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王家からの書状

ある日の正午。

プルデンテは子供達との昼食を終えると、アストゥートと共に執務室で領地経営に関する書類仕事をしていた。

領内で起きた事件や事故の報告書に目を通して読み込む。ほぼ対処済みではあったが、一部の地域から山賊の出現が報告されており、討伐部隊の任命と派遣を決定する。

領都内では、領民が利用する施設が老朽化に伴い改装工事となっていた。資材の必要数と資金を計算して、費用の捻出をする。整備のための治水工事では、日取りと必要部品の手配書を製作した。担当する部署に届け出す。

二人は様々な事柄の決定、試案の組み立てを行い、バジーレ辺境伯と二分にした政務を熟していった。

本日中に処理すべき書類が残り数枚ほどとなり、集中力の途切れを感じこともあってプルデンテは休憩の提案をする。そうすれば、執務室の扉がノックされた。


「入れ」


アストゥートが入室の許可を出す。彼女は自身の机から離れると、休憩のための紅茶を淹れるべく茶器を準備し始めた。

入室してきたのは辺境伯付きの文官だった。政務に関して補佐を務める彼は、張り詰めた表情を浮かべてアストゥートの前に立つ。


「連絡なく訪問したことをお詫びいたします。どうしてもと閣下が仰るので」


控えているシエナにお湯の用意を頼んでいたプルデンテは、二人のやり取りを盗み見みしないものの聞き入ってはいた。


「何事かあったのか?」


良好とは言えない親子関係からか、アストゥートの表情は固い。やや眉間に皺を寄せていることで不快感があると示していた。


「本日、王家より書状が届きました。閣下がお読みになったのですが、その書状の内容についてアストゥート様と若奥様に伺いたいことがあると言付かりました」


「呼び出しというわけか?俺も忙しい。そのバジーレ辺境伯本人から託された仕事が残っている。暇ではない。どうしてもと言うなら、自分から来いと伝えておけ」


「確かに、その通りではありますが・・・現在の閣下は椅子から立ち上がれないほど脱力されています。歩くことすら困難といったご様子です」


「何だそれは・・・急激に老化でもしたか?」


舌打ちが聞こえる。アストゥートによるものだと理解したプルデンテは、シエナへの指示の取り消すと、文官を睨み付けるアストゥートに顔を向けた。


「すぐにお伺いするとお伝えください」


「プル」


「このようなお呼び出しは初めてではありませんか。お義父様が動けず、もし書状の内容を口外できないのであれば私達が伺うべきでしょう?」


首を傾けて同意を促せば、右手を額に添えた彼は盛大に息を吐いて、革張りの椅子に深く身を沈めた。


「・・・プルの言う通り、すぐ向かう。居眠りせずに待っていろと言っておけ」


文官は深々と頭を垂れると、踵を返して足早に歩き出す。彼が退室するとアストゥートに視線を向けられた。


「貴女は父に甘い」


「甘やかしているわけではありません。常時と違う対応ですから何事かあるのだと思っただけです。もしかすれば、本当に体調が優れないのかもしれませんわ」


「朝から分厚いステーキを二枚も食べた男が不調な・・・いや、腹でも下して動けないのかもな」


不満を漏らしていたアストゥートだったが、自身の発言から憶測を立てた。溜め息と共に腰を上げた彼は、プルデンテに歩み寄ると手を差し出す。


「下らないことだったのなら、父を拳で殴っても構いませんね?」


「喧嘩になるのは明白ですから止めてくださいませ」


差し出された手を取ると、プルデンテはアストゥートに身を寄せた。腰を抱かれながらも執務室から出る。二人が寄り添って歩くなど常時のことであるため、すれ違う者達は気にしない。簡略な敬礼を受けつつ歩き進み、バジーレ辺境伯の執務室へと向かう。

城塞の同じ本館内に辺境伯の執務室には、然程も時間をかけずに辿り着いた。沈痛な面持ちの警備の兵士が両脇に控えている扉に、アストゥートは拳を叩き付けた。彼の怪力で扉が割れていないだろうか、ヒビは入ったのではないかと、プルデンテはその表面を注視してしまう。


「・・・返事がないぞ。帰っていいか?」


「いえ、それでは困ります」


「おそらく閣下にも聞こえたはず。入室されても問題ないかと思われます」


帰ろうとしたアストゥートを警備の兵士達が止めた。彼の眉間の皺が濃くなる瞬間を目にしたプルデンテは、扉の表面にヒビがないことを目視すると、代わりにノブに手をかけた。


「プル」


「お待たせしていますから」


彼女によって扉が開かれる。

まず室内に見えたのは先程の文官が声なく佇む姿で、表情は変らず強張っていた。その部屋の最奥、古い装丁の書物で本棚の前、執務机に頭を抱えて蹲るバジーレ辺境伯がいる。

様子から心配に思ったプルデンテは歩み寄ろうと踏み出したが、腰を抱くアストゥートの手に制された。動けずに彼を見上げれば、怪訝と目を細めた顔がバジーレ辺境伯に向けられている。


「アストゥート、本当に体調が優れないのかもしれません」


「どうでしょうね」


怪しんだアストゥートは更に眉を寄せた。プルデンテは腰に巻き付いている大きな手を軽く叩く。近付きたいと合図をすれば、小さく息を吐いた彼が踏み出した。寄り添うプルデンテは強制的に歩くことになったが、バジーレ辺境伯のもとに向かうために抵抗はしない。


「来たぞ、用件を言え」


辺境伯が上体を預ける執務机の前で、アストゥートは立ち止ると冷たく言い放つ。やや険しい顔をした彼には、父親に対して温情はないと思わせる。


「お呼び出しを受けて参りましたが、もしお加減が悪いのなら」


プルデンテはバジーレ辺境伯に声をかけた。その最中に肩を跳ね上げた辺境伯は、恐る恐ると顔を上げる。

精悍で整った顔の色は悪く、引き攣った表情すら浮かべている。恐怖に近い感情が見えたことで、プルデンテは心配を言葉にしようとした。


「大変なことになった」


それを遮ったのはバジーレ辺境伯本人だった。

彼は頭が痛むのか、机に肘を突いた腕の手で額を支えている。軍服を身に着けていても肩幅が広く筋肉逞しいと分かる上体を屈めていることで、非常に小さく見えた。行儀が悪いと諌めることもできず、目に見えて弱った姿から次の言葉を待てば。


「次期女王陛下となられる第一王女殿下が、先日のビセンテ軍による侵略戦争の復興状況と領内の視察を目的としてバジーレ領に来訪される」


初めて耳にするか細い声。語りながらも血の気が引いたと更に顔色が悪くなっている。この世が終わりを迎えたと絶望した有様だった。そこまで追い詰められているバジーレ辺境伯だが、それはプルデンテの姉ディニタの来訪を恐れてのこと。ディニタが視察にやって来ると知っただけで顔面蒼白になり、歩くこともできないほど弱っている。

どれほど困難な事柄が舞い込んだのかとプルデンテは想像していた。不測の事態や、バジーレ辺境伯自身の体調を慮って覚悟をしていたが、その体の力は抜けた。寄り添うアストゥートも明らかに脱力したと、彼女に寄りかかる始末だった。


「それがなんだと言うんだ」


彼は呆れを含んだ声で呟く。

そうすれば、バジーレ辺境伯は勢いよく顔を向けて苦悶と顰めた表情を見せた。


「大事であるぞ、アストゥート。あの第一王女殿下が自ら足を運んでバジーレ領に、私のもとに来る!何事か企んでいらっしゃるのか分かるか!?私には分からん!!一体なぜ、何を目的にしているのか!!」


両手をこめかみに添えて、正しく頭を抱えたといった姿を見せるバジーレ辺境伯。

気が抜けてしまい、静観を選ばざるを得なかったプルデンテは義父の様子に困惑する。確かに、何度かディニタに対して恐れを抱いていると言動に表してた。だが、来訪を受けて、これほどまでに怯えとは思わなかった。

一体、ディニタとバジーレ辺境伯の間に何があったのだろうかと、思考を巡らせてしまう。


「企んでいるとは何だ。ディニタ王女殿下はプルの姉上で、俺の義姉となった方だ。殿下の采配によって俺達は結婚に至れた。それにより・・・あまり考えることはないが、バジーレ家は王家の外戚となった。王国内において立場は確立され、ディニタ王女殿下にとっては身内となるはずだが」


「外戚関係や派閥などの話ではない!第一王女殿下が何をもって私を攻めるつもりなのかという個人的な話だ!」


「はぁっ?」


思わぬ発言に流石のアストゥートも困惑の声を上げる。

バジーレ辺境伯は、拝する王家の次代である第一王女に何事か言われることを恐れている。プルデンテは姉との交流や思い出を脳裏に浮かべる。彼女にとっては甘く優しく、長子としてもしっかりした言動を見せていた。王家の長として相応しい能力と風格を持ち合わせていると思っている。

もしや、臣下には厳しい対応を取り、威厳溢れる様が尊大に見えてしまっているのだろうかと心配に思う。


「あの、お義父様」


整った顔立ちが緊迫した表情を浮かべれば、その迫力は凄まじい。それが歴戦の戦士ならば尚更で、絵画に描かれている伝説の怪物のオーガを思い出させられた。

バジーレ辺境伯に対して恐れはなくとも、その有様には恐怖が芽生えしまい、プルデンテの声は震えた。その声に、ギロリという音が聞こえそうなほどの鋭い眼差しを向けられたことで、思わず肩が跳ね上がってしまう。


「おい、プルを怖がらせるな」


「いえ、怖がったわけでは」


アストゥートの諫言か、彼女の姿を捉えたか。どちらであるか分からないがバジーレ辺境伯が目を見張る。


「も、申し訳ございません。王女殿下を睨み付けるなど」


「・・・お義父様、再三申し上げていますが、私はすでにバジーレ家の者です。王女として扱われるのは間違いですわ」


「私にとって貴女こそが王女殿下です。あのような、いや、あの方のような破天荒で乱暴者とは全く違う・・・はぁ、本当に貴女が当家に嫁いだときの非礼を精神誠意お詫びせねば」


「いえ、今はそのような話をしている場合ではなく」


プルデンテは首を横に振る。

どうにもバジーレ辺境伯にはディニタそのものが心的外傷になっているようだった。何があって嫌っているのか皆目見当もつかないが、仲を取り持つことすらできないと、今にも非礼に対して平服しようとする辺境伯を止めながら思う。


「ディニタ王女殿下と何があったんだ、お前は・・・」


アストゥートは呆れ果てたと額に手を当てて言葉を漏らす。親子だからこそ辺境伯と似た表情になっているが、プルデンテは決して口には出さなかった。

バジーレ辺境伯は椅子に座り直し、再び頭を抱えて書類や筆記具が散見した執務机を見つめる。何度か呼吸のために肩を上下にすると、プルデンテを仰ぎ見てきた。


「我らの王女殿下の姉君であるのは、臣下ゆえに十二分に理解しています。忘れるはずもありません・・・だからこそお伺いしたいことがあります」


「・・・はい、なんでしょう?」


「第一王女殿下の思考というのは読むことができますか?何事か思うことがあって来訪されるわけで・・・例えば、近年で一番の災難だったのはビセンテ軍による侵略戦争です。小規模かつ事故処理も終えています。ただ、もしかすれば第一王女殿下はその采配に不満を覚えことで、国の東端にある我がバジーレ辺境伯領の訪問を決めた。私はそう思うのですが、いかがでしょうか?」


険しい表情と声色から明確にディニタを警戒している。今回の来訪により厳しい処罰を受けるとまで想像しているようだったが、プルデンテ自身には懸念すらない。

彼女は二人の姉から愛情を受けて育った。愛すべき人だと思っている。だからこそ、なぜバジーレ辺境伯がそこまで恐れているのか、不思議に思うだけだった。


「此度の事柄によってディニタお姉様、いえ、ディニタ王女殿下が不満を抱えたとは思えません。バジーレ家は侵略者を退け、戦後処理もきっちりと完遂し、戦災被害を受けた領民に対する支援も行なっています。私の所感ですが、ディニタ王女殿下は立場と責任を全うする者を重んじるのです。お義父様は好まれる将官だと思いますが」


「好まれる!?あれほど執拗に絡まれて、細かいことすら言及してくるのですよ!?」


「絡まれ・・・?」


叫ぶような言葉と文言にプルデンテは目を丸くする。思わず、寄り添っていたアストゥートの顔を見上げた。

うんざりとした表情すら浮かべている彼は、実父の様子に何度目か分からない溜め息を漏らす。


「俺の知るディニタ王女殿下は即断即決の快活とした方だが・・・お前、何か要らないことをして怒りでも買ったんじゃないか?そうでなければ年寄りの辺境伯などに関心は寄せないと思う」


「・・・それは、まあ、昔のことである。いつまでも気にされていないとは私も思っている」


ふとしてプルデンテはバジーレ辺境伯へと顔を戻した。


「以前に何事かあったのでしたら、思い当たる節があります。ディニタお姉様は意にそぐわない対応を受けると、その相手を徹底的に打ち負かそうと執拗になる悪癖があります。以前のお義父様がお姉様の反感を買ったことがあるのならば、いつまでも責めようとする、かも、しれません・・・」


言葉を告げる最中、次第にバジーレ辺境伯は体の力を失い、重要の書類すら下敷きにして突っ伏す。その様子を目にしていたプルデンテの語気は弱まるが、アストゥートは鼻を鳴らした。


「お前、何かしらでディニタ王女殿下を怒らせたな?」


それに対する答えは返ってこない。

辺境伯は小さくも地を這うような唸り声を上げると、僅かに顔を上げた。見たこともない思い詰めた表情を浮かべている。プルデンテは多少心配に思うも、彼と姉との関係に言及する立場にはないと判断したことで発言は控えた。


「アストゥート、お前に第一王女殿下の応対を」


「バジーレ辺境伯はお前だろう。領主としてディニタ王女殿下の歓待をしろ」


アストゥートは言葉を遮って拒否を示す。再び頭を抱えて項垂れるバジーレ辺境伯を横目で睨み付けると、流れるようにプルデンテへと視線を向けた。途端に彼が表情を緩める。二秒も経たずに様変わりした感情に彼女は笑みが零れそうになるが、微笑みを浮かべることで耐え抜いた。


「姉君とは久方ぶりの再会になりますね」


「ええ、本当に。お会いできる日が楽しみですわ」


およそ十年ぶりの再会にプルデンテの胸は期待と喜びで熱くなっている。彼女の喜びに呼応したアストゥートの表情は朗らかであり、一人苦悩するバジーレ辺境伯はそのまま放置された。


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