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平穏が訪れて

今回は短め。

秋の訪れで街路樹の葉が朱に染まる頃。領都にて、ビセンテ軍による侵略で命を落とした兵士達の慰霊祭が行われていた。

壇上で領都の人々に演説をするバジーレ辺境伯は、弔いの黒い礼服を纏っている。此度の戦いの功労者であるオルサコリーナ将軍、各町村より集ったバジーレ軍の将官達も黒い装束で壇上の脇に整列していた。

バジーレ家の者として慰霊祭に参加するプルデンテは、装飾のない黒のドレスを纏い、黒のヴェールを被っていた。彼女の隣には黒い軍服を身に着けたアストゥートがいる。

並び立つ二人は、真摯とバジーレ辺境伯の言葉を聞き入っていた。黙祷が宣言されれば、目を伏して祈りを捧げる。


(どうか勇士達の魂が安らかでありますように・・・)


華やかさのない灰色の髪と瞳を持ち、大人しい心根から印象の薄い元王女プルデンテ。王都から離れたバジーレ領では、未だに彼女に対する偏見があった。

しかし、侵略戦争後には評価が一変する。領都を守り抜いた戦乙女ごとき女傑とされ、人々の眼前で祈りを捧げるその姿に、黙祷の最中であっても眼差しを送る者達は多い。

領都に残っていたバジーレ軍の指揮を務め、被害を最小限に留めたこと。不安に駆られた人々の前に姿を晒して行った力強い演説。あのときの白銀の戦乙女装束すら、彼らに強い印象を与えていた。伝説の戦乙女のごとき人だと。

今は、バジーレ領を守るべく命を落とした戦士に向けて静かに祈りを捧げるバジーレ家の若き女主人として映っている。

もはや、プルデンテを否定的に見るものはバジーレ領にはいない。


黙祷の後、広場側に建立された慰霊碑にバジーレ辺境伯、アストゥートに続いてプルデンテが献花をする。バジーレ家の後には軍の将官が続き、最後に領都の人々が献花台に弔いの花を捧げていく。

次期辺境伯であるアストゥートと夫人のプルデンテが寄り添って佇む姿は、その献花に参加した全ての者の目に焼き付いた。領都に侵入を果たしたビセンテ軍を完全制圧した強き将であるアストゥートと、困難な状況下で守り抜いた美しいプルデンテ。次代の為政者に、その全ての者達は胸の内に希望を抱く。




厳粛な慰霊祭から数日後、政務を終えての午後のこと。

プルデンテはアストゥートと共に中庭を寄り添って歩いていた。護衛騎士達が出入り口の脇に控え、侍女達は本館前に佇んでいる。距離を取って見守られるため、実質二人きりだった。

穏やかに時が過ぎ去り、中庭の整枝された色付く木には冬に備えて毛量を増した小鳥が止まっていた。可愛らしい鳴き声が澄んだ秋空に響いている。


「以前と比べて明らかに平穏だ。国境線に侵入者はなく、関所も正常に機能している。長い間、外敵から侵攻を受けていたバジーレにとって、初めて平和が訪れたといっても過言ではありません」


プルデンテの歩調に合わせているアストゥートが、ふと呟いた。彼女は頷いて答える。


「ええ、内に潜んでいた方々も全員拘束。尋問を経て厳しい処罰を受けたと聞き及んでいます。バジーレ軍による処罰ですから、軍人ではない私は詳細を知り得ませんが、貴方が無事解決したと仰ったので安心しています」


「・・・プル」


アストゥートの頭が近付くと、彼女の頬にキスを贈られて、頬を擦り寄せられた。こそばゆくも愛しさを感じたことで笑みを浮かべる。


「これは報告を受けてのことですが」


肩を抱く手の指が、そのドレスの裾越しに肌を撫でるように動く。なぜか労るような手付きだと感じたが、彼女は何も言わずに金色の瞳を見つめ続けた。


「処刑したレジェスの副官が最期に口にしたことです。レジェスはよく野生の熊を捕獲していたのですが、その餌は人間だったそうです。人の血肉の味を覚えさせたあとで集落に放つ。それを繰り返していた。故郷であるビセンテ領内でのことですが、何十人もの襲わせて、捕食される様を楽しんでいたそうです」


「まあ、なんて悍ましい・・・あの方に人の心はなかったのですね」


不快感露わに眉を寄せれば、肩を撫でる手ごと動いて、二の腕を擦られた。


「ああ、貴女を怯えさせるつもりはなかったんです。ただ、この先のことを聞けば安心してくれるはずだ」


彼はプルデンテの額にキスを落とすと、その唇を付けたまま続きを話し始める。


「レジェスは、その享楽をバジーレ領でも行おうと考えた。国境線の山林に何頭もの人食い熊を放ったそうです。副官の所感では、そのままビセンテ領に戻って人を襲う個体もいたらしいが、大半はバジーレ領内に侵入して山間部や森の側にある町村を襲った。山林内でも、他の動物に影響を及ぼしていたんでしょう。間引きのために催した狩猟祭。その原因が、奴の仕込んだ熊による獣害だった」


口を挟まずに聞き入る。アストゥートは腕から手を離すと、本日は結い上げている灰色の髪の後れ毛に、その手の指に絡めて弄り始めた。


「狩猟祭での三頭の大熊も、参加したバジーレの領民を捕食させるべく準備したものだったと言っていました。結局、気性の荒さと檻の老朽化で大熊は逃げ出して、その結果は貴女も覚えているはずだ。会場では被害を出さずに三頭全てを倒すことができた」


「ええ、不審だと解剖した結果、胃から犠牲者が出てきたことには戦慄しました。あの場の皆様が被害に遭わず、安心したものです」


「その安心はこれからも続く。原因を作り出していたレジェスは処刑した。奴の部隊も全滅となり、人為的な人食い熊が現れることはない」


アストゥートの言葉に対して頷くと、プルデンテはその肩口に頭を預ける。瞳を閉じて、彼の胸の奥から一定間隔の心音を聞き取ると心地良さを得た。


「ビセンテ伯爵領との戦いの最前線だったバジーレ辺境伯領は、条約が破棄されない限り平穏が保たれる。滞っていた開拓も進でしょう。これから、この領地は繁栄していくはずだ」


「ええ、死の危険に脅かされる心配はなくなったことで領民達の生活は穏やかなものになりました。懸念なく男女が結ばれて、家庭を作り、子を作る。安全に子育てもできます。共働きの夫婦のための支援として、領都以外の町村でも託児所を増やしましょう。学校も作れば、知識が増えたことで生活水準が向上する。より住みより領地になりますわ」


「・・・」


言葉は返ってこなかった。不思議に思って彼を見上げれば、瞬きもせずに真っ直ぐと視線を向ける真顔があった。


「アストゥート?」


首を傾げれば、後れ毛を弄っていた手がプルデンテの頬に添えられる。


「・・・その通りだ、子供は繁栄の象徴」


「あら、まあ、随分と話が飛躍しましたね」


「貴女も骨折も完治したと医者から報告を受けています。だから、プル・・・」


欲望を内包した言葉に、彼女は頬に触れる手の甲を指先で抓った。アストゥートが僅かに眉を寄せたのは、痛みによるものか、拒否を示されたと勘違いしたからか。

夫の気持ちを察することで小さく息を漏らし、口元を緩める。


「貴方が堪えられなくなっているとは分かりました。しかし、人目のある場所では止めてくださいませ。羞恥で体が熱くなってしまいます・・・でも、最後に深く触れ合ったのは一年も前のこと。私も寂しいと思っていますわ」


顔を上げる。彼の耳元に口を寄せて囁やけば、その逞しい体は震えた。手の甲に触れていたプルデンテの手は、その手に握られて、アストゥートの口元に運ばれる。何度も唇を付けらる。


「ヴェネリオが首も座っていない赤子だが、子は多ければ多いほどいい」


「まあ、気が早いわ。沢山愛してくだされば、いつか身籠ります。以前の貴方も仰っていたでしょう?ですから・・・今宵から」


金色の瞳の目が細められる。欲の滲む眼差しを受けて、プルデンテは握られていない方の手で人差し指を立てると、唇の前に添える。

秘めやかな約束を交わして、アストゥートに誘われなから本館に足を踏み入れた。複数の護衛騎士と侍女達を引き連れて居住スペースに戻れば、ファビオラと居合わせた。


「あ!おかあさま、おとうさま!おかえりなさいませ〜!よいところであえましたわ!あのですねぇ」


本館で留守番をしていた彼女は、自身の侍女と共に図書室から数冊の絵本を持ち出していた。サロンで読もうとしたようで、プルデンテを上目遣いで見上げながら読み聞かせを強請ってくる。


「このおひめさまときしのおひめさまのおはなしとぉ、こちらのおはなのくにのおひめさまとぉ、こちらのぉ」


何冊も差し出されたことで、プルデンテはアストゥートから離れた。膝を折ってファビオラの目線に合わせる。


「アストゥート様、テオドラお嬢様からのお願いを預かっています」


アストゥートの元にはテオドラからの遣いの騎士が訪ねてきた。自己研鑽と訓練をしていたようだが、帰宅を知って指導を受けたいという。子供達からのお願いに夫婦は別れた。

双方とも進む方角は違う。だから、進路に顔を向けるまでは互いに目配せをする。離れた温もりを恋しく思うも、同じく大切な我が子達のため、親として振る舞った。


ファビオラにしがみつかれながらも、プルデンテは乳母である侍女に任せていたヴェネリオの元に向かった。眠っている彼をそっと抱き上げると、組み立て式の揺り籠を侍女達に運んでもらい、サロンにてファビオラの読み聞かせを始める。揺り籠の中で眠る息子の顔を眺めながら、寄り添う娘に優しい声色で物語を語っていた。


「ふぇ、ふぎゃぁ」


ヴェネリオが目覚めと共に泣き出せば、腕に抱えて様子を窺う。おしめを変えて、乳を飲ませて、寝かしつけるために子守唄を歌えば、なぜかファビオラが寝入っていた。

そうして穏やかな時間を過ごし、夕食前にファビオラに強請られたビーフシチューの調理を始める。もはや毒殺の心配はなくとも母の手作り料理を好む娘達に、そう遠くない未来でヴェネリオも加わるだろうと調理の手は止めない。食べやすい大きさに切った具材を鍋に入れ、未来を思って楽しそうに、はしたないとは思いつつも鼻歌を歌いながら煮込んでいく。


バジーレ辺境伯も加わった夕食を終え、子供達に就寝を促した後。乳児のヴェネリオは続き部屋にて侍女が世話をしているが、今は扉を閉ざすことで声も姿も届かない。壁は厚く、扉にも厚みがある。ヴェネリオは勿論、侍女達にも寝室での物音は聞こえないだろう。

入浴を終えたプルデンテは、役目を終えた毒薬の瓶のネックレスを棚の奥にしまった鏡台に向かい、その椅子に腰を下ろしていた。身に着けるのは肌触りのいいガウンと薄地のナイトドレス。鏡を覗き込みながら、タオルで拭いたことで乱れた髪をブラシで梳かす。

くすんだ灰色の髪は、銀の髪を持つ姉達とは違って輝きはない。だが、それは色味によるもので髪質自体は艶やかだった。絹のような滑らかさもあり、本当に色味だけが問題だとよく分かる。

彼女は鏡を見るたびに思い至り、そして無駄なことだとすぐに思い直した。鏡面に映る灰色の髪も灰色の瞳も、生まれた日より変えることはできない事実。だからこそ思うことはあれど、美しくあるために髪のケアは怠らない。

繰り返し梳くことで髪の乱れは真っ直ぐに正されて、絡むことなくブラシが通っていく。満足だと銀製の柄のブラシを鏡台に置けば、寝室の扉がノックされた。彼女は腰を上げる。


「どうぞ」


振り返って歩み寄れば、扉の開かれた出入り口に向かって両手を差し出した。

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