夫婦の時間
区切りの関係でかなり短めです。
湯浴みでしっとりと濡れた黒髪にガウンを身に着けただけのアストゥートは、プルデンテを抱き締める。ガウンの前面が開けることで晒している火照った胸板に、彼女は頬をつけた。逞しい背中に両手を回せば、清潔感のある石鹸の匂いを強く感じる。
「・・・十分に水気が拭えていませんね。そう急がずともよろしかったのに」
「一日のうちで貴女だけと過ごす時間は短い。俺にとっては貴重な時間なんです。貴女と寄り添うだけでも心が休まり、想うことで高ぶってしまう」
肩を回されていた手が動き、頬に触れられた。合図と分かったプルデンテは筋肉質な胸板から顔を上げる。見上げれば、切なそうに細めた金色の瞳の目があった。愛しさを感じて、頬に触れる手に擦り付けると、ゆっくりとアストゥートの顔が近付いてくる。
顎を上げながら目を閉じた。すぐさま感じるのは柔らかな温もり。触れ合うのは僅かな時間だが、アストゥートは何度も唇を合わせてきた。角度を変えて、啄むように吸い付き、彼女の唇を堪能する。
「ん・・・ふふっ」
優しい触れ方に思わず笑みを零してしまう。心地良く、こそばゆいと喉を鳴らしてしまった。
唇が離れる。温もりを失ったことで目を開けば、アストゥートに瞬きなく見つめられていた。その金色の瞳は、うっとりとした熱を帯びた眼差しだった。分かりやすく欲情している。プルデンテは、彼の背中に回していた左手を、その引き締まった頬に伸ばして包む。
「笑ってごめんなさい、擽ったくって」
「いや、不快感は一切ない、むしろ、そうだな・・・貴女の可愛らしい笑い声は脳髄に響くんです。とても、堪らなくさせる」
「まあ・・・」
表情から察することはできたが、直接言葉にされるとは思っていなかった。無意識ながらアストゥートを刺激してしまったと理解する。意図せず誘っていたことに、プルデンテの体温は上がり、頬に触れていた手を下ろしてしまう。ただ、肌を触れながら首筋から筋肉で盛り上がる胸まで撫で下ろしたことで、更に彼を刺激してしまった。
「・・・」
再び胸板に頬を寄せ、手も添えたまま見上げるが、その上目遣いに彼の喉が上下に動いたなど分かっていない。
「まず喉を潤しましょう?シエナに白ワインを用意していただいたのです。毒味の必要から栓は空いていますが、きゃあっ!?」
アストゥートの両腕が細い腰に巻き付き、そのまま軽々と持ち上げた。
素早さから予備動作が分からなかったこと、腰が締め付けられる感覚。急な浮遊感と慣れない視界の高さ。プルデンテはその全てに驚いて声を上げるが、瞬きの最中、気が付けばベッドに下ろされていた。
柔らかなマットレスの質感を背面に感じつつ、アストゥートの強い眼差しに見下されながら、呆気にとられてしまう。
彼が身を寄せて、熱い吐息が肌を撫でたことで体が跳ねた。感触から思考を取り戻した彼女は、欲の滲んだ金色の瞳と目線を合わせる。真っ直ぐと見下ろしてくる眼差しから、決して目をそらさなかった。
「・・・わざと無防備に見せているのか、それとも本当に無意識下によるものか、時折悩ましく思います」
「特に、何も・・・私が無防備だと感じるのは、貴方に対して警戒心を持っていないからです。貴方は私の唯一の旦那様ですもの。安心して身を預け、心も捧げてることができる」
「・・・ああ、プル」
顔が近付いて額が合わせられた。プルデンテの視界には稲穂を思わせる金色だけ。しかし、ガウンの帯が解かれたと、腰の締め付けがなくなったことで気付く。
「貴女の声と息を飲み込んで、甘い囀りを俺だけのものにしたい。柔らかい肉に歯を立てて味わって、快感で歪む表情を見つめていたい」
「まあ、獣のようですね」
歪んだ感情を吐露されたが、彼女は恐れない。先程言葉にした通り、愛するアストゥートに全てを捧げているからだ。
「今更・・・俺は獣ですよ。欲深く、執着心も凄まじい獣だ。ずっと、常に貴女に飢えているのだから」
「熱烈だわ・・・でも、私のことを欲しがってくださるのは貴方だけ、私のアストゥート・・・だから、どうぞ。お好きなように私を愛してくださいませ」
眩しいと感じたプルデンテが目を開けば、窓から陽光が差し込んでいた。厚手のカーテンはタッセルで纒められ、開かれた窓から吹き込む微風に、白いレースのカーテンが揺れている。
「朝・・・」
思わず漏らした声は掠れていた。昨夜のことを思い出して、胸の鼓動が早まり、体が熱くなっていく。
あまりにもはしたなかった。そう思い至ることで、胸に掛かっていたブランケットを引き上げて、顔を隠した。
「プル、目は覚めましたか?」
扉の開く音のあとで、アストゥートの声が聞こえた。おずおずと彼女はブランケットから顔を出した。その朱に染まった顔を見せれば、続き部屋の扉の前にいた軍服姿の彼の動作は止まる。
「プル・・・」
吐息交じりの声で呼ばれると、歩み寄ってきたアストゥートが大きな手を伸ばしてきた。
「昨日は欲が抑えきれず、無理をさせたと思いますが」
だが、寝室の扉がノックされる。
その音にアストゥートは立ち止まり、プルデンテはブランケットを胸元に寄せながら上体を起き上がらせた。
「おはようございます、若奥様。お支度の手伝いに参りました」
「え、ええ、その・・・どうぞ」
一旦、アストゥートの方に視線を向ければ、シエナが控えている扉を睨み付けていた。だが、彼は深く息を吐くと室内のソファに腰を下ろす。
同時と扉が開き、入室したシエナと侍女達が敬礼と頭を下げた。すぐに姿勢を正した彼女達は、アストゥートの姿を捉えると真顔に僅かな微笑を浮かべる。
「若奥様のお支度をいたしますので」
「・・・俺が邪魔だと言いたいのか」
「ええ。ご夫婦とはいえ、支度の観察されるなどアストゥート様の品性を疑わざるを得ません。ご退室を願います」
怯まずに答えたシエナをアストゥートは睨み続けたが、プルデンテが退室を願えば、躊躇いながらも続き部屋に戻った。
続き部屋にはヴェネリオがいる。まだ眠っているだろう息子のことを任せることにして、彼女はベッドから降りた。優秀な侍女達は洗顔の用意から化粧の準備、本日のドレスの用意を始める。
「・・・若奥様、まずは湯浴みをされますか?」
近付いてきたシエナからの提案に、プルデンテは無言で頷いた。昨夜のことを再び思い出した彼女は、熱くなった顔を両手で覆う。




