が動いた。合図なくともアストゥートも顔を寄せて、二人は穏やかに眠る子供達に気付かれないように、密やかなキスを交わす。
王城にてプルデンテ付きだった侍女とシエナが協力して彼女を飾り立てた。クリームイエローのマーメイドラインのドレスは金糸の刺繍が施され、照明の光を受けることで控えめながら輝いていた。白いロンググローブで腕を隠し、ヒールのない白のパンプスを選ぶ。
アップにした髪はシニヨンで纏めて、残った横髪で作った編み込みを根本に渡らせる。髪に付けた小花が連なったデザインの金の髪飾りにはアメジストが嵌め込まれていた。控えめなデザインのイヤリングもビブネックレスも金製品。身に着けるアクセサリーはバジーレ領の金鉱山から産出し、バジーレ領の職人によって造られたもの。
化粧は彼女の顔のパーツをやや強調する程度に留めて、ブラウンを基調にした色味で抑える。唇の色も彩度の低い薔薇色。
本日こそはディニタの女王戴冠式。親族席を用意されていたプルデンテは、王妹として控えめな装いで参列する。
そのつもりだったが、シエナも侍女達も姿見で最終確認をするプルデンテの姿に見惚れていた。
正午前、王都の大聖堂。
武神と呼ばれた初代国王を守護神に据えた大聖堂にて、第一王女ディニタが国王より冠を受けて女王となる。
大聖堂の前の広場、道すら一般国民で埋め尽くされていた。貴族階級は内部に集っている。国政を担い、重要職に就く高位貴族達は大聖堂の祭壇の前に控え、中央を縦断する深紅の絨毯で左右に分かたれて整然と佇んでいた。
静かに、それでいて内心で高ぶりながらも待ち侘びる彼らの横、深紅の絨毯を王族達が祭壇に向かって歩き進む。女王の親族として最前列に並ぶためだが、その中に一際目を引く者がいた。
忠臣として支えていた現王弟夫妻ではない。美しい黒のドレスを纏う絶世の美女スプレンディドでもなく、幼くも美貌の王子エーリオでもない。彼らのあとに続く者、バジーレ家の紋章が付いた軍服を纏う黒髪金眼の美男子を連れ、王家の色を持つ子供達を引き連れた灰色の王女プルデンテに誰もが注目した。
落ち着いたデザインのドレスと控えめな装飾を身に着けているものの、彼女は非常に美しかった。彼らの記憶の奥、片隅にあった地味で無能な王女が、穏やかな雰囲気を纏う美女となり、連れて歩く子供達に慈愛に満ちた眼差しを向けている。
「もしや、あの灰色の王女か?」
「昨日登城したとは聞いていたが、よもやあのような・・・」
「王妃不義の子というのはやはり噂に過ぎなかったのか?あの娘達、美しい顔立ちとあの色は王家の者に間違いない。灰色の王女より伝えられたものだ」
「並び歩く男は夫なのか?色味からバジーレ家の者で、確かに現辺境伯の子息に嫁いだと言われていたが、もしや未だに夫婦なのか?即日に捨てられたという噂は偽りだったのか?」
密やかな声での呟き。それが複数になればざわめきになり、祭壇のある壇上にいる国王自らが注意の声を響かせる。
その喧騒が聞こえていない、むしろ耳を傾けるつもりがないのだろう。微笑みを称えながら最前列に加わった灰色の王女プルデンテは、あとに続いていた美しい娘達を迎え入れると列に並ばせる。彼女は隣に陣取るアストゥートに身を寄せて、彼の腕の中でまごつく礼服を着た赤子をあやし始めた。
「バジーレ家の色・・・あれが末の子供か」
「東の辺境伯家は名家ではあるが何故王家の親族として・・・いや、そうか。あの灰色の王女が嫁いだから外戚なんだ。あの子供達も王位継承権を有している」
「バジーレ領は一年近く前に隣国にある因縁の伯爵家から侵略戦争を仕掛けられたが、バジーレ家の尽力により退けたと聞いている。条約を結び、常時戦場状態を脱したようで、今は鉱物とその加工技術で栄えているとも聞いた」
「手詰まりだった開拓も進んでいると聞いているが、王家の外戚ならば資金援助を受けることで更なる発展も見込める。何より東の要所を守り抜いた実績は凄まじく、その信頼は厚い。それが灰色の王女を得るきっかけになり、今が好機となったか」
国王による怒号のような注意が響き渡る。流石にざわめきは静まり返り、ただ時間だけが過ぎていく。
誰もがプルデンテを見ていた。髪と瞳の色だけはそのままだったが、変貌を遂げたプルデンテから目を離せなかった。中には歯噛みした者もいる。若い貴族男性達は、彼女のことを見誤っていたと悔しんだ。
王家の色ではないくすんだ灰色に隠れて、否、関心を寄せなかったことで気付けなかった美貌。三人もの子を生み育てている強く健康な母体。何よりも正しく王家の姫であった事実に後悔をしていた。
噂と印象から無下にせず、関わりを持っていれば、プルデンテの夫となるのは自分だったと浅ましくも思い、身勝手に落胆をする。
もはや王家の外戚であるバジーレ辺境伯家の夫人となった彼女の心に、浅ましい者達が宿ることはない。
驚きと落胆、羨望は多少の時間を経て落ち着いた。現国王は静粛となった大聖堂を見渡すと、自身も戴冠式の際に頭上に戴いた冠の脇に立つ。代々、それこそ初代国王から継いできた君主の証。未だに白銀に煌めき、中央にある特大のサファイアは輝いている。
大聖堂の両開きの扉が開かれた。様々な感情を有しながらも内に秘めた貴族達は、体の向きを変えて待ち構える。
深紅の絨毯を進むディニタは、背後に王配となる夫を従えていた。中性的な美貌を持つ彼女は、金糸の刺繍と美しい曲線を描くレースで飾られた豪奢な赤いベルベットのドレスを纏っている。柔らかな毛皮の付いたマントを後ろに広げながら、威風堂々と雰囲気を纏わせて祭壇へと向かう。
彼女が横切る前、臣下である貴族達は頭を垂れて女王への忠誠を示す。
衣擦れの音だけを立てて、ゆっくりと進む美しい姉王に、プルデンテはうっとりとした笑みを浮かべていた。隣にいるスプレンディドも同様で、目にした誰もが王国の美しい三姉妹に心を寄せる。
王族達も頭を垂れて、その中央にいたディニタは王配の手を支えに段差を上る。彼女は最上部、祭壇の前に辿り着くと母から父へと順々に頭を垂れた。
「我が子ディニタ・グラツィアーニを王国を統べる者と認め、先祖より受け継ぎし王者の冠を与えよう」
国王の宣誓にディニタは背中を屈めた。彼の大きな両手は冠を掬い上げるように持ち上げると、ゆっくりと彼女の頭に載せる。
姿勢を正したディニタは僅かな間を置いて振り返った。先王夫妻と自身の王配を後ろに控えさせて、右手を掲げる。
「先王より賜った王者の冠により、今この時から我こそが女王として君臨する。この場に集った臣民の忠義を裏切ることなく、王国の更なる繁栄を約束しよう」
淀みないはっきりとした声、堂々とした口調。美しくも威厳満ちた女王へと惜しみない祝福が向けられた。
王妹であるプルデンテも祝福と拍手を送り、嬉しそうに目を細めている。その姿を目に焼き付けた者は多い。
「騎士の女王様・・・ステキィ」
「本当にかっこいいな、私もディニタ女王陛下のようになりたい」
ファビオラのうっとりとした呟きに呼応してテオドラが声を漏らした。彼女は真っ直ぐにディニタを見つめている。
「ディニタお姉様はお強い戦士様でもありますから、もっと訓練しなければ近付けませんよ」
「個人的にはディニタ女王陛下のようになってほしくな、おっと、暴れるな、ヴェネリオ。落ちてしまうだろう」
「まあ、ヴェネリオ。お顔をギュッして不機嫌ですね。お腹が空いてしまいました?それともおしめ・・・初めて式典に参加したのだもの、いつもと様子が違うから嫌だったのかしら?」
プルデンテはアストゥートからヴェネリオを受け取ると、体を上下に揺らしてあやしはじめる。
「う〜・・・や!」
「赤ちゃんには早かったわねー?」
見かねたスプレンディドが背中を眺めると、もちもちの頬を指で突っついた。
「スプレンディド王女殿下、下手に構うとヴェネリオが怒ります」
「あら、ただ抱っこしていただけの仏頂面の男が何か仰っているわね。不機嫌にならないようにあやすこともできないなんて、まだまだねぇ」
「・・・」
アストゥートの眉根が寄る。無表情を貫いていた男の変化は不愉快だと示していると分かった。
二人の間に入って取り持つことができるのはプルデンテだけ。
「スプレンディドお姉様、口論になるので止めてくださいませ。アストゥート、気にしないでください。お姉様は・・・そうですね、空腹から感情的になっているのだと思います。王城での会食となれば落ち着くので」
「そんな理由で怒っているわけじゃないのだけどー?」
「かいしょく!?それはお食事ですわよね?私もくーふくですわ。お食事にしましょう〜」
「ファビオラ、まだ会食の時間じゃないよ。こういう式典には順番があるんだ」
「まぁま!おにゃかー」
王族達が集う最前列が賑やかになる。絨毯を挟んだ向こうからは前王弟夫妻とエーリオが、壇上から新女王ディニタと王配、先王夫妻が微笑ましく見守っていた。
その中心にいるプルデンテは満ち足りた顔を見せる。灰色の王女と軽んじられていた彼女は今、幸せの只中にいた。
国王はともかく、王妃は普通に優しい人みたいに書こうとしたら、なんか愉快な感じになってしまって、指が勝手に動いたと言わざるを得ない。
終わりは決めていましたが、はっきりとしたビジョンがなかったために淡白になってしまったかもしれません。それでも書き終えることができたので、私個人は満足しています。
最後まで読んでくださった方に感謝を。ありがとうございました!




