残忍な処罰
アストゥート視点。
制限に基づいたつもりではありますが、グロテスクかつ痛ましい描写があります。お気を付けてください。
壁掛けの松明だけが照らす薄暗い石造りの階段。地下へと近付くごとに冷えを感じるが、アストゥートは躊躇いなく、足を踏み外すことなく降りていく。
辿り着いた鉄の扉の左右に黒い衣服の軽装兵が二人。彼の姿を確認すると、扉を開いて更に暗い内部へと誘う。
「松明をお持ちください」
火の粉すら落とす橙色の炎を湛えた松明を差し出された。アストゥートは首を横に振るだけで答えると、暗闇の中に足を踏み入れた。
「必要ない、夜目がきく」
それだけ告げて歩き出す。僅かに間を空けて、背後から扉が閉められた音が響いた。どこからか引き攣った声が聞こえたが、彼は気にしない。湿度と室温から、うっすらと苔生しる石畳の通路を迷いのない歩みで進んでいく。
領都唯一の拘留所は、地上にある牢屋こそ軽犯罪者に使用されるが、地下に作られた暗闇の牢獄は重犯罪による禁固刑を受けた者、処刑待ちの死刑囚のためにある。意図的に作り出された暗闇は精神的苦痛を与えるためのもので、不衛生な環境による感染症を引き起こす目的すらあった。
この場に投獄されるのは、領主であるバジーレ家にとって許されざる者達。アストゥートは鋼鉄製のグリーブで音が立つように歩く。この牢獄にいる者達の不安を煽るために時折立ち止まり、間を空けてまた歩き出す。
ビセンテ軍の侵攻により、拘束したビセンテの兵士は勿論、領内に長年潜伏していた内通者達も収監されている。侵攻によって炙り出された彼らを、年齢も性別も関係なく地下の牢獄に投獄するよう指示を出したのは彼自身。
漏れている息遣い、小さな悲鳴を聞きながら進む。アストゥートには女性だから子供だからと温情などない。それは怒りからではなく、侵略行為という事実によるもの。法と照らし合わせても重犯罪であり、罪人は厳しく罰しなければならない。躊躇う気持ちなど一切なかった。
石造りの壁と鉄の扉の小部屋をいくつも通り過ぎ、奥へ奥へと躓くことなく進む。暗闇が障害にならないアストゥートには、全てが見えていた。石の繋ぎ目も、どこからか入ってきたドブネズミが逃げ去る姿も、鉄の扉にある鉄格子の小窓からビセンテの兵士が覗いていることも、見えていた。
「あぎゃっ!?」
一旦立ち止まり、ガントレットを填めた拳を小窓に突き入れる。兵士の顔を打ったという感覚と共に潰されたかのような悲鳴が響き、次いで転倒したと音と衝撃で知った。彼は兵士の顛末を金色の瞳に映すことなく、歩みを再開させる。
牢獄の最奥、近付くことで金属の擦れる音と男の怒鳴り声が聞こえる牢屋に向かっていく。
「せぇ!・・・ざけんなよ、俺を・・・!」
分厚い鉄の扉は音を多少遮断していた。それでも怒気を孕んだ声量から途切れ途切れに聞こえ、金属音からも暴れていると分かった。
看守から受け取っていた鍵を、すんなりと鍵穴に差し込んで回す。施錠を外したという音が立ち、中の男も言葉を失ったようだった。
感情に突き動かされているアストゥートは、間を置くことなく鉄の扉を押し開く。
「っ、誰だ!!」
物置部屋程度の広さ、僅かに石の崩れた部分がある内壁。この部屋は牢獄内で一番古く、一度も改装をしていない最悪な環境だった。その奥の壁、上裸のレジェス・ビセンテがいる。彼は両手を鎖と拘束具で吊るされ、背中を付けながら座っていた。
強張った表情を浮かべて、おそらくは人影として見えているアストゥートを睨み付けている。それは、突然現れた影に怯えがあるということ。全てが見えている彼は愉悦と口元を歪めた。
「誰だよ、お前は・・・看守か?いや、音から判断すると重装備・・・バジーレの脳筋騎士が俺に何のようで」
「レジェス・ビセンテ」
ゆっくりとした口調で名前を発すれば、レジェスは口を閉ざして、喉を上下に動かした。呼吸を殺した所作に、口端が吊り上がりそうになる。
ビセンテからの侵略者で、バジーレ領にも伝わるほど尊大で乱暴な性根の男。最愛のプルデンテを陵辱しようとした悪漢は、明確に恐怖を感じたと表した。あまりのおかしさに笑ってしまいそうになる。
(ああ、こんな愚かで矮小な男に、俺のプルは)
だが、愉快だという感情は込み上げてくる怒りによって塗り潰されていく。
下劣な精神と獣じみた本能を抑ることができない許されざる犯罪者。罰しなければならないと、アストゥートは一歩近付く。
筋肉で逞しい上半身を晒されたレジェスは、その足音に肩を跳ね上げるほど驚き、近付いてきた人影を注視と目を細めた。
「お前は・・・アストゥート・バジーレか?影の形、ポールドロンの形からそうだろう?形状から判断できる。バジーレの将軍格が身に着けられるアーマーだ」
「だったら、なんだと言う?」
言い返せば、レジェスは喉を引き攣らせながら笑った。ちぐはぐな強張った表情を浮かべたまま、アストゥートと目線を合わせようと顔を上げる。
「現行のバジーレ軍総大将がこんな陰鬱な牢屋に来るなんてな。もしかして人手が足りないのか?虜囚の尋問なんて総大将様のすることかい?」
それは精一杯の嘲りの言葉。レジェスは最悪の状況だとは理解できている。侵略戦争の指揮官となったことで、自身が処刑されると分かっていた。だからこそ虚勢を張って、精神的には屈していないと見せたかったのだろう。
表情も姿も全てが金色の瞳に映っているアストゥートには、無意味に等しい行為だと分かっていない。
「尋問ではない、レジェス・ビセンテ」
「っ、あ?なんだって?」
血を這うような低い声を発する。その低音からレジェスは聞こえなかった、もしくは聞き取れなかったのか聞き返してくるが、アストゥートには彼の言葉も感情もどうでもよかった。
「貴様は俺の妻を害した。獣ごとき本能から襲いかかって汚そうとした。だからこそ、プルに纏わりつく害悪を夫として処分する」
アストゥートは真横の壁に手を向けると、取り付けられている滑車のハンドルを握って回した。
「な、あぁっ!?」
けたたましい金属音が響き、両手を鎖で括られていたレジェスの体が浮く。滑車は鎖を巻き上げる装置であり、レジェスは足が浮いて宙吊り状況になった。挙動不審と見開いた目を彷徨わせて、痛みから呻き声を発している。鎖に付いた拘束具が肉に食い込み、何より高身長と筋肉から彼の肩の関節にかなりの負荷がかかっているのだろう。視線を彷徨わせながらも眉根を寄せていることから、精神的苦痛も相当なものだと分かる。
ただ、やはりアストゥートにとってレジェスの状態などどうでもいいことだった。内より沸き上がっている怒りによって突き動かされるだけ。
彼は吊るしたレジェスの目の前まで足を進めると、苦痛に歪んだ顔を見上げた。
「ぅ、ぐ、ぁ・・・はぁ、お、お前ぇ!」
「尋問など生温いことはしない。貴様が受けるのは制裁だ。詳しく聞いたわけではない。プルの心境を思えば、苦痛を与えると分かっている。だから、状況から判断した。プルの姿から判断した。あのように辱めたにも拘らず、ただの尋問と簡略な処刑で済むと思っているのか?」
「なっ、ぐ・・・ぅ、このぉ!!」
太い足が振り上がり、人影に見えているだろうアストゥートを蹴り上げようとした。素早く体を真横にして避けた彼は、身に走る痛みに呻くレジェスを睨み付ける。
「あ゛、ぁあ、ぐっ、はぁ、拷問かよ、はっ!バジーレ家の、坊ちゃんがすることじゃ、ないなぁっ」
「ああ、そうか・・・お前はバジーレ家を知らないんだな」
アストゥートは腰のベルトから簡素な意匠の短剣を引き抜くと、レジェスの足の指先に切っ先を当てた。反応がないことに、彼は小さく息を吐く。
「バジーレ家が、なんだってんだよ!俺たち、ビセンテにとっちゃ奴隷の一族だ!俺達に隷属するために、お前らはいるんだよ!!」
「王国と隣国、いや、ビセンテの土地のみのことだだろう。歴史観に齟齬があるのは古からの敵対関係による弊害だが、こちらはお前らの歴史に合わせるつもりはない。侵略者に対しては排除の一択だ」
アストゥートはスラックスのポケットからある物を取り出す。腕を上げてレジェスに見せつけるそれは、銀のチェーンに付いた細やかな装飾に飾られたペンダントトップ。暗闇の中では見えないだろうが、嵌め込まれた物は美しいカットのされた無色のガラス。
見せられた物を見ようとしてレジェスは目を細めていた。
「そ、れは」
「プルが身に付けていた毒薬の瓶のネックレスだ。そう言えば分かるだろう?」
レジェスは喉を引き攣らせる。その身に起きたこと、この結末に至った原因を思い出したようで、表情も強張らせたようだった。
「悍ましい獣に迫られて恐怖に弱っていたプルだったが、奮い立つことで教えてくれた。彼女は美しいだけではなく勇気のある気丈な人だ・・・王国の毒薬を用いて獣に一矢報いたそうだな?心臓は狙えなかったが、下半身を麻痺させることができたという。俺が難なく獣を狩れたのもプルのおかげだ」
「・・・っ、お前が、嫁に心酔してんのは、分かった。惚気なんざ、今、ここですることかぁ?」
「あとは捌かれるだけの獣に教えてやろうと思った。俺の妻に浅ましい肉欲を向けるなど、一度きりの命では簡単に清算できない、とな」
「なっ、捌かれ、っ!?」
短剣を下に動かす。ぶつりと肉が切れて骨を切断した感覚をアストゥートは得て、血が噴き出して何が落ちる音がした。困惑と顔を歪めたレジェスは、自身の足に視線を落とした。必死と目を凝らしているようだが、彼には何も分からないだろう。
「足の指を一つ切り落とした。小指だから力を加えずとも簡単に落ちたな」
「は、あぁっ、あぁ!?お前ぇ!何を!!」
「麻痺毒によって下半身に感覚がないんだろう?痛みを感じずに体が削られていく・・・下半身の肉を全て削ぐまで、お前は死なずにいられるかな?」
「ふざけんじゃねぇ!!お前ぇ、俺はビセンテ伯爵の息子だぞ!!勝手に殺害すれば国際問題になる!!国王が黙っていない!!」
「宣戦布告の書状もなく貴様は侵攻した。先制攻撃だけは立派だったそうだな。交渉の場に出たプルに矢を撃ったと聞いている・・・国際法違反の侵略者が正規の対応を受けると思っているのか?」
革製のズボンが張り詰めるほど太い脛に短剣を突き刺した。影として見えているレジェスでも、動きと上半身にまで伝わった衝撃に何か受けたと分かっただろう。
「やめ、やめろぉ!!」
声を張り上げて、身動ぐことで体を揺らすことで鎖も揺れる。彼の声と金属の擦れる音が室内に響いたが、アストゥートは眉すら動かさずに滑稽な姿を眺める。
「首はビセンテ伯爵家に送らなければならない。だから、頭には傷を付けないようにしておこう・・・まずは下半身、それから上半身だ。全ての肉が削ぎ落とされるころには、犯した罪の重さを理解できればいいな?」
「あ゛ぁぁぁっ!あぁあ゛ぁっ!!」
突き刺したままの短剣を回して肉を切り開く。削ぎ落としていく。
「ああ、そうだ。死ぬ前に一つ教えてやろう。バジーレ家の男というのは苛烈だ。代々受け継いだ気性のようで、自身が大事にしているものを傷付け、奪われでもしたら内にある怒りを抑えることができない。本来であれば残忍な本性が剥き出しになることはないが・・・貴様はやってはならない行いをした。俺の怒りを買って当然と思え」
喚くレジェスに平坦な口調で教えると、膝の横から短剣を突き刺し、乱暴に掻き回して関節を切断していく。
熱い血飛沫を被り、血腥い臭気を感じてもアストゥートの手は止まらなかった。短剣を振り下ろし、突き刺して肉を抉っていく。
どれほどの時間が経過したのも分からない。暗闇に包まれた牢獄では認識のしようがない。ただ、彼はふと手を留めた。ガントレットが血に塗れ、雫すら落とすほど濡れていた手を止めて、短剣を引き抜く。
「ぁ・・・」
吊るした男の体は僅かに揺れたが、か細い声を漏らすだけだった見上げれば、力なく首を横たえている。その表情に生気はないものの、瞳だけは動いていると分かった。
「本日の拷問は終わりだ・・・明日も貴様に息があるのなら、上半身から始めよう」
剥き出しになった骨の間に短剣を突き刺す。レジェスの体は衝撃で揺れ、薄く開いた口から微かな声を漏らす。
拷問はアストゥート自身の気持ちの清算に過ぎない。長い時間をかけて損傷させた体と、死期が近いと分かる反応の乏しさから、彼の心も落ち着きを取り戻していた。
踵を返して鉄の扉に向かい、一切振り返ることなく押し開く。
「あっ!」
「・・・気を付けろ」
明けた瞬間に、アストゥートの直属部隊の副官の姿を捉えた。扉に当たりそうになった彼は、すぐに後退すると戦慄と強張った表情を見せる。
アストゥートは目を細めながら一連の動きを見ていたが、それは副官が赤々とした火の灯る松明を持っていたからだ。
軍略会議でも戦場でも共にする彼に、背中を預けるほど信頼を寄せている。そんな彼は驚愕と目を見開いていることで、自身の姿が異様だと自覚した。言葉なく副官を一瞥すると、目の前を横切って立ち去ろうとする。
「お待ちください」
「なんだ?」
数歩進めば、その背中に向かって声がかけられた。振り返れば、松明を持つ副官がもう一方の手で鉄の扉を押さえている。部屋内部から目が離せないと、火に照らされた横顔を見せていた。
「領都の部隊編成が終了したとご報告に上がりましたが、現在のアストゥート様のお姿は悍ましいと言わざるを得ません。オルサコリーナ将軍顔負けの様相をされています。そのまま城塞に戻られれば、移動中では領都の者達が、何より奥様が卒倒しかねません。拘留所内の洗浄室を借りるべきかと」
「・・・ああ、そうだな。長い間耽っていたから感覚が麻痺していた。お前の助言は助かる・・・ここは水しか出ないんだったか。更に頭が冷えて丁度いいだろう」
的確な助言だと納得して、頭を振り戻す。だが、ふと浮かび上がったことに足は止まったままだった。
「憤りが抑えられずに『それ』を激しく責めてしまった。もはや虫の息だ。そのまま死んだら首を切れ。親元に送らねばならない・・・それと、この牢獄内にいるビセンテの兵と内通者共の始末だ。拷問の必要はない、処刑の場を作るなど手間になる。今すぐに悉く首を切れ。レジェスの首と一緒にビセンテに送る」
「・・・了解しました。しかし、残忍極まりない処罰ですね。恐怖で私ですら背筋が凍っていますよ」
「俺はバジーレ家の嫡男だ。残忍であるのは当然だろう」
そう言い放つとアストゥートは歩き始めた。背後に鉄の扉が閉まる音を聞きながら、暗闇でもよく見える目で躓くことなく進み、嗚咽や戦慄で震える声を耳にしつつ、洗浄室に向かっていく。
水で身を清めて、血に濡れた装備も衣服も着替える。脱ぎ捨てた物の洗浄と始末を侍従に託し、アストゥートは城塞に戻った。すでに夜の帷は下りている。夜食の用意を使用人に伝えると、プルデンテが眠る二人の寝室に向かった。
一度は目覚めただろう彼女は、時刻から就寝の準備をしているはず。そう思いつつ、確認のために扉を軽く叩く。
「アストゥート?」
扉越しに聞こえたくぐもった声。愛しい妻の可愛らしい声に、彼は堪らない気持ちになって扉を開いた。
「おかえりなさいませ、戦後処理で領都に出向かれたと聞いています。夜遅くまでお疲れ様」
プルデンテは、ベッドのヘッドボードに立てかけたクッションに背中を預けていた。腰から下を包むブランケットにはページが開かれたハードカバーの本があり、読書中だったと分かる。
傷付き、苦痛を感じたはずなのに彼女は穏やかな微笑みを浮かべていた。弱った姿を見せずに、アストゥートへと愛らしい顔を向けている。
彼は両手を伸ばしてプルデンテに歩み寄った。ベッドの縁に腰を下ろすと、彼女のヒビの入った足首を労うことで自ら身を寄せる。先程まで血に染まっていた手を伸ばし、柔らかな温もりを腕の中に収めると、その額に唇で触れた。包み込んだ女性らしくも華奢な体から心地良い心音が伝わったことで、目を閉じて感じ取る。
「アストゥート、どうかされたの?」
「・・・プルの温もりが感じたくて。悍ましい男の接近は許してしまったが、無事ではあった。貴女は自分自身を守り抜いてくれた。安心しているんです。本当に、心から安心したい。だから、少しの時間でいいから抱き締めさせてほしい」
「そうでしたか・・・ん」
プルデンテの頭が動く。彼の厚い胸板に頬を擦り付けているようだが。
「・・・もしかして怪我をされていますか?」
「怪我?」
「微かですけれど、血の匂いがして・・・職務の最中か、もしくビセンテの兵との戦いで負傷されたのでは?」
可憐な顔がアストゥートを見上げる。心配だと眉を寄せて、灰色の瞳の目で見上げていた。泣いているわけではないだろうが、天井に吊るされた照明とサイドテーブルにあるオイルランプの光を受けて、彼女の瞳が煌めいて見える。くすんでいるなど不敬極まる者達に蔑まれたその瞳を、アストゥートは美しいと感じていた。山にかかる霧の色や、薄い雲の奥に見える月の色のようで、神秘的な色味に視線をそらせなかった。
真実を告げるべきかと脳裏に過るほど魅了されてしまうが、彼女が浮かべる表情を捉えたことで唇を引き締めた。
「・・・腹の下を斬られそうになって咄嗟と避けたのですが、僅かに刃が掠めました。ただ、薄皮が裂けた程度の小さな傷です。心配するに値しない」
言い終えると、唇を押し付けていたプルデンテの額に吸い付いた。小さなリップ音を立てて一旦離せば、彼女の表情は多少緩む。
「俺よりも貴女だ、プル。骨折した足首がしっかり繋がるように、暫くは絶対安静で過ごしてもらう。俺がいる時間、こういった二人だけの時間では俺が世話をしましょう」
「まあ、過保護だわ。これ以上、私を甘やかさないでくださいませ」
「甘やかすのは夫の特権だ・・・もう二度と、貴女が怪我を負うことがないようにしなければいけない」
抱き締める腕の力を強めて、自ら体を寄せていく。「少し苦しいです」という不満の声が聞こえても、プルデンテの額だけではなく頬や唇にキスを落として、彼女の言葉を封じた。
(俺の本性をプルに知られてはいけない)
人道的ではないと怒られるだけならばいい。恐れられて逃げられたのなら、彼の苛烈で残忍な本性がプルデンテに向かう。苦しめて、最悪、傷付けてしまうことは確実だった。だからこそ口は閉ざしたまま、彼女に何度もキスを送る。
二週間後、山間部の鉱山町を占拠したビセンテ軍の殲滅を終えたオルランド・バジーレ辺境伯が帰還を果たした。彼は、バジーレ家の毒殺計画を企てた主犯である元守備隊長の一族を激闘の末に捕らえ、領都に連行すると自ら苛烈な拷問を加えた。惨たらしい有様になった彼らは密やかに命を絶たれ、先立って死亡したレジェス・ビセンテの首と共にビセンテ伯爵の元に送られた。
苛烈で残忍な本性を有するバジーレ家の者達。辺境伯の行いも、アストゥートの怒りに任せた凶行も、プルデンテは知り得ない。清廉たる彼女を穢すことに他ならないと、アストゥートは本性を隠し通す。
何よりビセンテ軍による脅威は去った。バジーレ家、古からバジーレの地に住まう者達によって完全に防がれた。
息子のものも含めた百近い侵略者達の首を送られたビセンテ伯爵は、暫し沈黙を貫いていた。しかし、隣国の国王の書状と共に伯爵の謝罪状が添えられて、同時に多額の賠償金が支払われる。
この度の侵略こそはレジェス個人による過失とされたが、彼の処刑により清算となった。ビセンテ伯爵から不可侵条約も願い出されたことにより、古代より断続的に続いていた戦争は終結を迎える。
相手が悪すぎたね、レジェスくん




